第265話 永久の夜が始まる
起こす行動の成功率は“準備の質”によって大きく変動する。
出掛けるなら服と道具を選び、仕事をするなら必要な資料を前もって用意する。
それは戦争も変わらない。どれだけ情報を集め、適した戦力を整えるか。その“質”によっては物量で勝っていても敗北を帰するだろう。
「――――」
ブラッドは後方で待機する『夜軍』の先頭に立ち、秘宝『ナイトメア』を浮かせる。
「これが……永久の世界となる」
『ナイトメア』より膨れ上がる“夜”がトーテムポールの機能を停止させ、夜明けの光を塗りつぶす様に一帯を深夜に変えた。
周囲に漂う『陽気』が全て消失し、突っかかる様な嫌悪感が消え、『夜軍』のコンディションが最高のモノへと変わる。その夜は彼らにとって、最も力を発揮できる空間だった。
「全軍、前進」
馬に跨がるブラッドを追い抜く様に『夜軍』はゆっくりと進軍を開始する。
“夜”を生み出す。それは、どれだけの敵が来ようとも平伏させる事が可能だと思える程の力だった。
【夜王】が居る限り我々に敗北は無い。
この場にいる全ての者達が戦争の勝利を確信した。
一切の光が無い“夜”は果てまで広がっていると分かる。それは丘を越えた向こう側にある『太陽の里』へも届いているだろう。
「――――止まれ! 全軍! 停止!」
丘を越えた先頭の列が停止の角笛を吹いた。列が揉み合わない様に後方も遅れて停止する。
「あら?」
「野郎共、向こうを見て来い」
ブラッドと共に先頭の動きを見届けていたメアリーとミッドも止まった動きを不思議がった。
愚連隊の数人が、ヒャッハー! と一番列の端から馬で丘上へ駆け上がる。そして、戸惑いって止まる最前列と共にソレを見る。
「なんだ、こりゃ?」
報告を受けたブラッドも先頭へやってくるとソレを目の当たりにする。
丘を越えた向こう側には視界一杯にビリジアル密林が広がっているが、正面に不自然に切り取った様な道が延びている。
横幅は1キロほど。若干の傾斜となっており奧に進むに連れて下り、真ん中から上がって行く形の緩いV字の坂道だ。だが、問題は――
「何も無いな」
丘上からの俯瞰でその全容が見える程に、なんの変哲もない土道を
土道はビリジアル密林を貫く様にその最奧まで続いており、抜けきる事が出来れば『太陽の里』を間違いなく肉薄出来るだろう。
「ふふ。露骨な罠ですね、陛下」
「俺もそう思います」
土道は夜の闇が溜まる様な
『太陽の戦士』を何人でも屠る事を意気込んでいた『夜軍』であるが、ここで異質な道を提示され、何も考えずに突撃は出来ない。
敵は何もしていないのに、こちらは何も出来ないと言う、判断のつかない状況に『夜軍』全体の士気と戦意が落ち始める。
その時、土道の先にポウ……と光が灯った。
「! あれは!」
その光は人。間違いなく『太陽の民』であり、その人物は顔が隠れているフードを取って素顔を露にした。
「『太陽の巫女』!?」
『太陽の民』の象徴にして、この戦争のキーパーソンでもある『太陽の巫女』ソニラが一人で目の前に現れたのだ。
彼女は元から居たのか、それともどこからか現れたのか『夜軍』全体がざわめく。
「突撃を! 今なら討ち取れる!」
「指示を待て!」
「悠長にしていると逃げられてしまうぞ!」
「罠だ! 罠に決まってる!」
「そもそも本物かどうかも解らんのだぞ!?」
「ミッドの兄貴ー! もうアレ、ヤっちゃっていいかよー?」
ソニラの出現に『夜軍』の動揺が大きくなり、指揮系統が乱れ――
「静まれ」
最前列に出た【夜王】が放ったその言葉と圧に、逸る『夜軍』はピタリとざわめきを止めた。
「…………」
「…………」
そして、二人は見下ろす、見上げる形で視線を合わせる。すると、互いに長い歴史を背負う指導者である故に、本物であると理解した。
……そうであるのなら。
「クロエ」
「ハッ!」
ブラッドに呼ばれクロエが前に出る。
「前に損じた『太陽の巫女』の首。今度こそ、私の前に差し出してみよ」
「解りました」
罠があろうと、伏兵があろうと……クロエは止められぬ。
『夜軍』最強の個にして最強の『ロイヤルガード』【水面剣士】クロエ・ヴォンガルフは剣を抜くと『太陽の巫女』へ駆ける。
「これで終わりだ。『太陽の民』よ」
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