第262話 こっちを見ろや?
丘を挟んで存在するナイト領に『夜軍』が侵攻の態勢を整え始めた。
首都からナイト領までは、かなりの距離があり250近い兵士の移動はかなりのストレスがかかる。
ジャンヌ大佐の中隊みたいに、完全な統率の元での行進なら歩幅も変えて負荷を減らせるだろうが、相手は急ごしらえの寄せ集めの軍。その様なケアは出来ず、疲れた上で死地に赴くと考えると士気は落ちる。
故に休息は万全を期するだろう。
大まかな号令は【夜王】が下し戦闘が始まれば各々の指揮権は出陣させた貴族達が取るってところか。
話では討伐数で今後の序列を決める様だし、下手に突出して自分の戦力を無駄に減らす事はしないと思っていたが……
「バカが突っ込んできやがってクソ」
オレは丘上の茂みに隠れて『夜軍』様子を伺っていた。店長から出陣の許可はとっているのでそっちは無問題。問題があるとすれば……
「動きの予測がつかない戦力だ」
【夜王】の第三子ミッドが率いる半グレ集団『愚連隊』。他が『太陽の戦士』のネームバリューに対して慎重になって勝手に止まっている中、何も考えずに突っ込んでくる奴らはこちらの想定を大きく乱す。
メアリーの戦力が全く見えずに未知数なので、そっちを気にかけていたが……
「奴らは感覚で動いてやがる。ミッドのヤツは止めねぇのかよ」
それとも止めても無駄だと悟っているのか。何にせよ他から評価の低い奴らなら戦力としてアテに見られてないのかもしれん。
「おっさん。どんな感じ?」
がさがさ、もぞっ、とカイルが横から這いずって並ぶ。カイルも視力はかなりの良いので遠目でも同じ様に状況が良く見えるだろう。
「正直微妙だ。こっちの手札を一つ切らされた」
トーテムポールの機能が今も有効なのかどうかは、相手を躊躇させる事が出来る要素だ。特に【夜王】は【極光壁】がトーテムポールより出現する事を知ってるみたいだしな。
あえて沈黙しているフリをして壊そうと近づいたらゼフィラが出現。注目を集めている間に色んな搦め手が展開できたんだが……無理になった。
まぁ今、丘上を越えてこっち側を見られる方がマズかったので、ゼフィラの動きはファインプレーだろう。
「ゼフィラさんもう戦るのか! オレも――」
今にも飛び出しそうなカイルを落ち着かせるように頭にぽんと手を置く。
「お前にはちゃんと的を用意してあるから。今はレイモンドと一緒に後ろを手伝ってなさい」
「早く剣振りてー」
ずるずると後退して行くカイル。あーあーもう、服を汚して。店長に目くじら立てられるぞ。
オレは改めて状況を観測する。
「頼むぜ、ゼフィラ。出た以上は圧倒的に蹴散らせ」
『太陽の大地』が不可侵である理由。
枯れる事の無い『太陽の光』より発生する『陽気』が『吸血族』には身を滅ぼす毒となる。
そして、もう一つは【極光壁】による徹底した境界の管理にあった。
「…………」
ゼフィラはブラッドを見下ろし、ブラッドも怯まず視線を合わせる。
『太陽の民』が建てるトーテムポールは【極光壁】の出現ポイント。近づく者が同族以外であった場合に現れ、警告後に退かぬなら排除に移る。
「……確認の手間が省けたか」
「彼女が【極光壁】か」
「あら♪」
「いきなり『三陽士』かよ……」
ブラッド、ネストーレ、メアリー、ミッドはトーテムポールより現れたゼフィラを見て各々の反応を示す。
ゼフィラは『夜軍』を見下ろしつつ、すぅ、と軽く息を吸うと、
「知らぬワケではあるまい!! ここより先は『太陽の大地』!! お前達の身体では燃え尽き!! 有無を言う間も無く死に絶える!! 何をするためにこれ程の軍団を集めたのかは知らんが!! 即刻帰るが良い!!」
ビリビリと、飛ばされる『陽気』と250の大軍を前にしても怯まぬ気迫に『夜軍』は思わず圧される。
目の前に100の功績が現れたと言うのに、誰も前に出ようとは思わなかった。すると、
「おいおい、姉ちゃんよぉ?」
吹き飛ばされたボルケスは起き上がると、乱れたオールバックを整えてキメ直し、櫛を胸ポケットに仕舞った。
「あんましデカイ声出すなよ? 耳が痛ぇぜ?」
他の愚連隊の面々もゾロゾロと立ち上がり、コキッと肩を慣らし、鎖をじゃらりと出し、指をゴキゴキと音を立てる。
「お前達は言っても聞かなそうだな」
「そりゃあな? そんだけ良い子ちゃんだったら『愚連隊』はやってねぇぜ?」
後ろの仲間からメリケンサックを受け取ったボルケスはスチャ、とソレを嵌めてゼフィラに睨みに効かせながら近づく。改めて並ぶと身長差から見下ろす形となった。
ゼフィラは腕を組んだまま【夜王】から視線を外さない。
「こっちを見ろや? 俺たちをナメてんのかよぉ?」
「勘違いするな。優先順位の問題だ」
「ほほぉー? つまり俺たちはザコだと?」
「お前が自分をそう評価しているのならそうなのだろう」
「おい皆。聞いたかー? 俺たちザコだとよー。ふざけんなよ! クソアマがぁ!」
ボルケスの怒りのボルテージは一瞬でMAXに。ゼフィラに殴りかかるも、次の瞬間に光が弾けてボルケスの胴体に『極光の手甲』が叩き込まれた、彼は防御も取れずモロに受けて丘下へ、うぉぉぉぉ……と吹き飛んで行った。
「…………何だと?」
しかし、ゼフィラは困惑の表情を作り、自らの拳を見る。そして、【夜王】へ視線を向けた。
「ボルケスさん!?」
「アマ! こっちを見ねぇ!」
「ぶっ殺せ!!」
残りの愚連隊の面子も次々に襲いかかるが全てゼフィラに吹っ飛ばされ、流星群となって『夜軍』方面へと帰還する。
「痛てぇ……」
「うぐぐ……」
「あのアマ……」
と、ダメージは負っているものの愚連隊は誰一人として死んでいない。
「……『ナイトメア』か」
ゼフィラは結論を口にし、ザザザ……と姿がブレるとその場から消えた。
「……ミッド」
「はい」
「愚連隊には別の指示がある。後に適性のある者を選別し召集せよ」
「解りました」
イレギュラーの価値を意識したブラッドは、愚連隊の動きは極力隠すことにした。
「アイツがゼフィラの『極光の手甲』を食らって生きてるって事は……」
思った以上に『ナイトメア』の理解が進んでやがる。
三日の猶予はこっちにとって吉と出るか凶と出るか……
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