第115話 ジャンヌとサリア

「失礼する」

「あら~」


 『ギリス』のジャンヌは大浴槽に来ると、そこで溶けた表情のゼウスを見て一言告げた。


わたくしに断る必要は無いわよ~」

「同席する時の癖のようなモノだ。気にしないでくれ」


 ジャンヌは普段は鎧を着ている為にわかりづらいが、スタイルはクロエに比肩する程のモノだった。

 しかし、妖艶な魅力を感じるよりも身体にうっすらと浮かぶ無数の傷や、失われた片腕が彼女の経歴を表している。腕や足は勿論、脇腹や左胸など、致命傷となる箇所にも傷痕が浮かび上がっていた。


「私の身体が気になるか? サリア・バレット」


 湯槽に入るジャンヌはサリアの視線に気づきつつ目線を合わせる。

 丸腰の場でも油断の欠片もないジャンヌの瞳は、湯の効果でも解きほぐす事は叶わない。しかし、サリアは怯まずに返答する。


「出るところは出てるのね」

「邪魔なだけだ。と、言いたい所だが巨乳は社交場ではウケが良いらしい。何かと利用している」

「正直な所、貴女がそう言う場に立つ場面は想像出来ないわ」

「それは偏見と言うものだな。大切なモノを護る為ならば私は手段を選ばん。学べるモノは奴隷からでも学ぶ。安いプライドで世界を狭める事は己の精神的寿命を縮める愚かな行為だ」


 ジャンヌの言葉の一言一言に確固たる信念を感じる。その様はかつて対面した【創生の土】を思わせた。


「それなら戦場よりも政治の方が向いてそうだけど?」

「それはジルドレに任せてある。私は槍と旗を掲げ、部隊を背に率いるのが仕事だ」


 ジャンヌの剣と槍を持つ人生は反乱軍を率いて『ギリス』に反旗を翻した事が始まりだった。

 ジャンヌの生まれた地方はそこを管理する貴族によって不当な搾取を受けていた。

 そして、地方を巨大な軍事拠点とする為に地方全体は“整理”される事になり、そこに住まう民は僅かな賃金を渡されて去る事を言い渡されたのである。

 理不尽な搾取に加え、追い討ちとなる暴挙にジャンヌは槍底を地面に打ち付けソレに旗を掲げた。その彼女の背に賛同する戦士達が続いたのである。


「ふーん。ハードな人生ね」

「何も語っていないが?」

「傷を見ればわかるわよ。大事に抱えられてたワケじゃないって事はね」


 ジャンヌは、フッ、と笑う。


「体温が高まると傷が浮かび上がってくるのでな。不快に感じたならこちらを見なければ良い」

「別に気にしないわ。貴女が温泉に来る事が意外だっただけ」

「こんな状況だ。娯楽など風呂に入るくらいしかない。心も少しだけ緩んだようだ」


 サリアから見ても、ジャンヌが遊んでいる様は想像できないが……

 次に彼女の失った片腕に眼が行く。確か、【オールデットワン】との戦いで失ったと聞いている。


「片腕は不便じゃないの?」


 サリアが尋ねると湯がザワザワと動く。そしてジャンヌの失った肩に集まり、即席の腕を形作った。

 指先から肘まで精巧に練り上げられた魔力操作による水の義手。身体の部位を形を持たないエレメントで作るなど、その精度はクロエを越えている。


「何も問題はない」


 ジャンヌがそう言うと“水の義手”はゆっくりと形を崩し湯に戻った。


「ジャンヌ大佐は~『全属性』なのよ~」


 ゼウスは顔が溶けながらジャンヌの固有体質について告げる。

 『全属性オールエレメンター』。それは全ての属性に対して干渉できることで知られている能力だった。


「あまり人の事をベラベラと喋るのは感心しないな、ゼウス」

「ごめんなさい。つい口が滑ったわ~。代わりにわたくしの秘密を一つ教えてあげる~」

「聞くだけ聞こうか」

わたくし~海産物が苦手~、特に生は駄目なの……ぶくぶく……」

「!? マスター! ちょっと!」


 ゼウスは湯に身をゆだね過ぎた末路のように沈んだ。サリアは慌ててサルベージを行う。


「のぼせてるじゃない! もう!」

「ふふふ……フワフワする~」


 サリアはゼウスを背負うと、どいてどいてー、とそのまま水風呂へ直行。ザブンッ、と一緒に入った。


「相変わらず騒がしいクランだ」


 ジャンヌは独り占めとなった大浴槽を堪能する。






「全く……あんたが居るなんてね……日を変えれば良かったわ」


 チッ、DNAはどうなってんのよ。チッ、チッ。とソーナはカイルの浮かぶ胸を見て舌打ちが止まらない。

 そんなソーナの敵意をカイルは理解できず普通に会話を始めた。


「ソーナは良く来るのか?」


 『星の探索者』と『ギリス』は友好的な関係になることを決めた。故に少しは溜飲を下げて会話に応じる。


「部隊で交代なのよ。女騎士は衛生兵長も含めて五人くらいしかいないからね。男騎士は適当にって感じ。って言うか……アンタの方は大丈夫なの? アタシとカグラにボコボコにされたのに」

「もう何とも無いぜ! ソーナはちょっと動きがぎこちないな」

「“眷属”カグラの攻撃は並じゃなかったって事よ」


 『バトルロワイヤル』の帰りはアドレナリンが出ていたからか、そのまま徒歩で帰路に着けた。しかし、ベースキャンプに戻ってから気分が悪くなり嘔吐。衛生兵長に診てもらったら内臓に深刻なダメージが残っていたらしく、三日の療養を言い渡された。


「アンタは……アタシの『雷閃』を食らいまくって『気付け薬ドーズ』飲んで、“眷属”カグラからも攻撃を倍は受けてたのに……何でアタシよりもピンピンしてんのよ」

「良くわかんない! 昔からおっさんに、お前はゾンビか! って褒められてたんだぜ!」


 自慢げにドヤるカイルにソーナは、それって褒め言葉じゃないわね……と呆れた。


「それに、ゼウスさんのベッドに寝ると一日で良くなるんだ!」

「【千年公】の?」


 ソーナは何となく、カイルが元気な理由が解った気がした。


「おう! ソーナも使えるように話をしてみようか?」

「……アタシはいいわ」


 一瞬、世話になろうかと思ったが、このダメージも経験として己に刻む。自分は兵士。十全の状態じゃなくても戦場に出なければならない事もあるだろう。


「そっか。いつでも声をかけてくれよな!」

「随分と馴れ馴れしいわね。いつからアタシとアンタは頼るような関係に――」

「? だって一緒に戦ったんだから、もう友達だろ? 肩を並べたら戦友だ、っておっさんが言ってたんだ! 今度はどっちが先にカグラを倒すか勝負しようぜ!」


 歯を見せて笑うカイルにソーナは呆れて顔を背けた。


「はぁ……アンタって本当に短絡的ね」

「? 良くわかんねぇけど、サンキュー! って、ソーナ? のぼせたのか? 顔赤いぞ? 後、ちょっとニヤけて――」

「ああ! こっちを見るな!」

「あ、どこ行くんだよー」


 友達。その言葉を向けられて素直な表情が出たソーナは誤魔化す様に電気風呂から出る。

 その後をカイルは、待ってくれよー、と後に続いた。


「ふふ。良かったわね、カイル」


 そんな二人のやり取りを同じ電気風呂で聞いていたクロエは微笑むと、湯槽から出て露天風呂へ向かった。

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