第196話 ボーナスタイムかしら?

 円形の壁に囲まれたフィールドに砂の地面。その中心にぽつんと一人の男が立っていた。


『それでは! 本日もこの時間がやって参りました! 一般公開の戦いとは一線を画するリアルファイト! 余興に次ぐ余興に飽きたお客様方! ご安心を! ここより先は一切のヤラセはありません!』


 『コロッセオ』は特定の時間帯になると“特別会員”以外は退去させられる。それは司会者の告げる通りの“余興”を提供するためだった。

 余る程の金を持つ者達が求めるモノは、新しい快楽。それも脳が沸き立つ興奮である。


『それでは! 本日の“収肉祭”を始めます!!』


 特別会員で埋め尽くされた観客席から歓声が上がる。






「ここは相変わらず賑やかねぇ」


 特別会員の中でも更にVIP席に座るメアリー・ナイトは始まった“収肉祭”を少し退屈そうに眺める。


「メアリー様のお目に叶う者が居りましたら早めにご決断を。うっかり殺してしまいますので」


 ベクトランはその隣の席に座って、ワインを飲みながらバトルフィールドで、行われる蹂躙を見ていた。


「ベクトラン。貴方も最近はあそこに立ってないんじゃない?」

「我が出ますと仕合になりませんので」


 バトルフィールドでは、みずぼらしい姿の奴隷達がアーマーや武器を持った執行者に追い回され、狩りの様に殺されていく。

 執行者は、『獣族』や『オーク』に『海人』と言った、体格的にも筋骨隆々の男たちだ。


 逃げ惑い、泣いて命乞いをする奴隷達を執行者たちも対抗なく殺し、首を掲げる。執行者は全員が雇われであり、奴隷をより多く殺す事でボーナスが出る。

 そんな奴隷を殺した速度と討伐数を賭けの対象にしていた。ちなみに奴隷は生き残れば釈放を約束されている。


「あら1分も持たないじゃない。少しは奴隷のケアもしなさいな」

「走り回れれば十分でしょう。それに本日は久しぶりに“肉欲”を提供する予定ですので」

「あらあら。“フェイス”のお食事なんて見たくないわよ?」

「それも、餌の質によります。今回の餌は十分に上質です」


 バトルフィールドは、全滅した奴隷の死体を荷車に乗せて片付けると、執行者達は客に手を振る中、待機する。


『それでは! 次の獲物は~、盲目の美女! クロエ・ヴォンガルフだぁ!』






 バトルフィールドに押し出される様に次のグループが入場する。

 クロエとレイモンドに、レイモンドに背負われた隣の牢の男と他、奴隷が六人。中でもクロエが場に現れた瞬間、見ている者達は息を飲んだ。


 それは『コロッセオ』の奴隷枠として出てくる者としてあまりにも美麗過ぎる故だった。

 凹凸のはっきりしたプロポーションは、高い身長と相まって完璧なバランスを整えており、姿勢の良さからも強い体幹は全体的な美しさを底上げしている。

 そして、閉じた瞳が生み出すミステリアスな雰囲気は類を見ない美術品のような存在だった。


『……ハッ!? 申し訳ありません! 思わず見とれてしまいました! いけませんねぇ! 彼女は奴隷です! 皆さん、間違えてはいけませんよ!』


 あの奴隷はワシが買うぞ!

 おい! 執行者ども! 女の顔は傷つけるなよ!

 ベクトラン様に交渉させろ!


