第14話 なんか弱そうなおっさんですね

「只今、帰りました。マスター」


 ベースキャンプに現れたのは『獣族』でも珍しい『兎』の青年だった。


「お帰りなさい、レイモンド」


 こいつがレイモンドか。なるほど、まだ青いが……良い雰囲気をしてやがる。

 レイモンド君はオレの視線に気づく。


「……この人は誰ですか?」

「ローハンよ。名前だけなら皆から聞いているでしょう?」

「初めまして、レイモンド君」

「どーも。……なんか弱そうなおっさんですね」


 おお、言うねぇ。こう言う不遜な若者は嫌いじゃないぜ。

 するとカイルが反論するように声を上げた。


「レイモンド。おっさんは滅茶苦茶強ぇーぞ! 何たって俺の師匠だからな!」

「カイル……帰ってたんだ。せっかく静かでよかったのに」

「何だよ! それ!」


 やれやれ、と肩を竦めるレイモンド君と、ムキになって食ってかかるカイル。悪くない構図だ。微笑ましい。


「ふふ。レイモンドは、カイルはいつ帰るとか、迷子になるから僕も着いていけば良かったとか、言ってたわよね」

「あ! ちょっと! マスター!」

「へー、何だよレイモンド。俺が居なくて寂しかったのか~?」

「う、うるさいな! 君が居ないと前衛での仕事が増えるからだよ!」


 お、気取ってるクールが剥がれて来たな。レイモンド君はそう言う奴か。程よくカイルと付き合ってくれている様で良かった。


「レイモンド、ボルックはどこかしら?」

「あ、はい」


 するとレイモンド君は背中の荷物から一つの水晶を取り出す。


「あら。こんな姿になっちゃって」


 クランマスターはそれを受け取ると、ボルックのテントに入る。

 そして、出てきたのはクランマスターと身体を取り戻した『機人』のボルックだった。

 二メートル近い鎧のような金属の全身と、こちらを認識する光が頭部に宿っている。


『自爆せねば脱出が不可能でした』

「無茶したら駄目よ?」


 ボルックは、キュインッ、とオレを見る。


『ローハン。32859日ぶりの再会だな。随分と表層細胞の劣化が見られる』

「こっちはお前と違って生物なんでね」

『だが、力は微塵も衰えていない様だな。それどころか魔力ステータスは増している。実に頼もしい限りだ』

「お前も相変わらずで安心したよ」

『それはどういう意味だ? 外見は君と最後に合わせた時から変化している。今はバージョン39だ。外格はだいぶ様変わりしていると思うが?』

「そう言うめんどくせー所だ」

「はいはい。顔合わせもそこまで。ボルック、レイモンド。報告して」

「はい」

『了解』


 オレ達は遺跡内部へ入った二人から状況を聞く。






『結論から言うと、クロエは『人樹』に捕まっていました』

「おいおい。どうなってんだ?」


 『人樹』とは遺跡内部に徘徊している人を飲み込む樹の魔物の事だ。動きは遅く、炎の魔法が有効である為に気をつけていれば大した事はない。


「クロエが『人樹』ごときに捕まるとは思えない。何があった?」


 そう言えばオレは何故この様な状況に陥っているのかまだ何聞いてなかったな。


「……クロエさんはオレを庇ったんだ」


 するとカイルが絞り出す様に眼を伏せて言った。


『あの時は、ワタシ、クロエ、カイル、レイモンドの索敵能力の高いメンバーで最下層に入った。中層以上の敵を避け、ほぼ無傷の状態だったが』

「下層に入った途端、『人樹』の群れに遭遇したんだ……」

「流石にかわしきれず、交戦になったのですが、相性が悪かったんです」


 その際にクロエはカイルを庇って『人樹』に捕まった。三人はその場を何とか退却出来たものの、クロエを取り戻すには装備が足りないと判断し、一度遺跡内部から出たとの事だった。


それがしか、サリア殿が居れば火遁が使えましたからなぁ」

「私の炎付与をあんたのチンケな魔法と一緒にすんな」


 我が火遁をチンケとは……試してみますかな?

