第255話 “ブタ”ですわ
そのパーティ以降、ブラッドの生活は意図せずに賑やかになった。
数日後にアリシアが私物を持ってナイト領へやって来た。
お嬢様として育てられていたアリシアであったが嫁ぐための教育はきちんとされており、掃除、洗濯、料理などは卒なくこなし、屋敷での女給達とも良い関係を築く。
更にブラッドの仕事や領地の事も知りたいと、彼に付いて行き、農業や魔物の討伐にも積極的に参加。汚れたり危ない目に合いつつも当人はソレに嫌悪するワケでもなく何かしらの思考を巡らせていた。
その後、その思考を形とした。
看板を立てると個人的にまとめた領内の情報を誰でも見れる様に小さな情報広場を作ったのだ。
バードン家として情報の大切さは何よりも知るアリシアであったが故に、それらの共有は必要だと思っての行動だった。
毎年の収穫の量や危険な魔物の発生場所と時期、農家同士で共有できるちょっとした豆知識など、中々に好評でアリシアが領民から慕われるまでそう時間は掛からなかった。
「良き方ですな」
「物好きなだけだろう」
領民に囲まれるアリシアを遠目で見るブラッドは彼女に対して何かを強要する事はしなかった。
ナイト領は知れば知るほど首都暮らしの者には、不便で、眩しく、眠る時さえも落ち着かないと理解する。故に勝手に限界を迎えて出ていくと思っていた。
「ブラッド様。カボチャのタルトを作りました。カボチャがお好きだと聞いて」
「……君は俺よりも動き回っているな。いつ休んでいるんだ?」
「毎日が“新しい”の連続で、つい疲れなど忘れてしまいます。お父様の下では考えた事を形にする事さえも出来ませんでしたから」
「……そうか。だが、倒れて貰っても困る。明日は一日屋敷で何もするな」
「それでは、収穫量のまとめをしておきますね」
「…………」
ブラッドはアリシアとはいつも距離を置いて座っていた。
彼女は有能だが、いつかはナイト領を去る。この地はあまりにも『ナイトパレス』の住人には不適合なのだ。
領民には婚姻を前提にナイト領に来ていると告げており、挙式の時期は曖昧にしてある。
それでも、ブラッドの操る馬の後ろにアリシアが乗り、農業を手伝いに行く様は当たり前の光景になっていた。そんなある日、
「ブラッド様。お客様がいらっしゃって居られます」
その日の仕事を終えて、アリシアと屋敷に戻るとそんな事を言うルークの後ろには数台の馬車。そして、こちらに気づいたのか、一つの荷台からリリィが下りてきた。
「ご機嫌麗しゅう、ナイト卿。リリィ・ヴェンダースですわ」
「ブラッド・ナイトです、リリィ殿。ご用件は何でしょう?」
位的には領主であるブラッドの方が上であるが、リリィは首都の衛士を統括する一族。下手な摩擦は起こしたくない故に敬語で応じる。
「ブタを調教するに適した環境を探して居りまして、ナイト領であれば適任だと思った次第ですわ」
チラッ、と別の馬車の荷台を見る。家畜を積んでいる様には見えないが、下手に追及する気もない。
「そう言う事でしたら、領地の西が畜産をまとめた地域です。地図がありますので――」
「リリィさん?」
と、馬を馬房に連れて行ったアリシアがリリィの姿に反応する。
「アリシアさん。やはり居ましたわね。おほほ」
「知り合いか?」
「お友達です。リリィさんも、ナイト領の野菜を?」
「それは後に頂くとしまして――」
ふごふごっっ!!
ガタガタとリリィが視線を送った馬車が揺れる。
「ちょっと失礼。おほほ」
リリィは口に手を当てて馬車の荷台に後ろから入ると、
“声だけで興奮するじゃありません! このブタっ! もう元の生活には戻れないのですわ! 理解しなさいっ! この、ブタっ! ブタめっ!”
