第116話 私はアマテラスです

 クロエは、カラカラと露天風呂へ繋がる外戸を開けた。内部浴場の高温に馴れた肌が、外気を涼しく感じさせる。


 それなりに広い。身体を寝かせる為の竹で作られたベッドも配置されてる。そして、真ん中には湯槽――


 『音魔法』の反響で周囲の環境を探ると湯槽に誰か居る。他の客が先入りしている事も十分に考えられたので当然と言えば当然だ。


「ご一緒、宜しいですか?」

「構いませんよ」


 女声。クロエは盲目故に水面から出している肩から上しか感じ取れないので男である可能性を危惧したが、女性と言う事で内心ほっとした。少し離れた所から湯槽に入る。


「ふー」


 露天風呂は、大浴場とは違った雰囲気を感じられるモノだった。すると、


「お一人ですか?」


 先入りしていた女性が話しかけてくる。


「いえ、クランメンバーと来てまして」

「それは賑やかですね」

「貴女はお一人?」

「そうなんです。誘っても断られまして」

「それはそれは……」

「一人は、くだらん、と言って動かないですし、もう一人は、我が君と混浴は嫌、と言って断りますし素直なのはカグラだけです」


 カグラ。その名前が出てきた瞬間にクロエは彼女が誰なのかを察した。


「ああ、ごめんなさい。先に名乗るのが礼儀でしたね」


 と、クロエの手を取る様に彼女は湯槽から持ち上げた。


「私はアマテラスです。クロエさん」






「ここに来たら電気風呂とサウナは必ず入るのよ」

「そうなのか?」


 ソーナとカイルは『サウナルーム』を前にこれから道場破りを行うかの様に佇む。


「己の身を置く環境において、魔法は発現しやすいの。特にサウナは高い温度空間である故に『炎魔法』の感覚を掴みやすいわ」

「え? そうなのか!?」

「……アンタ、知ってて電気風呂に入ってたんじゃないの?」


 ソーナはカイルが『雷魔法』の感覚を得ようとして電気風呂に入っていたと思っていた。


「え? いやー、なんか面白そうだなーって思って入っただけ」

「アンタって魔法は何か使えるの?」

「! ふっふっふ、聞いて驚くなよ! 俺の魔法は『共感覚ユニゾン』だ!」

「はぁ?」


 カイルの暴露にソーナは面食らった表情になる。


「相手の魔法を使えるんだ! 最強だぜ!」

「それ……使う魔法の知識量に比例する能力でしょ? アンタ、それなりに知識は持ってるの?」

「うっ……ソーナもおっさんと同じことを言うのかよ……今は、練習中だ!」


 『共感覚ユニゾン』は最上位の固有魔法であるが相当にムラもある。

 所持者の魔法センスがそのまま実力に反映される事もあって戦士タイプよりも魔術師に好まれる固有魔法だ。

 ソーナの眼から見ても脳筋思考のカイルとの相性は良くないと解る。


「まぁ……頑張んなさい」

「おう! サウナに入ろうぜ!」


 カイルが今後、苦労する事に同情しつつソーナは『サウナルーム』の扉を開けた。

 大浴場よりも数段上の熱気が溢れて来て一瞬押し返されそうになった。


「なんだこりゃ、暑ちー」

「先客が居る――って!」


 サウナルームの奥の席、段の上に座っていたのは、仮面を着けた“眷属”カグラだった。


「あ、お前は!」

「“眷属”カグラ! 何故ここにっ!」


 カイルとソーナは反応する。その二人にカグラは、


「熱、気が、漏れ、るか、ら入ら、ない、なら閉、めて」


 と、真っ当な事を告げる。

 あ、はい。とソーナとカイルは毒気を抜かれた返事をするとサウナルームへ入った。






「カグラがお世話になったようでして」

「ええ。彼女は強かったわ。でも、勝てない相手じゃなかった」


 割れた月を見上げながら互いの素性を知る二人は会話を続ける。

 クロエは取り繕う事はせず素直な気持ちを告げた。


「ふふ。そうですか。人の歩みも一歩一歩は各々。貴女はカグラとの一戦で強くなった様ですね」


 アマテラスから向けられて来る視線は感情の意図が掴めなかった。


「どうかしら」

「ですが、ヤマトには程遠い」


 アマテラスは手の平で湯を掬う様に持ち上げた。


「“眷属”ヤマト……噂は聞いているわ。ジパングには世界に二人と居ない凄腕の剣士がいると」

「永い、とても永い“物語”の中で、ヤマトを越える兵法者は存在していません。何人も『宵宮の刀』の前には斬り伏せられる運命なのです」


 それは誇張でも見栄でもなく、当然の理とでも言わんばかりの口調だった。


「ヤマトを前に例外はありません。例え【武神王】でさえも」

「それなら是非『ターミナル』へ行くと良いわ。きっと“歓迎”してくれる」

「ええ。此度の『物語』が終わった後は足を運ぶ予定です」


 アマテラスが『エンジェル教団』に在籍した理由は、旅の取っ掛かりだった。そこから別の目標が出来たら去ることに未練はない。


「本来ならローハン様も御同行を願いたいのですが……断られてしまいまして。クロエ様は同じ『星の探索者』のメンバーなのですよね?」

「ローハンは少しだけ事情が違うの。彼は――」


 どこにでも行けた。しかし、選んだのは名声でも権力でもなく、世界の隅でささやかに生きる“平穏”だった。


「なるべく全力で剣は振りたくないと思うわ」

「――とても信頼なさっているのですね。貴女様とローハン様……心からの信頼を感じました」


 クロエは何かに包まれる様な熱を感じる。まるで炎に囲まれた時の様な、チリチリとした水気を飛ばすような熱。


「クロエ様。ローハン様は貴女様にとってどの様な存在なのですか?」


 眼の見えないクロエは相手との会話からその本質を見る。

 口調の変化、感情の乗せ方、こちらに対する注意。それらを読み取り、相手の言いたい事を高い精度で先読みする。しかし――


「……つくづく【創世の神秘】なのね」


 アマテラスにはソレが何もない。

 感じるのはクロエを囲うように広がる“火”だけ。それらは言葉の一言一言を聞き逃すまいと、目の前の“物語”に飢えている様だった。

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