 脳天ぶち抜いてやるわよ。

 印を結ぶ忍者とホルスターに手を掛けるサリア。

 荒野の決闘の様に間合いを取る二人にクランマスターが手を叩いて、続きを聞きましょー、と制する。


「オレのせいで……皆ごめん」

「馬鹿かお前は」


 オレはそんな言葉を口にするとカイルはあからさまに落ち込む。

 しかし、そんなつもりで言った訳ではない事を伝える為にオレはカイルの頭を撫でる。


「お前は良くやったよ。そこで退却の判断は完璧だ。下手にゴネたり、一人でも助けに行くとか言ってたらこれがゲンコツになってたぜ」

「……おっさん」


 非常かも知れないが、情に流されて改善する状況などたかが知れてる。

 窮地に陥った時に感情で動くけば動くほど、事態は悪化していくのだ。しかし、直情的なカイルはそれを踏み止まった。


「そうね。わたくし達は『星の探索者』。最後には必ず全員で帰ってくるの。今までもそうだったでしょう?」


 クランマスターの言葉に全員が考えている事を一つにする。


 クロエを助けに行く。


 中には取り戻せない瞬間もあった。

 それを取り戻そうとしたクロエの行き過ぎた想いが今回の引き金となっている。


「アイツも今回で学んで欲しいモンだな」


 死んだ奴を追い続けると、自分以外を巻き込む。

 オレの弟子にこんな思いをさせるとは。一言言ってやらなきゃ気が済まねぇぜ。


「ロー」

「はいはい。連れ戻して来ますよ。そのつもりで来たんですからね」


 クランマスターはオレの言質を取るとニコ、と笑う。


「それじゃ、クロエを助けに行きましょう」


 全員の気持ちをクランマスターが口にし、カイルもやる気を取り戻したようだった。






「なんと!? それは本当か!」


 遺跡都市内部に存在する教会街。そこの現地指導者であるキングは礼拝堂にて部下からの報告を聞いて声を上げた。


「はい。街に侵入した者は我々の入手した“珠”を狙い、それをアマテラス様が阻止。奪われる所でした」

「おのれ! どこの勢力か! 『龍連』か!? 『ギルス』共か!?」

「い、いえ……アマテラス様が言うには忍者だったと……」

「なに!? 忍者だと……そんなモノが居るわけ……はっ! まさか!」


 キングは最近、礼拝堂の屋根の上で直立不動でバサバサとマフラーをはためかす罰当たりな忍者が居た事を思い出す。


「おそらくは……『星の探索者』の【烈風忍者】かと」

「あの派手な忍ばない忍びか! 何故あんなふざけたヤツの侵入を許した!」

「も、申し訳ありません! 今は警備を強化して――」

「それはお止めなさい」


 すると、二人の部下を連れた黒髪和服美女のアマテラスが現れる。

 同性でも思わず見惚れてしまう程の美は教団の中でも一、二位を争う神々しさに淡く光っている。


「アマテラスか……」

「警備は元に戻しなさい」

「し、しかし……」

「仰々しくすれば他の二勢力に“珠”を持っていますと公言している様なものですよ」


 アマテラスは報告に来た者に間近でそう指示を出す。


「元に戻せ」

「は、はい!」


 キングの指示としても受け取り、部下は礼拝堂から出て行った。


「あまり、あの子達を責めては駄目ですよ? キング様。【烈風忍者】様はそれなりのつわものでした。侮りは心の隙。特に『星の探索者』には警戒を」


 口元を隠してアマテラスは、ほほほ、と笑う。


「解っている。あの【千年公】……ゼウス先生のクランだ。二重三重に警戒心を持っておくことは必要だろう」


 アマテラスの様子から【烈風忍者】を仕留めた様子はない。教団の内部での接敵は巻き添えを考えると彼女は力を殆んど使えなかった。

 ソレを【烈風忍者】が読んでいたと言うのなら、相当にキレ者だろう。


「私の部下二人を容易くあしらう実力。ゼウス様の配下は相当な手練れです」

「ならば【烈風忍者】は“眷属”か?」

「いえ。ゼウス様の眷属は……」


 アマテラスは恋する乙女の様に頬を赤くして手を添える。

 思い出すのはジパングでの決戦。

 千年百鬼夜行とソレを助長する神――『夜の太陽』を燃える魔都ごと、共に火の海に沈めた一人の男だった。


「ローハン様ただ一人です」

「……やれやれ。教団の者が『主様』以外に眼を奪われるなどあってはならない事だ」

「そうですね。しかし、今回の一件は我々の信仰を世界に知らしめるチャンスではないですか?」


 と、アマテラスは袖の中から“蒼珠”を取り出した。今現在の『教団』において最も安全な場所はアマテラスの手中以外には存在しない。


「後二つ。それで、この世界に“主様”が現れるのです」


 三つ揃えば願いが叶う。どんな願いでも――

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