第39話 “嫌いな自分”が姿を見せるから――

 チュンチュンと、小鳥の鳴き声と木漏れ日から日射しが差し込むのは同時だった。


 カイルは『霊剣ガラット』を背に、愛剣を腰に装備し、靴の様子なども万全に確かめる。


「よし」


 ボルックは再度、己の内部データにクリーンをかけて、動作に無駄な情報の選定を行う。ピピピ、と数秒でソレを済ますと一つ目モノアイに光が宿る。


くか』


 レイモンドは周囲の重力を把握し、自身の魔法との相対性を確かめる。聴力の調子も問題ない。体調も万全だ。手袋をはめる。


「準備完了です」


 ローハンは広げた道具を片付け、持ってきた時と同じ状態に纏めると、必要な物以外はキャンプに置く。剣は背に、腰には魔石をいつでも使えるように吊り下げる。


「行くぞ、お前達。クロエを助ける」

「おう!」

『ああ』

「はい」


 そして、四人は歩きだす。目指すは『巨大人樹』。囚われた家族を助け出すのだ。


「歩きながらで良い。作戦がある」


 ローハンは全員に昨晩考えた中でも、全員が生きて帰れる可能性が高いモノを三人に語った。






 ソレは植物である。感情はなく、天より与えられる日射しと根より吸い上げる水を養分として年輪を重ねて大樹へと至る。

 そんな中、『人樹』は防衛機能として幹へ取り込んだ生物を模す事が可能となった。


 全ては降りかかるモノから己を護るため。そこに善も悪もない。純粋な防衛本能なのだ。


「よし!」

「あの木を切り落としても良いんですよね?」

「クロエの魔力反応は根元からある。幹は潰しても構わねぇ」


 そして……今日こんにち。目の前に現れた三人は場に居るだけで己の存在を脅かすと判断した。


「全員、ほどほどに本気を出せ」


 バーンとプシロンを模した『枝人』が現れ、三人を迎撃させる。






 オレの作戦を全員が理解した。

 やることはただ一つ、あの幹を叩き折り、『人樹』へダメージを負わせる事だ。

 『炎魔法』ではクロエの『水魔法』で相殺されてしまう。故に射程距離に入ったヤツが一撃を食らわす。

 それで『人樹』の攻撃機能を停止させてからクロエを助け出すのだ。


 そんなオレらのパワープレイを察し、『人樹』はバーンとプシロンの『枝人』を場に出す。

 盤面に並べる駒としては、こっちは全員が単独で王の首を落とせる化物で、相手は様子見の捨て駒って所か。

 まぁ、いきなりクロエの『枝人』を出されると面倒なので丁度良い。


「アレだけなら余裕だな!」

「あれで十分って思われてるんでしょうか?」

「ははは。植物にそんな知恵はねぇよ。まだ、距離があるから警戒レベルが高くないのさ。注意するのは前よりも“下”だ」


 ミシッ、と地面が僅かに揺れる。すると、オレを取り込もうと『人樹』の根が飛び出してきた。


「こう言うのが、奇襲的に来るからな」


 オレは雷の精霊化でかわす。すると、バーンとプシロンの『枝人』がこちらへ向かってきた。


「僕がクロエさんの『枝人』を引っ張り出します。二人は温存しててください」


 そう言ってレイモンドが駆け出した。確かに、相手の手札を前もって全部切らせるのは悪くない。


「あ! ずりー! 俺も――」

「まぁ、待て」


 レイモンドに並ぼうとしたカイルをオレは制する。

 レイモンドは出来る奴と言うのは解っているが、オレはまだ底を見ていない。当人はどこか、無理して敬語を使ってる感じだし、この戦いでそれなりに見極めたいモノだ。


「お手並みを拝見だな」


 作戦はアドリブに合わせて変えられる。






 『重力』の向きと規模。

 それを考えたとき『巨大人樹』をへし折る為に必要なレイモンドの射程は、ほぼゼロ距離だった。

 俊敏ながら強靭な脚力。敏感に音を拾う聴力。

 『獣族』『卯』と言う、種族としてのステータスはレイモンドの得意とする魔法である『重力』と相性が良い。


「遅い」


 『枝人バーン』を駆ける勢いで蹴り飛ばすと、横から振り下ろす『枝人プシロン』の剣を避けつつ、身を沈めて足払い。


 本当に単調だ。


 浮いた『枝人プシロン』も蹴り飛ばし、挑発するように『人樹』の幹へ当てる。

 プシロンの事はレイモンドも知っている。何せ、故郷でも有名な剣士だからだ。

 本来なら手の届かない程の相手。しかし、そんな人間でも僅かな油断で死ぬ――


「――っと」


 地面からの初動音を持ち前の聴力が聴き取り、一旦足を止める。


“レイモンド、音酔いしたの? しばらく私とペアを組みましょうか。『音魔法』で環境音を上手く調整する方法を教えて上げるわ”


 レイモンドの攻め気は止まらない。

 地面から飛び出す『人樹』の根をジグザグにステップを踏むように避け、避け、避けて――


「クロエさん――」


 横から『枝人クロエ』が木剣を突き出してきた。






「出た!」

「…………」


 オレとカイルはレイモンドが前線で敵の攻撃を避け続ける様を見ていた。

 レイモンドは常に後退する退路を確保している。それ事態は悪くないんだが、同時に突破する際の判断が一歩遅れるんだよな。


 三体の『枝人』と地面からの根。時間差で襲ってくる四つの障害に加えて、退路まで考えるとなると、突破を入れた思考が追い付かない。


 その選択肢を減らす資質は己の闘志が影響する。

 生まれ持った環境や生活が“闘志”を作るのだ。そして、それは他人から学ぶことは出来ない。


「レイモンド、お前に闘志はあるのか?」


 もし無いのなら、こちらの手札は一枚減る事になる。






 クロエの『枝人』が現れた。

 初撃を避けつつレイモンドが警戒する要素は四つ。それでも、退路だけは常に考えている。


「見えてるよ」


 死角から来た『枝人バーン』の音を的確に拾い、振り向かずに後ろ蹴りにて撃退する。

 特にレイモンドが警戒しているのはクロエの『枝人』だ。アレを僅かでも視界から外すと殺られてしまうだろう。


「――――」


 動こうとしたレイモンドは、足が動かなかった。地面から足首を拘束する程度の小さな根が伸びて絡まり――


「レイモンド!」


 カイルの声が響くのと、バーンとプシロンの『枝人』がレイモンドを拘束する様に飛び付くのはほぼ同時だった。

 

 すみません……ローハンさん。


“シャドウゴーストは気にすんな。出てきてもオレが抑えててやる。お前とカイルは全力でやんな”


 僕は……本気を出したく無いんです。


 体勢を崩した所へ、地面から飛び出した『人樹』の根がレイモンドを取り込もうと身体に巻き付く。


 決別したい、“嫌いな自分”が姿を見せるから――


 場の緊張感が一気に張り詰める。

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