第264話 我々には追い風……か

「遺憾しがたい」


 会議テントに集まった、貴族四人は現れた【極光壁】ことゼフィラとクロエが遮られた事に関して予想外と言う感じだった。


「【極光壁】に加え【水面剣士】を退ける存在……後者は二週間ほど前に陛下の演説で見た者でしたな」

「あの忌々しいトーテムポールを破壊すれば良いだけの話だ! 後は全て踏み越えて行ける!」

「しかし、トーテムの破壊を【極光壁】も黙って見てますまい。例の男も。現れた時、対応する戦力をどこが出しますかな?」

「私が無力化しよう」


 上座に座るブラッドの言葉に貴族達は一斉に視線を向ける。


「あのトーテムは『太陽の大地』より『陽気』を吸い上げる事で機能する。私ならばソレを遮断する事が可能だ」


 『ナイトメア』を使えばトーテムポールに“夜”を付与出来る。

 それならば陛下にお任せしますぞ。と、貴族達は無駄に戦力を削られない事に安堵した。その時、天幕へ一人の兵士が入ってくる。


「急報です!」

「どうした?」


 まさか『太陽の戦士』が攻勢に出たのか? 場に緊張が走る。


「首都より緊急の伝令です! 謎の病が蔓延し、医療人員を求めていると!」


 ソレは全く予想していなかった事態だった。自分達の認識では『太陽の戦士』は回り込む様な戦力は取らないハズである。

 正面からねじ伏せ、正面から迎え撃つ事が彼らの気質だったとブラッドも認識しており、この事態は――


「陛下、これは……」

「間違いなく奴らの仕業ですぞ!」

「首都の衛士隊は何をしておるか!」

「おのれ……」


 四貴族は『太陽の民』の卑劣な動きと見て、強い戦意を宿す。






「マジかよ……兄貴帰っちまうのか?」

「陛下の命令だから仕方ないさ。首都は混乱してるから僕が行った方がソレも納め易いと言う判断だろうね」


 ネストーレは第一王子と言う立場であり感染症や状態異常に対して高い医療技術を持つ為、人選にはうってつけだった。

 『夜軍』には首都に身内が居る者も多い。事態の解決は士気を安定させる意味合いもあるだろう。


「我らが」

「ネストーレ様を」

「傷一つ無く」

「首都へお届けいたします!」

「…………兄貴、コイツらで大丈夫かよ」

「ははは。頼もしいじゃないか」


 護衛はクロエ直下の少数精鋭『フォース・メン・ナイト』。クロエと比べれば数段落ちるものの、その実力は折り紙つきだ。


「事態収集の目処が立ったらすぐに伝令を送るよ。でも、僕は経過観察の為に戦場には戻れない」

「ネス御兄様はこの件をどう思います?」


 メアリーが頬に手を当てながら歩いてくる。


「『太陽の民』の仕業でしょうか?」

「そんなもん……そうに決まってるだろメア姉! 奴ら絶対に許さねぇ! 卑怯な手を使いやがってよ!」

「…………そうだね」


 ネストーレが口にした言葉と、考えている事は別であるとメアリーは悟る。


「心当たりがあるようでしたら、御兄様で大丈夫そうですね。『独房棟』の研究者も使って構いません。事態の早期収集を願いますね」

「ああ。助かる」

「兄貴、こっちは任せてくれ。奴らにはこのツケを絶対に払わせてやるからよ!!」

「……」


 ネストーレはミッドにハグをすると、メアリーにも加わる様に手招きし、二人を抱きしめた。


「兄貴?」

「ふふ」

「お前達の行く末を僕は止めない。けど、覚えておいて欲しい。お前達が帰ってくる事を僕は誰よりも望んでいるって事を」


 長子として、ブラッドの側でその悲しみを見てきたネストーレは、父がもう止まらない事を理解している。だが、妹と弟は引き返す事になっても必ず待っている家族が居ると告げた。


「任せろって兄貴! ぶっちぎって勝ってくるからよ!」

「私も御兄様の心遣は心に留めておきますわ♪」


 二人の言葉に離れながら、いつまでも護るべき妹と弟の頭に、ぽん、と手を乗せてネストーレは微笑む。

 そして首都へ戻馬車に乗り、『フォース・メン・ナイト』の護衛と共に『夜軍』を後にした。






 『ナイトパレス』首都に蔓延し始めた病の件は『太陽の民』側へも即日伝わった。


「おっさん! 向こうヤベー事になってるって!」

「ローハンさん。何かやりました?」

「いいや。オレはノータッチだ。ゼフィラ、そっちの作戦か?」


 偵察班からの情報をオレは少しだけ信じられなかった。


「我々『太陽の戦士』は戦えぬ者を狙う様な真似は決して行わない。無力な者を狙う者は、粛清対象だ」

「ま、だろうな」

「では、この件はローハンの指示じゃないのか?」


 ゼフィラはオレがやったと思ってるらしい。可能性としては良い線を言っているが、


「オレにも決め事ってのがあってな。どれだけ劣勢でも動けない負傷兵と民間人だけは狙わないんだ」

「ほう……なかなか良い心がけだな」

「生かしとく方が敵の足を引っ張ってくれるしな。敵が一番嫌うのは、無視出来ない道徳的負担を抱える事だからな! わはは!」

「…………」

「ゼフィラさん。ローハンさんはこう言う人ですよ」


 勝つための必勝戦術だぞ、レイモンド君よ。


「まぁ、あちらさんの事情にこっちは首を突っ込めねぇし、後ろが気になって三日の様子見は確実になっただろ」

「我々には追い風……か。喜んで良いものか」


 敵の不幸を喜ぶのは『太陽の戦士』として不本意なトコがあるみたいだが、


「こっちの戦力はまだ整ってないからこのイレギュラーには素直に感謝するしかねぇ。何せ、シルバームとディーヤが未だに消息不明だ」


 あの二人とは連絡もつかない。何度かゼフィラに手紙を置いてきて貰ったが、ソレを受け取ってる気配もなかった。『陽気』を追う事も出来なかったらしい。


「ディーヤは大丈夫だぜ、おっさん! 居ない間は俺が活躍するからよ!」

「お前には誰よりも期待してるぜ、愛弟子よ。今日は身体を洗って皆と飯食ってきなさい」

「よっしゃー! あ、レイモンドも一緒に風呂――って居ねぇ!? どこ行ったー?」


 風呂。の単語がカイルから出た時点でレイモンドは離脱したな。初動の瞬発力が上がってる証拠だ。

 カイルは、おーい、レイモンドー、と去っていく。


「ローハン、作業は本日で終わりだ。後は皆を休息させる」

「ゼフィラ。すまなねぇが、もう一度『太陽の神殿』に行ってディーヤとシルバームを探してきてくれるか?」

「必要ない」

「……それはこっちを気にかけてか? それとも二人を信頼してか?」

「両方だ。ディーヤとシルバームは必ず戻る。ならば私は【極光壁】としての役目を全うするまでの事」


 まぁ、オレよりも二人の事はゼフィラの方が理解しているか。

 綱渡りは好きじゃないんだが……そう言うことなら仕方ねぇ。

 今回の作戦は損なえば『太陽の巫女』は失われる。その上で信頼しているのなら、オレもそれに賭けるしかねぇか。






 三日後……首都の病が沈静化したと言う報が『夜軍』に届く。

 首都を狙った『太陽の民』の卑劣な行動に『夜軍』の戦意は静かに燃え上がり、丘への進軍を開始した。

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