第263話 先に謝っとくぞ。すまん
「クロエ。先ほどの【極光壁】の動きはどう見る?」
「丘の向こうを知られたくないようでした」
手当てに運ばれていくボルケス達を後ろに、ブラッドは丘の向こうに何か仕掛けている事をクロエと問答する。
「越えられるか?」
「可能です。しかし、情報は得られないでしょう」
「? 何故だ?」
「私は目が見えないからです」
丘を越えて真っ先に得るべきは俯瞰の情報。しかし、クロエはソレを
「私は細かい情報を伝え合う事が難しいのです。他の方とは感じている世界観がズレていますので」
それがクロエの唯一の欠点。
目に頼らず世界を認識する彼女は、得た情報の共有をするために長い付き合いが必要になる。現状、クロエから情報を深く読み取れる者はローハンだけだった。
「私が聞いた事を伝えてもご理解する事は難しいでしょう。加えて、敵は【極光壁】以外にも丘上に妨害を用意しているハズです」
「……いたずらに消耗すれば相手に優位を与えてしまうか」
クロエは『夜軍』の切り札の一つ。『太陽の巫女』を射程圏内に捉えれば確実にその首を狙える存在であり、故に『太陽の民』も警戒している。
両陣営にとってクロエの動向は特に注視され、戦局に大きく作用する要素。必要以上に動かさない事が最優だった。
「ですが敵がこちらを休ませない行動を取るかもしれません。【極光壁】を牽制する意味でも私が一度、丘を越えましょう」
「クロエ様!」
「聞きましたぞ!」
「お一人で」
「行かれるそうですね!」
「「「「我らは!!!!
フォース・メン・ナイト!!!! お供いたします!!!!」」」」
「貴方達は待機をお願い」
クロエはそれだけを言い残してスタスタと歩いていく。
「クロエ様!」
「我々は」
「貴女様の」
「お役に立てないのですか!?」
「後の戦いに貴方達が必要なの。だから、今は待機していなさい」
「「「「ハッ!!!!」」」」
クロエは丘を歩いて登る。彼女が連れてきた戦力は『フォース・メン・ナイト』のみ。それは、個の力が強すぎる為、他では足手まといになるからだった。
今や、誰もが【水面剣士】の実力を疑わない。
「傾斜はそんなにキツく無いわね」
勢いをつけなければ下まで転がる事は無い程度の傾斜だ。そのままトーテムポールへ近づき、少し警戒しつつ通り過ぎる。
【極光壁】が現れない。何かしらの制限があるのかしら? それとも意図して?
何にせよ背後は警戒しつつ何の妨害も無しに登っていくと、丘を越える手前で、
「ちょっと待ちなよ、お嬢さん」
近くの茂みがガサリと動き、頭を葉っぱを乗せ、『千年華』の従業員エプロンを着たローハンが現れた。
「うぉ!? 何か居るぞ!」
「クロエ様ー! 右です! 右ー!」
「何だアイツー!」
「エプロンなんか着てるぞー!」
「ふざけてんのかー!」
等と『夜軍』から聞こえてくる。どうやらこの場に置いても『千年華』のエプロンを着る事を強制させられているらしい。
「ふふ。Mr.アーサー。大変な目に合ってるようね」
「お前のせいだ、お前の!」
アーサー(ローハン)は腕を組んだままクロエに対して目くじらを立てる。対するクロエはアーサー(ローハン)に向き直ると、楽しそうに笑った。
クロエは剣を抜き、ローハンへ斬りかかる。ローハンは腕に着けた手甲で刃を受け止めた。
「怪我はもう良いようね」
「全快だよ。刻んでくれてありがとな」
皮肉混じりにローハンが言い返す。
刃と手甲。二つが至近距離で交わり、火花が散る。ローハンとクロエは交戦しつつ二人だけしか聞こえない会話を続けた。
「そっちはだいぶ連れてきてくれたな」
「私じゃどうしようもないわ」
「【夜王】はやっぱり“不死”か?」
「ええ。今殺しても無理よ」
「ヤツを戦場の中心まで引き釣り出す必要がある。お前は――」
「私は無理。貴方みたいに口達者じゃないし、嘘は苦手なの」
「おい。今の立場はどうなんだよ」
「黙ってるだけだから嘘じゃないわ」
「ものは言いようだな」
一度、大きく弾き距離を開けるとローハンは地面に手をつき『土魔法』を発動。土煙を発生させ姿を隠す。
クロエには意味がない。土煙の中、ローハンを的確に捉えて踏み込む。
「――――」
すると、ローハンも逆に踏み込みクロエを抱きしめた。
「……何の真似?」
「いや、お前。ちゃんと休めてねぇだろ」
「それと抱きしめる事に関連はあるの?」
「もうすぐ終わる」
クロエはほんの少しだけ、ローハンの言葉に身を委ねる。
「だから、もう少しだけ頑張れ。全部終わったら残りの奴らも探しに行くぞ」
「……他の三人も来てるのね」
「ああ。マスターは来てないみたいだが……この状況は異常だからな。何らかのアプローチをしてるハズだ」
「……ローハン。私たちは帰れるの?」
「当たり前だ」
クロエは今だけ全ての警戒心を解き、ローハンを抱きしめ返す。カイルとレイモンドの事を心配していたが、ローハンが近くに居るのなら問題は無いだろう。
「クロエ」
「なに?」
ローハンはゆっくりクロエの肩に手を添えて離すと、
「先に謝っとくぞ。すまん」
「?」
ローハンはその場で深く踏み込み、掌打にてクロエを大きく吹き飛ばした。発生する威力に土煙が散る。
「「「「クロエ様!!!!」」」」
土煙が晴れると同時にクロエが吹き飛ばされた。着地するも丘の傾斜を滑って後退する彼女に『フォース・メン・ナイト』が駆け寄る。
クロエは口の端から僅かに血が流れる。
「おのれ!」
「下郎!」
「クロエ様を汚すなど!」
「万死に値する!」
「待ちなさい」
見下ろすアーサー(ローハン)へ攻撃を仕掛けようとした『フォース・メン・ナイト』をクロエは制する。
「罠よ。こちらの行動を相手は読んでいるわ。それに、あの男は貴方達じゃ荷が重い」
アーサー(ローハン)は肩を竦めると、ブラッドに一度視線を向け、踵を返して丘の向こう側へ消えた。
「前々から話していた通りに、これから起こる事態に備えなさい」
「「「「ハッ!!!!」」」」
クロエが退いた。その事実は無視出来ないモノとして『夜軍』は認識し、『太陽の民』側にある未知数の戦力に対して万全の態勢で攻める事を各々が認識し、士気が引き締まる。そんな中、クロエは――
「本当に……貴方は説明不足なのよ」
先ほどの抱きしめられた暖かさを思い出し、自ずと疲労感がなくなっていた。
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