 等とクロエの身元を巡って客席では大混乱だった。


「……懐かしいわね。『ターミナル』を思い出す」


 そう言いつつもクロエの声からは嬉しさは欠片もない。他の奴隷たちが執行者から距離を取る中、クロエはスタスタと執行者に近づいていく。

 その様子をレイモンドは見送った。


 クロエさん、ちょっと怒ってるなぁ。


「おおい……行っちまったぜ? レイモンド君」

「僕、貴方に名乗りましたっけ?」

「盗み聞きさ。あ、俺はシルバームね、ヨロシク」

「どうも……」

「それにしても酷くないか? 俺歩けないのに牢屋を出ろって」


 レイモンドはクロエと共に牢の外へ出された。その際に手枷は外されるもクロエと同じ首枷をつけられる。


「僕もクロエさんに言われなければ貴方を背負ってませんよ」


 シルバームも同時に出るように言われたが、歩けねぇよ! と抗議するも引きずり出された所を仕方なくレイモンドが背負ったのだ。


「くそ……俺は貴重な説明役のハズ……」

「さっきの悪口が聞こえてたんじゃないですか?」


 シルバームは髭や髪に顔が覆われて、手足は細く痩せているものの、意識や背にしがみつく力はしっかりしていた。


「皆、絶望してるねぇ」


 奴隷達は諦める者や、現状にも恨み辛みを呟く者や、くそー! と言って脱走しようとして見張りの衛士に始末される者がいた。


「シルバームさんは平然としてますね」

「そりゃな。レイモンド君が背負ってくれてるし、クロエちゃんとも知り合いだからね★」


 変な人に絡まれちゃったなぁ、とレイモンドは前方に視線を戻しつつ足踏みする。


「『コロシアム』と違って地面は砂なんだ」

「クロエちゃんは大丈夫かい?」

「そっちの心配は無用です」


 バトルフィールドの執行者は六人。観客席も別の意味で騒がしかった。






「どーも」

「おいおい何だよ。ベクトラン様も人が悪いぜ。おい、お前ら。ボーナスタイムだぞ」


 目の前に首枷を着けて歩いてきたクロエに『獣族』『狼』の執行者が笑う。

 体格的には全員クロエよりも頭一つ大きい。


「ボーナスタイムかしら?」

「ああ、そうさ。バトルフィールドはルール無用で何でもアリでな。特に女が出される時は見世物だ。死ぬ程犯せって運営のお達しよ」


 そう言いながらクロエの身体を見下ろす様に見ると舌舐りする。他の執行者達も他の奴隷よりもクロエの身体を蹂躙する事に思考が染まっていた。


「眼も見えないんだって? そりゃ致命的だ! その身体を使って生き延びて来たってのがバレバレだぜ!」

「よく分かったわね。貴方達を一人残らず昇天させてあげる」

「お前に主導権はねぇよ! 穴と言う穴に突っ込んで、その腹が膨れるくらい出してやる。それと……その胸と手も余すことなく使って俺らを奉仕しろよ? ギャハハ!!」


 おい、早く始めろよ!

 我慢できねぇぜ!


 と、他の執行者もよだれを垂らして、眼は爛々と血走っていた。


『バトルフィールドの外で奴隷クロエに対する交渉が行われている様ですが……』


 司会はベクトランの席を見ると、始めろ、と言いたげに手を払う様子に開始を宣言する。


『ベクトラン様は絶対! 仕合開始ィ!!』


 その言葉が放たれた瞬間、一番近かった『狼』の男はクロエに襲いかかった。


 まずは動けない様に覆い被さって服を破く。その後に足を折って抵抗出来なくして――


 ズブ、と『狼』の男はいつの間にか手刀に心臓を貫かれていた。洗練されたクロエの足運びは並程度の実力者では接近を気づくことも出来ず――


「――ハヒ?」


 クロエが手刀を引き抜き、入れ違う様に『狼』の男は前のめりに倒れる。ピクピク痙攣しながら空けられた穴から流れ出る血が砂を染めて行った。


 仲間の瞬殺に他の執行者は停止した。


「私は常に覚悟をしているわ。今まで、貴方達が楽しんで殺してきた奴隷のように」


 執行者達は理解した。目の前の女は――


「けど、今回は貴方達が“覚悟”しなさい」


 自分達に与えられた餌などではなく、“死神”だったと言うことを。

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