第197話 ドSだな、あの女

「何故だ……何故……ここまで強い?」


 【盲剣一席】は目の前の少女に頭を垂れる様に膝立ちし、仕込み刀を杖の様に使う事で辛うじて身体を支えていた。


「私が誰よりも“弱い”からです。与一さん」

「弱い……だと? その若さでそれ程の力を持ちながら……」


 剣を交えて分かった。この少女はまだ成長途中だ。自分など通過点に過ぎないレベルで更に先を行くだろう。


「ファング様の望む“私”には足り得ないのです。そして……私が望む“私”には更に程遠い」

「……どれ程の頂を昇る気だ?」

「頂? 目の見えない我々にソレは簡単に見える・・・モノなのですか?」


 そう、この少女は全てにおいて――


「技術……魔力……思考……今の時点でワシを上回るか……」

「ご指導、ありがとうございました」


 それが、今から十五年前。

 クロエの後釜で【盲剣一席】に再び座った与一は、修行にて己の技である“滝斬り”を更に洗練させた。しかし、それでも当時の彼女にさえ届かないと感じている。


「ワシも殻を破らねばな」


 コツ、と仕込み杖で地面を探りながら足を止めると、『ターミナル』を歩く【武神王】を捉えて・・・いた。


私を見つけた・・・・・・貴方は“強い”のですか?」

「ソレを確かめるのだ」


 【水面剣士】と【キャプテン】を知り、頂が見えぬ様になった与一は己が何者であるかを知る為に命を賭して【武神王】と向き合う。


「ワシはまだまだ強くなれる」


 自分が胡座を掻いていた頂が低俗だと知ったあの時から、今は無限に強くなれると感じている。






 ソレは見慣れない光景だった。

 側を通れば万人が振り返る美女。誰が作り上げたの分からない程の“美”を持つ彼女は嘘か本当か“眼”が見えない。

 故に優雅に舞い、僅かな間隙を狙う様な魅了する戦いを軸に置く――と言うのがクロエの戦闘スタイルだと誰もが思った。


「くっそが!」

「この女!」


 実際にはまるで違う。

 彼女の細く美しい指先は手刀となり、屈強な執行者達の腕や足を斬りつけ、動きが鈍った所を確実に仕留める戦い方をしていた。


 それは狩り。だが、執行者達の様に愉悦を感じるモノではなく、もっと原始的な――己の命の為に行う“獣の狩り”だった。


「魔法が発動してやがる!?」

「おい! 運営! どうなってんだ!? 首枷が機能して無――」


 また一人、隙を見せた執行者が顔の上半分を切り落とされた。

 クロエの動きは無駄がない。重心のかけ方、必要な呼吸数、歩幅、腕を振る角度、使う魔力量。その全てを必要最小値で駆動させる事で最も消耗の少ない形で“狩り”を行う。


“生物の持つ最低限の防衛能力は一撃殺害に抵抗してくる。実力や体躯に大人と赤子程の差が無ければな。ならば、お前はどうする?”


 執行者の一人が、仲間がやられた陰に隠れてクロエに組み付く。


「捕まえたぞ! 今から死ぬ程犯し――」


 しかし、即座に首筋の筋肉を両断され腕は、だらん、と垂れる。その執行者の喉をクロエは貫くと即死はさせずに気管を流れる血で気道をふさいだ。


「ごぼぼぼぼ!!!?」


 両手が使えず呼吸が出来ない執行者は成す術もなく転げ回って自らの血で窒息死した。


 “相手の意を見る”


 クロエが常に感じているのは相手の意識が何を捉えているのか、であった。

 一対多数ならば、その分の思考が生まれて絡み合う。その絡み合いの中で起こる僅かな不協和音。呼吸や意識の乱れ。予測不明な事態への対象。それらが整う前に――


「場で優位に立つ」


 私とクロウを捨てた父と母へ。

 ありがとう、私を美しい女に生んでくれて。

 ありがとう、私に他を魅了する肉体を与えてくれて。

 ありがとう、私を盲目にしてくれて。

 おかげで――


「誰もが私を侮る」

「待て! 待ってくれ!」


 最後の執行者は後退りながら歩み寄ってくるクロエに懇願する。そして腰が抜けた様に尻から転んだ。


「もう、『コロッセオ』には近づかない!」

「それで?」

「もう、こんな事は辞める! 今まで稼いだ金は殺した奴らを償う為に生き――」


 と、執行者は握った砂をクロエの顔に投げた。それは奇襲じみた目潰し・・・。クロエは特に避けずに顔にかかった。


「ハハ! 馬鹿が! 油断しやがっ――」


 起き上がって棍棒を叩きつけようとした執行者の視界は暗転した。クロエが執行者の眼球を抉ったのである。


「ぎ、ギャアアア!!?」


 暗転した世界よりも耐え難い痛みに執行者は悶え叫ぶ。


「私の事は見える?」

「う、うぉぉぉぉ!!?」


 ぶんっ、と声のした方に棍棒を振るうが空を切る。そのまま立ち上がって棍棒を構えるも震えていた。


「選ばせてあげるわ」


 ハァ……ハァ……と息荒くする執行者にはクロエの声だけが響く。


「このまま暗闇で残りの余生を送るか、一思いに死ぬか」

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」

「言っておくけど、貴方の眼は魔法では治らないわ。そう言う風に削るのは得意だから」

「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……」

「それで――選択肢は決めた?」

「う……うぉぉぉぉぉおおおお!!」


 耳の元で聞こえたクロエの声に執行者は振り返ると棍棒を振るって――


「そう、もったいない事をするわね」


 首の動脈を入れ違いに斬られた。噴き出す鮮血の感覚に棍棒を手放して抑えるが、次第に力が無くなり前のめりに倒れる。


「世界が暗闇でも生きて行けるのに」


 クロエはそれだけを言い残すと、執行者達の死体に背を向けて、レイモンド達の元へ歩み戻る。

 その姿は指先の血以外には返り血の一滴も浴びていなかった。






「……ドSだな、あの女」

「結構、根に持つ方なんです」


 シルバームはクロエの強さ以上に、その戦い方に若干引き気味だった。

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