そんな籠った声が響きながら荷台はガタガタと揺れ、ピシャッピシャッと音が聞こえる。
「…………」
「…………」
「…………」
ブラッド、アリシア、ルークは無言で待機していると、スッキリした様子でリリィが荷台から出てくる。
薄い汗を掻きその手には鞭が握られていた。
「ブラッド様、しばらく厄介になりますわ。チキンと税は納めますので――」
ブラッドはその馬車の後ろに回ると中を覗く。
「…………リリィ殿。これは……」
「“ブタ”ですわ」
「ブラッド様何が乗って居られるのです?」
アリシアがブラッドの後ろから荷台を覗くと――
「! アリシアちゅあん!!」
「きゃあ!!?」
魔物の様に伸ばしてきた手がブラッドの眼前で止まった。
中に居たのは鎖で拘束された巨漢のタンカンである。アリシアは驚きのあまり尻餅をついた。
「アリシアさん、大丈夫ですこと?」
「リ、リリィさん! こ、これは!? どういう!?」
「ガルライド卿からのご依頼ですわ。ブ――タンカン様は太りすぎによって内臓に異常を来しておりまして、痩せなければ命に関わると」
「首都でどうにかならないのか?」
「首都だからこそ、無理なのですわ。ブ――タンカン様はガルライド家のご子息。権力の中心に居て、どうやって痩せられましょう?」
「荒療治が過ぎる気もするが……」
「こうでもしない限り、このブタの考えは変わらないのですわ。私もこの様な事は心苦しいのですが……ガルライド卿の親心に共感し、心を鬼にして――手を引っ込めさない! ブタァ!(ピシャンッ!(鞭打ち))」
「いでぇよ!」
タンカンがアリシアへ伸ばしていた手を引っ込める。その様子にリリィは恍惚な表情をしていた。
「まぁ、このままでは初夜もまともにできず、押し潰されてしまいますし徹底的に生活を管理して痩せさせます事よ」
「初夜?」
アリシアがふと出た単語に首を傾げる。
「このタンカン様――ブタと私は婚姻したのです。両家の繋がりも深まり、良い縁談でしたわ」
「おうち帰りたいよぉ……」
「おほほ! 私しか満足出来ない様に骨の髄まで調教してあげますわ!」
「…………」
「リリィさん……」
パーティではひと悶着あったタンカンだが、流石に気の毒になってきた所でルークが一声。
「それでしたら屋敷に住まうのはどうですかな? 部屋も余って居られますし」
「あら」
「ルークさん!?」
「ルーク、ちょっと来い」
ブラッドとアリシアはルークの脇を固めて連行すると少し離れて詰め寄る。
「アレを同じ屋根の下に入れるだと?」
「私も危険だと思います!」
「ブラッド様、アリシア様。この地に慣れないお二人から眼を離すべきではありません。万が一、怪我や失踪など起こればガルライド家とヴェンダース家の双方から眼をつけられてしまいますぞ」
自分達の都合で遠ざけるのは簡単だが、色の濃い二人故に、その後に起こる問題に関しては全くの未知数であるとルークは告げる。
「それに屋敷では私を含め、女給も眼を光らせて居られますし。リリィ様の負担も減ると思われます」
「こちらが負債する必要があるとは思えんが……」
「私もそう思います」
「こうも考えて見てくだされ。この件はヴェンダース家とガルライド家に接点を持つ良い機会です。今後のナイト領の安定にも繋がるでしょう」
ルークに言い分は二人にも理解できた。故にブラッドは、
「まずは1ヶ月様子を見る。アリシア、君が良ければだが」
パーティの件を思い返し、ブラッドが自分の事を考えてくれた提案にアリシアは胸を手に当てて。
「ブラッド様がよろしければ、リリィさんとタンカン様との縁を迎える事に異論はありません」
「そうか。なら、決まりだ」
ブラッドはリリィへ屋敷へ住まう事を勧めに行く。
「アリシア様。今夜よりブラッド様と寝室を共するとよろしいかと」
「! ルークさん……それが狙いだったりします?」
「安全上の提案ですよ」
そう言って、ルークもブラッドとリリィの会話へ歩み寄った。
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