第91話 残り、30、秒

 カグラがカイルとソーナの元へ現れた。

 現地に居る人間は騒然としているだろう。何せ、一位が直接攻めて来たのだから。

 対してモニターで俯瞰視点から見ている者は別の意味で騒然としていた。

 スサノオは涼しい顔で、やっとか、と呟きレクス少佐は、どう言う事だ? と唸る。

 オレとしては少し驚いてる。アイツ……“範囲”が広くなってやがる。

 

 孤島にて未だに生き残っている戦士達全員も驚いただろう。何故なら、生き残っている全員の目の前にカグラが現れた・・・・・・からである。


「随分と時間がかかったがようやく“巣”になったか」


 スサノオは笑う。もう勝負は終わった、と酒を飲んだ。

 モニター観戦をしている者達は、なんだ、なんだ? と現れた複数のカグラに疑惑の眼を向けている。


「スサノオ殿。あれはカグラ殿の魔法なのか?」


 レクス少佐は現在の孤島の様子を問う。ま、いきなり本人が増えるなんぞ普通はそう思うわな。


「魔法……って言うよりも特技?」

「いや、特性だろ。アイツは何を考えてんだ?」


 そう、アレはカグラの特性だ。何故ならアイツは生まれながらに捕食者としての血を持つ“とある一族”の最後の生き残りだからだ。


「レイモンドはどうした?」






 転送先が『市街地』だったのは僥倖だった。即座に最も高い建物――ビルの上に駆け上がり、周囲の様子を探る。

 誰よりも先に周囲の状況を把握すのは『星の探索者』に入ってから染み付いた動きだ。


 孤島の大体のマップは――廃墟の『市街地』が真ん中で、西に『海岸』、後は『森林』って所かな。

 おそらく、一番アドバンテージの高い場所は『市街地』だ。

 『海岸』は『森林』を抜けねばならず、『森林』は遮蔽物が多い。奇襲し放題だし、環境に合わせた魔法も使いやすい。その先に抜けた『市街地』は見通しが良く、罠や遠距離攻撃の待ち伏せにはうってつけだ。

 こうやってみるとクロエさんってどこでも強く動けるなぁ。

 カイルは――


「…………派手にやってるね」


 『音魔法』で聴力を拡大するが、それ以上にカイルの魔力は分かりやすく動き回っている。

 何て言うか、3日ぶりに散歩に連れ出してリードを外した犬みたいだ。ローハンさんも苦労するハズだよ。


「……でも、ソレは見習わないとなぁ」


 素直に教えを請うカイルの姿勢は見習うべき所だ。今回もローハンさんが気を使って僕を誘ってくれなかったら、いずれカイルに追い越されていただろう。


「……僕は僕なりに行くかな」


 今回は乱戦だ。ローハンさんも他の人からヒントを得られると思って『バトルロワイヤル』へ放り込んだのだろう。

 人が戦いの中で進化する様を『コロシアム』では稀にあった。闘争が人を成長させるって父さんいつも言ってたっけ。そんな荒れた考えや血が僕は嫌いだった。

 ビルの屋上から壁を走って降りる。すると、


「!」


 急ブレーキをかけて、途中の窓から建物の廊下へ入る。そして、半身に隠れながらそっと中庭の真ん中を見下ろすと、


「……」


 仮面にフードコートを着た、ご小柄な少女が佇んでいた。

 こちらに気づいた様子はなく、微動だにしない。


「あれが……“眷属”のカグラか」


 僕は見た目で実力を決めつけたりはしない。測るのは相手の持つ魔力やその内に潜む攻撃性だ。


「……」


 正直、ゾクっとした。何て言うか……既に取り返しがつかないような状況に落ちている様な悪寒が――


「――」


 危機察知能力がここを離れる様に告げていた。ここで一旦下がるのは十分にあり得る選択肢だろう。一位の位置を知った事は何よりもアドバンテージだ。けど……


「……今回は攻めてみるかな」


 闘争は嫌いだ。しかし……永遠に戦いを避けられるワケじゃない。


“お前は自分についてどれだけ“理解”がある?”


 ローハンさんに言われた言葉が頭の中で反響する。いつも通りでは進めない所に来ている。今は避けてきた自分と少しだけ向き合ってみよう。


 窓から飛び出すと壁を駆け降りる。カグラへ『重力魔法』で先制攻撃を見舞おうと――


「――――」


 止まった。ピタリと時間が止まったかのように身体が停止したのだ。


「なっ!? これは――」


 指先は動くが、身体は何かが絡まった様に動かない。

 罠? しかし、魔法的な痕跡はまるで感じられない。今現在もカグラはこちらを見る事なく、ぼーっと佇んだままだ。

 特殊なアーティファクトか? だとすれば無理にでも『重力魔法』で――


「見えてる、から」


 こちらを見ずにカグラは『音魔法』でそう耳打してきた。

 改めて背筋が冷える。全て罠と言う事か!? マズい……このままではやられ――


「もらう」


 と、手首につけた『ライフリング』が、スルスルと不自然に外れて宙に浮かぶ。いや、外されたのか!?


「貴方は、後、一分で、退場」


 何をされたのか、何をされているのか全く解らない。

 実力差があった。何せ、相手は眷属だ。仕方ない――なんて慰めの言葉を貰う為に僕は――


「ここに来たワケじゃない」


 荒れた血が沸騰するのを感じる。『重力魔法』を空間に作用し周囲の重さを倍化。


「その、程度では、無理」

「宙に浮いてる僕と地に足を着けてる君、どっちが先に潰れると思う?」


 更にその倍――


 建物がミシミシと悲鳴を上げ始め、壁や柱にヒビが入る。それでも拘束は解けないし、カグラも解く気も無さそうだ。


「…………仕方、無い」


 その時、フッ、と拘束が解けた。瞬時に倍化をキャンセル。ようやく地面に足を着ける。僕の『ライフリング』は――


「残り、30、秒」


 カグラの近くに浮いていた。相変わらず彼女はこっちを見ないが、僕は持てる能力の全てを賭してカグラへ挑む。


「返してもらう」


 僕の荒い血が知れずに顔を出していた。

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