第173話 ディーヤの事情

「オノレ、卑怯な呪術ヲ……」


 鎖で拘束したディーヤをオレ達は改めて向かい合う。


「色々と言いたいことはあるが……まず第一に、恩を仇で返すなって習わなかったのか?」

「ディーヤは戦士ダ。戦士の恩は戦いで返ス。オッサンはぶっ飛ばしてやりたいヤツがいるのカ?」

「おっさんじゃない! オレはローハンだ。覚えとけ!」

「俺はカイル!」

『リースです』


 オレの自己紹介に便乗してカイルとリースも名乗った。って言うか、お前ら名乗らずに飯を与えてたのかよ。


「ディーヤはディーヤだ。『三陽士』の一人。【極光剣】」

「うぉ!? 何それ! かっけぇ!」


 カイルが滅茶苦茶反応した。


『『三陽士』?』

「『三陽士』ハ、戦士の中でも最強の三人。巫女様を護るのが仕事ダ」

「で、その最強の戦士の一人が何で野垂れ死しかかってんだ? “巫女様”はここに来てんのか?」

「何を言ってるんだ、オッサン。巫女様は『太陽の民』の導き手。現人神あらひとがみダ。こんな所に来るワケが無かろウ」


 導き手に現人神……どうやら『太陽の民』にとって“巫女様”ってのが一番のお偉いさんの様だな。


「でもよ、その巫女さんを護るのがディーヤの仕事なんだろ? なんでここに居るんだ?」


 カイルの言う通り、位置的にもこの関所は『太陽の民』の地域とは正反対。『ナイトパレス』へ近づく方面である。


「お前ら『太陽の民』は日光が無いと命に関わるんだろ? なんでわざわざ、夜に近づこうとしてんだよ」


 オレの問いは的確だろう。

 『ナイトパレス』へ近づけば近づく程、『太陽の民』は命を脅かされる。それがどれ程深刻なのかは解らないが、報償金もかけられている以上、特に優先する用事でもなければ近寄る事も危険なハズだ。


「……ディーヤは『ナイトパレス』に弟を連れていかれタ。名前はクシ。今もきっと泣いていル」

『ディーヤさん……』


 ディーヤに口調に言いどよりや、詰まった様子はない。オレの嘘検知能力はクロエほど確定では無いが、ディーヤの迷い無い言葉は家族の為に命をかける意思を感じる。


「ダカラ、ディーヤは『ナイトパレス』へ行くのダ。食事の借りハ、それから必ず返ス」


 すると、ディーヤの身体が発光を始めると、ビキッビキッと鎖が切れ始めた。

 蓑虫拘束を自力で破ろうとするパワーは、今まで見たことの無いモノだ。ゼロから生み出す力が凄まじい証拠だな。

 『太陽の民』……全員がこのアベレージなら相当な戦闘民族だ。


「待てよ、ディーヤ。俺達も『ナイトパレス』に行くんだ。一緒に乗って行けば良いぜ!」

「オ前達も『ナイトパレス』ニ?」


 ディーヤの発光が消える。カイルは、良いだろ、おっさん。と視線を向けてきた。


「そうだな。渡りに船って言うだろ? 行くなら乗せてってやるぜ」

「ヌヌ……しかし、これ以上の借りを作るのは戦士とシテ……」

「困ったときはお互い様だろ? 道中にディーヤの事を色々と教えてくれればソレで良いからさ! クシだっけ? 弟さんの事も! 何か手伝えるかもしれないし!」


 カイルのヤツ……打算の欠片もない純粋な気持ちで提案しているな。感受性の高い民族なら十分に刺さるだろう。どれ、オレも――


「それに『太陽の民』だけで『ナイトパレス』の首都に入れるとは思えねぇ。ただでさえ“夜”だとパワーは出ないんだろ? 報償金も出てるって話だし即捕まって終わりだぞ」

『そうです! 見ての通り私たちはこの国の外から来ました! 協力できます!』


 カイルの純粋とオレとリースの利己的な提案。ディーヤの置かれた状況からして、これは悪くない提案のハズだ。


「……一つだけ教えロ」

「おう! 何でも聞いてくれ!」


 カイルが、ニコニコで答える。


「【水面剣士】クロエ・ヴォンガルフとお前達はどんな関係ダ?」






 ディーヤがこれまでに無い神妙な面持ちで聞いてきた。

 クロエとオレらの関係。今、アイツは『ナイトパレス』で王の次席である【ロイヤルガード】の一つに座ってる。無論、『太陽の民』とは敵対関係にあるワケで、ディーヤの様子を見るに相当な怨み節を買っているみたいだな。

 返答は慎重に――


「家族だ!」


 そうだった。カイルは脊髄から直接発言するノータイム返答をスキルで持ってたぜ……


「……アノ女は……ディーヤ達の里を襲撃し、“巫女様”を傷つけた。ソイツと家族だト!?」

「そうだよ。クロエさんは俺達の家族だ」


 カイルはディーヤの怒りを正面から受け止めてそれでも尚、クロエを疑わずにそう返す。

 オレは打算的に言葉を選ぼうとした事が馬鹿らしくなった。


「そっちとクロエとの間にどんな確執があるかは知らんが、アイツは状況を見て最良の“選択”が出来るヤツだ」


 師である【牙王】シルバーファングの教えを受けているクロエの剣は、やむ終えない時以外は命を殺めない。


「ダが! 巫女様ヲ!」

「死んでないだろ?」


 『太陽の民』の柱とも言える“巫女”を肉薄したのなら、その護衛も防護施設も正面から越えたハズだ。


「クロエが本気で“巫女様”を殺すつもりなら間違いなく殺られてる。お前も戦ったんだろ?」

「…………」


 ディーヤの沈黙はクロエと一戦交えた事を肯定していた。相変わらず、搦め手を使わなくても強ぇ女だ。


「俺達も今、クロエさんと話しに行くつもりだったんだ! その辺りの事情も聞いてみるから、一緒に行こうぜ!」

「……分かっタ」


 ディーヤはまだ疑ってる様子だが、己の中で現状との整理をつけたのだろう。一応はこっちに便乗する方が得と考えたらしい。

 オレは拘束を解いて告げる。


「オレらに疑いがあるならいつでも逃げていい。ディーヤの目でオレ達が敵か味方か見極めてくれよ」


 これで、こちらの誠意はある程度伝わっただろう。ディーヤ視点からも敵として見られない方が色々と得だしな。


 その後、オレはディーヤが消費した食料を補充した。国境付近だから結構割高だったぞ、畜生。

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