第195話 その胸以上にヤバい女だねぇ

「すみません……僕のせいで」


 その後、とある建物の牢屋に運ばれて現在に至る事をクロエから聞き、レイモンドは心底申し訳なく謝った。


「気にしないで。私が無闇に周りに話しかけたせいでもあるの。それに、ローハンやマスターならもっと上手くやったでしょうね」


 相手の心象を察しやすく、効率の良い状況運びを常に考えるクロエは交渉事が少し苦手だった。


「クロエさんは僕を心配してくれたんです。僕がその時に目を覚ましてれば……」

「……気を落とさないで、レイモンド。大丈夫、私が何とかするわ」


 現状は拘束があるだけでそれ程能力は制限されていない。


「……クロエさん。この枷って……魔力を無効にするんですよね?」

「そうらしいわね」

「……されて無いですよね?」

「ええ。されて無いわね」


 クロエも魔力無効と言われた首枷がついて居るのだが、なんの支障もなく魔法は使えた。


「これ……どういう事です?」


 魔力無効の定義は色々とあるが、基本的には体内の魔力のイメージを無くす事で発動できなくなるのが一般的だ。

 つまり、『闇魔法』『認識阻害ジャミング』の類いである。


「私たちは良くも悪くも『ターミナル』育ち。特にファング様とレイザック様に基礎の術理を教わってる。『闇魔法』に対してだけは徹底的に耐性を鍛え上げられたでしょ?」


 【武神王】アインが提唱する『鍛練』は、彼女の弟子に伝わり、それがクロエとレイモンドにも転用されていた。

 中でも『闇魔法』に関してだけは、耐性を得る事が必須とする考えから、二人は意味の解らない鍛練をさせられた事で身に付いている。


「突然魔法が使えなくなって、丸太とか岩を運ばされました……」


 妹とその作業を1日で終わらせないと飯抜きと言われ(前二日間から何も食べてなかった)、気合いで『闇魔法』を破って運び終えた事を覚えている。


「ふふ。私の場合は『闇魔法』をかけられて山中に放り出されたわ。一人で降りてくる様に言われてね。三日間は彷徨ったわね」

「……良く生きてましたね……」

「気合いでね」


 懐かしそうに語るクロエであるが、目が見えず魔法も使えない状況で山の中に一人残されるなど絶望も良い所だ。


「……クロエさんって、肉体面よりも精神面の方が強いですよ……」

「ええ。だから、現状にも悲観していないわ。寧ろ、どう転べば良い形になるのか考えてるの」


 破ろうと思えば簡単に脱出出来るだろう。しかし、それでは情報が何も得られない。


『ヒヒヒ』


 すると、壁に空いた穴からそんな声聞こえた。どうやら隣に通じているらしい。


新人ニュービーのお二人さんや。『コロッセオ』は初めてみたいだねぇ』


 クロエとレイモンドは声質から男で中年である事を見抜く。そして、レイモンドが聞き返した。


「『コロッセオ』?」

『ヒヒヒ。ここの上の会場さ。俺たちはその見世物なんだぜぇ?』

「もう少し情報をくれる?」


 すると、穴からこちらを凝視する目が覗いた。


『声からして察したが……想像の3倍は上玉の嬢ちゃんじゃねぇか。そっちの青年も“フェイス”の好きそうな美少年だねぇ。ヒヒヒ』

「……どーも」

「貴方、ここに居て長いの? 情報をくれないかしら?」

『ヒヒヒ。タダじゃ無理だなぁ。どうせ死ぬワケだし、嬢ちゃんの胸でも揉ませてくれたら考えるぜぇ?』

「それなら、私は保証するわ」

『ヒヒヒ。何をだい?』

「貴方の命」


 クロエがそう言った瞬間、男は耳鳴が聞こえ、ソレは次第に大きくなり、頭が割れそうな程に響いて行く。


『がぁぁあ!? や、止めてくれ! わかった、わかった! 俺の命で良い! 良いから!!』


 ピタっと耳鳴りが止まると、男はゼーゼーと肩で息をしているのが聞こえる。


『ハァ……ハァ……ヒヒヒ……コイツァ、その胸以上にヤバい女だねぇ』


 キィィィ……


『わかった、わかった! 喋る! 知ってることは何でも喋るから!』

「ありがとう」


 再び、頭の割れそうな音を聞かされそうになった男は必死に叫んだ。






 この場所『コロッセオ』は、夜の国『ナイトパレス』の首都から『太陽の大地』寄りに離れた場所にあるらしい。

 常に夜と昼が固定された地域があると言う事にも驚きだが、まずは『コロッセオ』に関しての質問を詰める。


「ここはどういう所?」

『ヒヒヒ。『コロッセオ』は戦いの場さ。時にショーを、時に命を賭けた戦いを、時に一方的な残虐を観客に提供する』

「イベントの幅が広い『コロシアム』の事でしょうか?」

「多分、それで間違いなさそうね」


 二人の故郷『ターミナル』に存在する【武神王】の管理する闘技場を二人は連想する。


『ヒヒヒ。その『コロシアム』ってのがどれ程のモノかは知らないが……『コロッセオ』に比べれば全てが子供騙しさ』

「例えば?」

『ここの責任者は『ロイヤルガード』の一人、【死魔】ベクトラン・サーシェスさ! 時に自らも『コロッセオ』に立つ程に物珍しいモノの死に飢えている!』

「へー」


 世界中の魑魅魍魎を見てきた二人からすればそんな反応になるのは当然だった。


『しかも、奴は強いと思ってるヤツを自らで捻り潰すのを最大のショーだと思ってるイカれ野郎だ! 前も乗り込んできた『太陽の戦士』が泣きわめくまで、バラバラにちぎり始めてよ! けど、アイツは最後まで泣きわめく悲鳴は上げなかった!』


 どうやら男はその様を見ていた様だ。


「知り合いです? バラバラさんの」

『この牢屋に居てな……気の良いヤツだったぜ……』


 グズ、とちょっと当時を思い出して鼻をすする男。


『それで、次はお嬢ちゃん。あんただ』

「私?」


 再び、穴から目が覗く。


『そんな上玉をベクトランがこんな所に入れるハズはねぇ! 何やらかしたのか知らんが、想像もつかない程の凌辱を与えて殺すだろう!』

「ふーん」

「へー」

『お前ら、反応薄いぞ! 危機感イカれてんのか!?』


 と言うよりも二人の上限が高いだけである。


『そこでだ、お嬢ちゃん』

「なにかしら?」

『俺はずっとここにいて新参が来たときに説明する為だけに生かされてる。足も走れないくらいに弱っててな。女の姿を見たのなんて50年ぶりよ』

「それで?」

『お嬢ちゃんは死ぬ。これは絶対に変えられない未来だろう。だから、その胸を触らせてくれねぇか? その感触があれば俺は10年はイけるぜ! (キィィィ)ギャアァァ!!?』


 色々教えてくれたので、とりあえず殺さないでやった。

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