第193話 お前が現実に戻ってこい

『うぅーん……』


 他に潰されない様にシルクハットの中で眠っていたリースは二度目の急停車で、シルクハットが壁際まで動いてぶつかった事で目を覚ました。

 馬車が止まっている。そっとシルクハットから出ると、パタパタと皆の視線と同じ方向を見るために飛行する。


『着いたんですか? え?』


 リースはカイルは気を失い、ローハンが謎の女(ゼフィラ)と対峙してる光景にそんな言葉が出た。






 ローハンは怪我をしている。

 クロエに斬られた足と肩の傷は浅いとは言えず、足にいたっては走り回る事は出来ない。

 武器はナイフ一本。剣を取る間をゼフィラは与えないのだが、同時に――


「なによ……あれ」

「ゼフィラさんが……」

「…………」

「ふぼふぼぼぼぼ……(プリヤさん離してください……)」


 ゼフィラもローハンへ攻撃を当てられなかった。


「何度やっても同じだぞ」

「…………」


 ローハンはゼフィラへ告げる。

 それは“置く”動作。ゼフィラが攻撃を当てようと形を成す瞬間に、ローハンは彼女の心臓へナイフを置いていた・・・・・

 そのまま形を成せば心臓を刺される故にゼフィラは攻撃を中断せざる得ないのだ。


「……己の無知を恥じる。ここからは“私”が相手をしよう」


 そう言いながらゼフィラは腕を上げると、パチンッ、と指を慣らした。ザザザ……とノイズの様にその姿がブレると、次の瞬間にはローハンの肩に斬撃が走る。


「――――おい」


 随分と速いじゃねぇか。

 ゼフィラはいつの間にかローハンと背中合わせに通過していた。彼女の指先には血が滴っている。


「『御光の剣』」


 ザザザ……と再び音を立ててコマ送りで移動するゼフィラはローハンの心臓を『御光の剣』で貫いた。


「読んでるに決まってるだろ!!」


 ローハンの先読みが上回り、心臓を貫きに来た『御光の剣』を半身で取ると、そのままゼフィラの胸ぐらを掴んだ。身を反らす様な体捌きで、流れる様にゼフィラの背中を地面に叩きつける。


「ガハァ!?」


 ローハンは掴んだ胸ぐらをそのまま押さえ込む様にゼフィラの谷間の奥――胸骨を圧迫し、意識を奪いにかかった。


「――――」


 逆にゼフィラも意識を失う前にローハンの胸に手刀を当てる。“陽気”が強く輝く。ゼロ距離。『御光の剣』――


“そこまで”


 その時、天からの声と光柱がゼフィラとローハンに降り注ぐ。ゼフィラの姿が再びブレるとローハンの下から消えた。


「ケホッ……ソニラ様……」


 少し離れた箇所で姿を現し、胸に手を当ててむせるゼフィラが光柱を見る。


『ゼフィラ。彼と彼女を私の元へ』

「……解りました」


 それだけを場に響かせると光柱はゆっくりと細くなり消えた。


「【極光壁】を越える事を許可する。中心地へ来るが良い」


 そう言いなからゼフィラの姿はザザザ……と消えた。






 やれやれ、ようやくこっちを見たか。

 オレはゼフィラと戦り合って居れば例の巫女さんが横槍を入れて来る事は解っていた。

 予想通りではあったが……更に傷を貰ったのは悪い誤算だった。カイルは……楽しそう眠りやがって何よりだ。


「おーい。カイルー、起きろー」

「……う……ううん。はっ!」


 カッ! と目を開けたカイルは即座に、ババッ! と起き上がり剣を構える。


「よし! 来い!」

「お前が現実に戻って来い」

「……あれ?」


 起きてすぐ戦おうとしやがって。夢の中でも戦ってたのかよ、コイツ。


「ゼフィラって人は?」

「帰ったよ。オレらも行くぞ――って前に、お前はコレを巻いてろ」


 カイルの服は腹部分から下が焼き落ちて、パンツが丸見えになっているので、なるべく目を背けてコートを巻く。


「おっさん、コレ動きにくいんだけど……」

「お前……パンツ丸見えだぞ? 良いのか?」

「別におっさんとレイモンドに見られても気にならないぜ?」

「オレが気にするの! 布を調達できる所に行くから! それまで我慢しろ!」

「え~」

「えー、じゃない!」


 羞恥心をどこに落として来たんだ、コイツは。まったく……

 オレは、ぶーたれるカイルを馬車の荷台に押し込むと運転席に座り、馬車を走らせた。






「ローハンさん、手伝います」


 オレは操馬しつつゼフィラから受けた傷を簡単に治療していた所、へレイモンドが荷台から顔を出し、隣に座る。


「別に荷台で休んでて良いぞ」

「いえ……ちょっと皆とは距離を置きたいので……」


 まぁ、女子だらけの中に男一人は気まずいか。男同士のトークと行きますかね。

 近くを例のトーテムポールが通る。


「ローハンさんは【極光壁】の仕組みを知ったんですか?」

「いいや。似たような戦い方をするヤツを知ってたんでソレと対処は同じでイケた」

「誰です?」

「スサノオだよ。お前も会ってるだろ?」


 『バトルロワイヤル』で相席したので記憶はまだ新しいだろう。


「アイツは風と雷だ」

「比喩ですか?」

「アイツの正体。昔は『極風暴雷』って呼ばれてた嵐だ」


 オレからの情報にレイモンドは理解できない様子だ。まぁ、オレもジュウゾウの爺さんから聞かされた時は今のレイモンドと同じ反応をしたものだ。


「やり口はスサノオの方が数段上手だけどな」

「『始まりの火』の眷属は全員、人外の類いですか……」


 ヤマトとカグラの戦闘力を知るレイモンドからすればスサノオは優しい部類だと思ってたんだろうが、それは大きな間違いだ。


「レイモンド。少しドタドタしてて随分と後回しになっちまったが、お前らは何で『遺跡』内部に居る?」

「……ここは『遺跡』内部なんですか?」

「知らなかったのか? オレとカイルは『遺跡』内部に強制転移させられたみたいでな。クロエ以外のメンバーは?」

「僕はクロエさんと一緒でした。寸前まで一緒に居たからですかね……その後、クランメンバーで合流出来たのはローハンさんとカイルが初めてです」

「その様子じゃ……マスターは見てないな?」

「僕もローハンさんとカイルの姿を見た時はマスターを期待しました」


 どうやら、レイモンドとクロエも事情はオレらと同じらしい。取りあえず、


「そっちがここに来てからの事を教えてくれ。情報を共有するぞ」

「わかりました」


 これで、行く先が少しでも明るくなれば良いが……

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