第117話 出禁です
チリチリと、熱が上がる。
湯槽以外の足場は少しずつ水が蒸発し、濡れた肌も乾燥する様に水分が消えていく。
渇いて行く――
【始まりの火】が求めるモノは“物語”。
この広い世界で語られる“物語”は余すこと無く手に入れる。それは一個人の会話でさえ例外ではない。
「クロエ様、御答え頂けますか? ローハン様と貴女様は――」
「出禁です」
すると、湯に浸かる二人へ背後から振りかかる様に頭上から声がかかった。アマテラスがそちらへ視線を向けるとメイド服のアネックスが見下ろすように佇み、告げる。
「アマテラス様。貴女様は次から当館は出禁です」
「え!?」
アネックスの言葉にアマテラスは反応すると露天風呂を包んでいた“渇き”は唐突に消える。
「アネックス様、ちょっと待ってください! 確かに私はちょっとだけ欲が出ました! ですが……その……」
「当館は、マスターの長年の研究にてお客様がリラックス出来る完璧な温度を維持しています。それを乱す行為は、例え“【創世の神秘】”であっても見過ごせません。施設を利用する者は誰であっても同列。入浴前にそれは厳守させたハズです」
「う……しかし……抑えきれないモノもあります……よね?」
「アマテラス様。聞き入れてもらえないのでありましたら、今後、世界各地に点在する『千夜の湯』の施設は全て出禁となりますが宜しいですか?」
「…………従います」
「ご理解の程、ありがとうございます。それではごゆっくりどうぞ」
ペコリ、と丁寧に頭を下げるとアネックスは煙の様に消えた。
「……クロエ様。申し訳ありません……私の悪い癖が出た様です」
先ほどまで得体の知れなかったアマテラスの口調に感情が乗っていた。
眷属達からも旅をする時は外のルールに気を付ける様に口酸っぱく言われているのだ。それが原因で不利益になることも。
後悔と恥ずかしさ。その様子は世間知らずな女児を思わせる雰囲気だった。箱入り娘が起こした失敗のように。
クロエは思わず、ふふ、と笑う。
「クロエ様?」
「ごめんなさい。少し驚いたけど気にしていないわ」
「……太陽の無い夜間では“酔う”事が無いと思っていたのですが、旅を続けるのなら見直さなければならない事がどんどん出てくる……世間のルールはとても複雑です」
出禁となった事が相当に堪えたのか、アマテラスは明らかに気落ちしていた。先ほどの得体のしれなさは全く感じない。
この雰囲気の二面性はクロエも覚えがあった。
「貴女は人格を二つ持っているの?」
「――何故、そう思うのです?」
アマテラスは驚いてクロエを見る。
「相手の雰囲気を感じるのは得意なの。貴女は先程とはまるで別人みたいだから」
「……人格が二つと言うよりは【始まりの火】が強く燃えるとそちらに人格が引っ張られるのです」
「? 貴女は【始まりの火】が形を成した存在では?」
「『火』は継承されるのです。基本的に継承者は不老不死ですが先代はワケがありまして。私は二代目です」
他の【創世の神秘】は、神秘そのモノが記憶と知性を持つ。しかし【始まりの火】だけは『宵宮』から移動する為に外の身体を必要としているとアマテラスは説明した。
「そうだったのね」
「ジパングは遥か昔から『妖魔族』や外との摩擦が絶え間なく行われて来ました。故に物語には事欠かなかったのですが……『空亡』の一件でジパングの全体が見直され、私も外へ足を向ける事になりまして」
「それでは、今のジパングには【始まりの火】は無いのかしら?」
マスターから聞いた話では【始まりの火】はジパングにとって導きとなる程の象徴だったハズ。
「いえ。『宵宮』にも“私”は居りますよ? 私が居ない間に“私”が知らない物語を聞き逃すのは実に勿体無いですからね」
『空亡』の一件で【始まりの火】の理解が深まったアマテラスは『火』を分け、『宵宮』から出る事が可能となったのだ。
「『宵宮』の内と外。現在、私は二つ存在していますが、どちらも本物なのです。旅をする私と『宵宮』の私。眠った時にその日に起こった記憶を互いに共有しています」
「【創世の神秘】は常識では理解が出来ない所があるけれど、ここまで来るとワケが解らなくなるわね」
クロエは魔法的な専門家じゃないので、今のアマテラスの状況がどれ程の規格外なのかは計りきれなかった。
「あの……クロエ様」
「なにかしら?」
アマテラスは少し言い難そうに、
「私はもう次からはこの『温泉館』を利用出来ません。なので……クロエ様の物語を何か一つだけ語って頂けないでしょうか?」
人は何かに対して貪欲な側面がある。自分が強さに対して常に模索しているように、アマテラスにとっては未だ見ぬ物語に何よりも貪欲だった。
「……ふふ。良いわよ」
「! 本当ですか!?」
「その代わり、私も一つ聞いて良い?」
「なんでしょう?」
クロエはまだ自分が『星の探索者』に入る前――ゼウスとローハンがジパングで大立ち回りした時の事を聞くことにした。
「マスターとローハンが『ジパング』にやって来た時にどんな物語があったのか、教えてくれる?」
「――物語を誰かに語るのは初めてです」
「そう? 私は代わりに『死の国』の冒険について語ってあげる」
「『死の国』!? な、なんですか!? それは!」
見た目は立派な成人女性でも、子供のように目を輝かせるアマテラス。その様子にクロエは何となくカイルと重なった。
「ついでに、その物語で私がローハンに抱いた気持ちも一緒に話せると思うわ」
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