第172話 腹ペコ泥棒
うぐぐ……なんだ、こいつ……
「アノ女と、どう言う関係ダ?」
カイルは馬車の荷台から唐突に現れた少女に首を掴まれ、吊るされる形で持ち上げられていた。
足は完全に浮いており、持ち上げる腕を掴んで抵抗しなければ、そのまま首を折られそうな程の力である。
「答えないカ。ナラ、死ネ!」
『止めなさいっ!』
「ム!?」
そこへ、リースの渾身の発光。パァァァ! と全身を光らせるソレは即席の閃光になり、少女の眼を眩ませる。
「……のぉ!!」
カイルは掴む手が緩んだ瞬間、浮いた足で少女の顔面に蹴りを放った。
しかし、少女は咄嗟に手を離し後ろに下がった為、爪先は空を切る。カイルは首もとを抑えながら着地し噎せた。
「ゴホッ……リース助かったぜ……」
少女が後ろに下がった拍子にフードが捲れその顔が露になる。
褐色の肌、灰色の髪、戦化粧をした――
「あ! お前は! なんだっけ!」
『『太陽の民』!?』
「そう、それ!」
カイルの代わりにリースが口にする。この辺りでは見かける事は無くなったと聞いていた。
「ナメるなヨ。ディーヤは家族を見捨てなイ。邪魔するヤツは全員、あの世行きダ」
「お前、ディーヤって言うのか?」
「ムム! 何故ディーヤの名ヲ……貴様! 何者ダ!?」
『いや、今貴女が名乗ってましたよ?』
リースの言葉に『太陽の民』の少女――ディーヤは無言になる。
「無しダ」
「え?」
「今の無シ! 忘れロ!」
「いや、無理だろ」
「ジャあ殺ス!」
『滅茶苦茶ですよぉ!』
ディーヤの身体がオレンジ色の軌跡を纏う。並みならぬ雰囲気にカイルは警戒心を強めた。
これが、質屋のおっちゃんが言ってた『太陽の民』の力か。こんなに小さいのにスゲー気迫を感じる。
「…………」バタン。
「ん?」
『え?』
ディーヤの発光が萎むように消えると彼女はそのまま前のめりに倒れた。そして腹が、ぎゅるるるるる~、と食事を催促している。
「……クソ……限界カ……情けは無用! 殺セ!」
俯せで動けないディーヤは顔だけを前に向けながらカイルとリースへそんな事を言ってくる。ぎゅるるるるるる!!
『何日食べてないんですか?』
「……4日ダ……やはり……『恩寵』を使うニハ……エネルギーが足りヌ……」
カイルは荷台の幕を開けて中を確認中すると、そこには食料が食い散らかされていた。どうやらディーヤは荷台に侵入し食事中だったらしい。
「何か食う?」
「……戦士は施しを受けナイ」
「そっか……」
「デモ、どうしても……と言うナラ……食べてやってモ……いいゾ」
「なんだコイツ?」
ぐぎゅるるるるるるる!!!
「…………サラバ……巫女様……クシ……ディーヤはここまで……ダ」
カイルは荷台に入ると、ガクッと空腹で意識を失いつつあるディーヤへ水を持ってきた。
ディーヤは即座に水を取るとごくごく飲み始める。
「変なヤツだなぁ。そんなになるまで意地を張るなよ」
流石に餓死を目の前で見るのは嫌なので、カイルはディーヤへ食料の一部を与える事にした。
「おい、カイル。これはどう言う状況だよ」
「あ、おっさん!」
『ローハンさん』
オレは生きの良い馬を連れて馬車に戻るとカイルが見知らぬガキに餌付けしていた。
「なんか死にかけててさ。おっさんを待ってるとコイツ死んじゃいそうで」
『私たちの馬車の食料に目をつけて潜り込んでまして』
「別に助けるなとは言わんが……」
荷台を覗く。食料が……三分の一も無くなってやがる。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
「おい、ガキっ! 少しは遠慮しろ!」
こっちをチラッと見て食事を再開するガキにオレは声を上げると、軽く頭を小突いた。しかし、ガキはスッと避けてフードが取れて顔が露になる。
褐色の肌に灰色の髪。赤と白の戦化粧。オレらの食料を貪るコイツは質屋でスレ違ったガキだ。例の『太陽の民』だな。
「カイル、説明ー」
「コイツの名前はディーヤって言うんだ! 後はわかんねぇ!」
『さ、先に食事を優先させてるんです。何も喋れそうに無かったので……』
情報が全然出てねぇな。まぁ、見方によっては現状は僥倖とも言えるだろう。
『ナイトパレス』で情報が滞ったら次は『太陽の民』に接触する必要がある。その当人が目の前で飯を食ってるのだ。
質屋の店主の話だと『太陽の民』は報償金も懸かってて、この辺りでは見かけない。そこんトコも含めて話を聞いてみるか。
その後、結果的に食料を三分の二も平らげたクソガキは、フゥ……と満足した様子で立ち上がる。
「助かっタ」
ディーヤは立ち上がると両手を合わせてペコリと頭を下げる。食礼はしっかり出来る。話も通じそうだな。
「コの借りはいずレ。それでハ」
そして、フードを被り直しトコトコ歩いて行こうとしたのでオレは無言で『磁界制御』を発動。
暴食クソガキを鎖で蓑虫状態に拘束した。
「ヌぅ!? 何をスル!」
「クソガキが……それはこっちの台詞だ!」
そのまま行かすワケねぇだろうが!
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