第238話 ローハン2号

「ねぇ、おっさん」

「ん? どうした?」


 村にいるローハンに弟子入りして稽古をつけて貰いつつ、見回りに着いていくカイルは少し口淀んで尋ねた。


「おっさんはさ、どうやってそんなに強くなったの?」

「なんだいきなり」

「だっておっさんって、めちゃくちゃ強えーじゃん」

「まぁ、地上最強だしな」

「そう! ソレだよ!」


 カイルは指摘する様に声を上げる。


「俺は……そんな自信は持てそうにない」

「人が強さを求める理由は大きく分けて二通りある。“自分の為”か“他人の為”か」


 落ち込むカイルにローハンは少し諭すように告げる。


「……俺は……」

「お前は“自分の為”だ。オレは“他人の為”だったな」

「…………」


 初めは『オーガ』の恐怖を乗り越えたくてローハンの元へ行った。

 しかし、今はローハンの背中に強い憧れを抱いていた。稽古をしたり、共に村の警邏を手伝う内に、その節々に垣間見えるローハンの立ち振舞いから、彼が途方もなく“強い”である事を肌で感じていた。

 ソレを追い付くビジョンがまるで見えないのだ。


「俺も……誰かの為に剣を振れば、おっさんみたいになれる?」

「そんなん、無理に決まってんだろ」


 キョトン、としてローハンはカイルの疑問をバッサリと切り捨てる。

 その宣言にカイルは眼を見開いて驚くと、そうだよなぁ……はは、と残念そうに俯いて笑った。

 するとその頭に、ぽん、と手が置かれる。


「お前はお前。オレはオレ。お前は“ローハン2号”になんて成らなくて良いんだよ」


 わしわし、と撫でられながらローハンを見上げるが、カイルの中でまだ答えは出なかった。


「……でもさ」

「カイル。“楽しめ”」


 ローハンは笑いながら告げる。


「楽しむ……?」

「斬れるモノが増える事を、強敵に挑む事を、昨日の自分を越える事を、義務で剣を振るんじゃなくて、“楽しんで”越えていけ」


 その言葉はカイルの中に深く刻まれる。


「実際に強くなると楽しいしな」

「……おっさんも?」

「ああ。強さを求める動機はどうであれ、己を研鑽する奴らはみんな、どっか楽しんでんだよ。日々強くなっていく自分にな」

「――そっか。そうだよな!」


 だから――






 だから、カイルは笑う。

 強い敵が目の前に現れた時、カイルはあらゆる責務を取っ払う。残るのは目の前の敵を斬り、それまでの自分を越える事。ただソレだけ。

 怒りで剣を振るう事もある。悲しみで剣を納める事もある。

 普段は、そのムラが本来持ち合わせる類比ない才能と実力を押し込め、剣を鈍らせてしまう。

 だが目の前を本気で“楽しんで”いる時のカイルは、何者にも追い付けない領域を走り出す。


「卑怯だなんて言わねぇぞ! それでもお前は――強ぇーからな!」


 【スケアクロウ】の正面は“死”そのもの。だからこそ、カイルはソレを越えられると本能が楽しみ、不敵な笑みが浮かぶのだ。


「……ピピ」


 対する【スケアクロウ】にはその様な感情はない。

 全てを敵を倒す事だけを存在意義として作られた。故に行うのは“最適解”だけである。


 不確定要素。

 周囲の敵からの妨害。

 対象……負傷。『霊剣ガラット』不所持。


 【スケアクロウ】は事務的にカイルを始末する“最適解”をシミュレートし終えていた。

 腕部アームを振り上げ、カイルを叩き潰す為に前に踏み出す。


 足を負傷しているカイルは、痛みは無くとも機動力は落ちている。回避に動けば、ソレは更に冗長され最後には動けなくなる。


 カイルは本能が急停止を選ぶと腕部アームは目の前で振り下ろされ、ズゥン……と巨人が足踏みした様な音を響かせる。


「――――」


 駆ける。カイルは振り下ろされた【スケアクロウ】の腕部アームに足を乗せ、走り上がる。


 ソレは初めてだった。

 必中を主にした【スケアクロウ】が“外す”事を前提に腕部アームを振るったのは――


「ピリリ」


 カシュ、と口部が開く。もはや、何も割り込む余地はない。至近距離で放たれる『光線』にカイルは呑み込まれた。


「――――」


 カイルの本能はソレを避けていた。

 【スケアクロウ】のタイミングは完璧だった。だがカイルは『光線』を読み、腕部アームを駆け上がった瞬間に、その場から跳び上がって回避したのだ。


「お前を越える!」


 カイルの振り上げる手には『霊剣ガラット』が握られ、【スケアクロウ】の頭部の傷を狙って振り下ろされる。


 持っていなかった『霊剣ガラット』。

 避けられた『光線』。

 回避は間に合わない。

 全てはカイルの予測を越えた動きが起こした故の結末。

 振り下ろされる『霊剣ガラット』は完璧に【スケアクロウ】を捉えていた。











 全て『確定予測』通りだった。

 カイルは【スケアクロウ】の予測を越えて動いていたのではなく、その様に誘導されてたのだ。


 周囲の仲間イレギュラーは援護に来れない。

 逸らす事が不可能な『集中』を選択。


 空中で身動きの取れないカイルへ口部より『光線』『集中』が放たれる。“詰み”は【スケアクロウ】ではなく、カイルの方だった。


 既に攻撃の動作に入っているカイルは避ける事も『霊剣ガラット』で受ける事も出来ず――


「――――」

「――――カイ」


 『光線』の光と共に、レイモンドとディーヤはカイルが身体を貫かれる様を目撃する。


 キィァンッ!


 その様な音と共に『霊剣ガラット』の刃は【スケアクロウ】の頭部の傷をなぞるように振り下ろされ、大きく斬り込んでいた。


「――――『共感覚ユニゾン』」


 レイモンドは大きく安堵の息を吐く。

 カイルは『光線』の特性を得て、“『光線』に精霊化”し放たれた『光線』を通過させたのだ。


 結果、振るう剣は衰えず、【スケアクロウ】の頭部の傷へ『霊剣ガラット』の刃が通ったのである。


「ピピピ……ガザザ……」


 カイルはそんな音を出す【スケアクロウ】を蹴って少し間を置いて着地。『光線』の精霊化から実態に戻る。


「なんかよく解んないけどさ……お前の『光線』効かなかった!」


 最も、カイルは精霊化で避けるなど微塵も考えていなかった。故に【スケアクロウ】も『共感覚』の可能性を読みきれなかったのである。


 カイルは膝を立たせて『霊剣ガラット』を一度、ヒュッ、と振り、【スケアクロウ】はバチチ……と音を立てて後方へ崩れる様によろける。

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