第266話 たった一人だった。

 たった一人だった。

 戦士達に驕りは無かった。

 油断も無かった。

 対応した者全員がクロエを阻止しようと全力を尽くした。

 その結果は――






 クロエは駆ける。

 夜により、周囲よりも濃い闇となる土道。

 その先に己の存在をアピールするかの様に仄かに光る『太陽の巫女』は罠である事は誰が見ても明らかだ。


「――――」


 何が飛び出す?

 無論、クロエもその可能性は念頭に置いている。その為、全力の疾駆ではなく、いつでも離脱できる様に速度を抑えて『太陽の巫女』ソニラを目指し――


「…………」


 何も妨害が無い。ソニラまでの距離は10メートルを切った。更に8メートル――6メートル――3メートル――接――敵――

 滑り、停止しながらの剣の横薙ぎ払いがソニラを確実に捉えた。


「! これは――」


 ソニラの身体を剣が通過した。

 盲目のクロエにとって閉所は音が反響する分、普段よりも良く見える・・・・・。故に、ソニラの実体を確実に捉えての一閃であったのだが――


「私は『太陽の巫女』ですよ? 【水面剣士】。『三陽士』に出来る事が何故私には出来ないと思えるのです?」


 ザザザ……とノイズの様な音と共にその姿を不確かにする様に揺れる。それはゼフィラがトーテムポールを利用して現れる時と同じ様子だった。


「トーテムの本来の役割は迷う民を導く為に『太陽の巫女』が移動に使う為の物です」


 クロエは構わず踏み込む。コレの対処法は知ってる。刃を重ねる様に置けば良い――


「『後光の剣』」


 『太陽の戦士』が『陽気』を練り上げる事で放てる光の刃。ソレを容易く形成したソニラは人差し指と中指だけを立てると、斜めに切る様にヒュッと振り下ろした。


「そう、貴女は避ける」


 『後光の剣』は至近距離で最小の動作で放たれたにも関わらず、クロエは前に進みつつ回避していた。

 ソニラの能力は『太陽の戦士』として見た場合、規格外だろう。しかし戦闘力・・・として見た場合は素人も同然だった。


「『極光の手甲ガントレット』」


 クロエの刺突をソニラは腕に形成した『極光の手甲』で受ける。

 だが、突きは本命ではない。防御の動作を誘ってから、高速の体捌きによる生まれる切り返し。首を薙ぐ一閃――


「『極光の外套ファラング』」


 とん、とソニラが地面を踏むだけで発生する『陽気』の衝撃波にクロエは『音界波動』を纏いつつ最後まで剣を振った。

 しかし、クロエの身体は押されて下がってしまい、剣はソニラの首に届かずに通過する。


「なるほど。ただの飾りでは無いのね」


 クロエは態勢を整えつつソニラに対する評価を改めた。

 全て、最小の初動で技を放ってくる。これは戦いにおいてかなりのアドバンテージだろう。“夜”にも関わらずそのパフォーマンスが落ちないのなら、相当な能力と言える。

 だが、


「それだけなら終わりね」


 再びクロエは剣を構える。

 初見故に先ほどは対応が遅れて仕留め損ねたが、既に見切った。次の接触で確実にその首を飛ばせる。


「【水面剣士】貴女は強い。『太陽の戦士』でも渡り合えるのは『戦士長シヴァ』くらいでしょう」


 タッ、とクロエはソニラの首を狙って接近する。


「ですが――」


 その時、横から接近してくる気配に踏み込みを変えて『光拳』を受けた。

 『戦面クシャトリア』を着けた『太陽の戦士』が横槍を入れる様に場に参戦し、クロエに闘志をぶつけて来る。


「それは過去の話です」






 『太陽の里』に踏み込んできた敵はたった一人だった。

 民を巫女様を護らなければならなかった。

 自分達は何故『戦面クシャトリア』を着けるのか?

 自分達は何故、戦化粧をするのだろうか?

 『戦士長』がその場に居なかった……などと、下らない言い訳は誰一人いだかなかった!

 たった一人だった。

 そう……たった一人に! 『里』は襲撃され、民の命が危険に晒され、巫女様を傷つけられたのだ!

 自分達は……なんだ?

 なんの為に戦化粧を施し『戦面クシャトリア』を着ける?

 その理由を証明しなければならない!!






 『光拳』と剣が交わった瞬間、キィン! とクロエの剣が大きく弾かれた。


 私の剣を弾くレベルの『太陽の戦士』は【極光壁】くらいだったけど――


 剣に『音界波動』を纏ってた故に破壊される事は間逃れたが、目の前の『太陽の戦士』は【極光壁】ゼフィラでは無い。

 弾かれた剣により生まれたクロエの懐の空間に『戦士』が踏み込んで来る。


「『戦士』アーシカだ」


 名乗りと同時に、クロエを狙った『光拳』ストレートがその顔面を貫く。


「【水面剣士】クロエ・ヴォンガルフよ」


 クロエは名乗りつつ『光拳』を潜るように回避した。

 クロエは身体の重心を常に6対4の割合で前方と後方にかけている。これにより、行動最中に回避行動が必要になった場合に体捌きが可能となるのだ。


 間合いが近い為に、ナイフを抜く。逆手に持ったナイフがアーシカの腹部を横一文字に切り裂く。


「――ふっ!」


 アーシカは踏み込んだ足に力を入れると無理やり身を引いてナイフを回避。そのまま距離を取った。


「まだ重心の割合が甘いわね」


 アーシカの腹部には僅かに切り込みが入り、浅く血が流れ、服に滲んでいる。

 クロエは追撃せずナイフを鞘に戻し、ヒュッ! と一度剣を振って仕切り直す。


 『太陽の巫女』はまだ居る。

 逃げない? 目の前の彼は退却の時間稼ぎではないのかしら? それなら二人とも首を落とすまで。


「アーシカ、皆貴方の同じ気持ちなのよ? 一人で先行しないで」


 すると、もう一人の『戦士』が現れた。こちらは女声である。


「お前も出てきてるじゃないか。ミタリ」

「ローハンさんに行けって言われたの」


 二人はソニラを護る様にクロエと向かい合う。


「それなら……証明しょう」

「ええ……証明しましょう」


 『太陽の戦士』として『巫女』と『民』を護ると言うことを。

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