第194話 クロエとレイモンドの転移直後の話
『遺跡都市』を通り抜けた光によって強制的に内部へ転移させられたレイモンドが目を覚ましたのは牢獄だった。
「う……ううん……」
「大丈夫? レイモンド」
クロエの声に額を抑えながらレイモンドは身体を起こす。
「クロエさん? …………ここは――」
「牢屋よ」
レイモンドは薄暗い周囲を見回す。
天井から雨漏りの様に滴る雫。部屋の隅を徘徊するネズミ。並ぶように牢獄は存在するのか近くから呻くような声が響く。そして、
「……手枷」
少し重い手首の鉄枷を持ち上げる。クロエを見ると彼女には首枷がついていた。
「クロエさん、どういう状況ですか?」
「そうね。そこから話しましょうか」
クロエは牢獄に居る経緯を語り始める。
「……っ……何が起こったの……?」
クロエは夜の平原で目を覚ました。
夜に鳴く虫の音。太陽の熱を感じず、少しひんやりする空気から、聴覚と触覚による情報は時間帯が夜であると告げている。
「さっきまで昼間だったのに」
それどころか、間違いでなければ今いる場所は平原だ。膝までの青草が足に当たり、リンリン、と虫の音色が周囲から響いてくる。
「――レイモンド」
近くでレイモンドの呼吸音を感じてそちらへ駆け寄る。
少し離れた所で青草に横たわるレイモンドを見つけて怪我をしていないか脈を測った。
……心拍数に乱れはない。眠ってるだけね。
無事な様子に安堵し改めて立ち上がると、遠くの道を馬車の行列が通る。
『すみません』
『音魔法』で声を飛ばすと、ソレに気づいた馬車は停車する。クロエは何かしらの情報を得られると察し歩み寄った。
「急に引き留めてしまい、申し訳ありません。お話を宜しいですか?」
「貴様っ!」
すると、馬車を護衛の為に追従していた衛士達が騎乗したまま駆けて来るとクロエを見下ろす。
「貴様か! ベクトラン様の馬車を止めた愚か者は!」
「我々が何者なのか、理解しての行動なのだろうな!?」
「申し訳ありません。私は旅のものでして、この辺りの常識に疎いのです。ベクトラン様の機嫌を損なわれたのであれば、心より謝罪致します」
クロエは胸に手を当てて片膝で頭を垂れた。無駄な戦いを会話で避けられるのであれば必要な戦いに備えて体力が温存できる。
それはファングより与えられた戦闘思考の一つであり、その為の礼節や立ち振舞いもクロエは叩き込まれている。
「そんな謝罪一つで許されると――」
「声の主か?」
その時、重々しく威厳のある声が馬車から響き、馬上の衛士は言葉が詰まった様に止めた。
「申し訳ありません、ベクトラン様。雑音はすぐさま排除致します」
「……既に30秒が過ぎている。私が余分に時間を使えるのは後30秒だ」
「10秒で終わらせます」
他の衛士もクロエの排除に現れる。
最初に対応した衛士は馬車から弓を構えて頭を垂れるクロエへ向かって放――
「貴族かしら。それも独裁的な感じね。聞く耳を持たない」
矢を放つ前に衛士は世界が傾くと、馬の首ごと胴体を両断されており落馬していく。
「なん……ばか……な……」
剣の届く距離ではなかった。それに加えて、防御の加護がある鎧ごと切り捨てるなど……
「後、5秒かしら?」
クロエはゆっくり手を翳すと、衛士達の心臓の鼓動に意識を集中する。
ソレを意返さず他の衛士は馬上からクロエに斬りかかり――
「『
グッ、と手の平を閉じると同時に向かってきていた数人が事切れた様に力無く落馬する。落下した面々は目や口から噴き出すように血を流していた。
「!? 貴様! 何をした!?」
「さて、何をしたのでしょう?」
クロエはゆっくりと衛士達へ近づく。おのれっ! と斬りかかった一人が口から血を吐いて落馬した。
「貴方達は“雑”ね。魔力による干渉防御が何一つ出来ていない」
「くっ……」
仲間が即死したクロエの攻撃を理解できない衛士達は思わずたじろぐものの。
「いいのかしら? 後3秒も無いけど」
そう微笑む目の前の
「うぉぉぉぉ!!」
チッチッチッ、と懐中時計が馬車の中で音を立てる。間も無く30秒が経つと言う所で、キィと扉が開いた。
「こんばんは」
乗り込んできたのはクロエだった。外の衛士達は全員、心臓を爆破されて死亡していた。
「……礼節は知る者だと思っていたがな」
髭を蓄えた中年の男――ベクトランはパチン、と懐中時計の蓋を閉じる。もはや時間の遅れは取り返しがつかない。
「先に仕掛けたのはそちらよ。次からは気を付ける事ね」
クロエはベクトランと向かい合う様に座る。
「何に気をつけると言うのだ?」
「落ちている箱を開けると、そこから飛び出すモノが何なのか。良く考える事をお勧めするわ」
「必要ない。我がベクトラン・サーシェスである。【夜王】より認められし『ロイヤルガード』であるぞ」
その圧は外の衛士とは比べ物にならない代物だった。しかし、数多の強者を知るクロエからすれば上の中と言ったレベルである。
「貴方の肩書きに興味はないの。ただ覚えててくれる? 【水面剣士】に手を出すと誰も生き残れないって」
「……ふふ。ふははは!! 実に滑稽だぞ! 【水面剣士】! あたかも場を支配しているのが自分であるかのようではないか!」
「もしも、殺意与奪を持つのが最も強き存在であるのなら、そうなのでしょうね」
「故に滑稽だと言っているのだ」
ベクトランはクロエに告げる。
「目が見えぬのだろう?」
「ええ。でも、貴方の命は見えてるわ」
「我も見えているぞ。お前が護ろうとしているモノがな」
ベクトランは『魔眼』にてクロエの行動の意味を全て理解していた。
「眠っておる、耳の長い青年。我はこの距離でも一捻りで殺せる」
「その前に貴方を殺したらどうなるのかしら?」
クロエは変わらない様子で物怖じしない。会話の主導権を握られると一気に行動が制限されるからだった。
「我は死なん。ソレが“見えて”いるのでな。そしてお前の護ろうとする者は死ぬ」
「………………はぁ。わかった、降参する」
レイモンドはまだ意識を取り戻さない。ベクトランの能力が解らない以上、下手に仕掛けるのは危険だとクロエは判断する。
「良き、選択だ。魔力を遮断する奴隷の首輪を着け、最後尾の荷車に乗れ。お前が護ろうとした者もだ」
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