第40話 僕の中に流れる血は?
物心ついた時から遠くへ行きたかった。
「オイ! テメェ! ふざけんな!」
「ちょっと、そこのお兄さん。一晩どお? 安くしておくよ?」
「どけ、有象無象のゴミ。切り捨てられたいのか?」
「は? 話と違うだろうが!」
僕の生まれた街はアルテミスに匹敵する規模を持つ大都市『ターミナル』。しかし、都市とは名ばかりの荒くれどもの巣窟だ。
『武神王』の名声が人を呼びに呼び、アウトロー達が集まって出来た街である。犯罪者や、身を隠したい者が最後に流れ着く場所としても知られ、大小様々な組織が絡み合って形を成している。
それでも、街として最低限の機能があるのは、幾つかの名うてのクランによって、一定の秩序が保たれているからだ。
『ターミナル』の絶対者『武神王』に権限を認められしクランは都市が崩壊しないような自警団的な役目を果たしていた。
それでも、薬物や危険な魔法には規制をかけたりしない。『武神王』にとって、強き存在が目の前に現れるならあらゆる事を許容しているからである。
暴力が全ての街。『ターミナル』がどんな街? と聞かれればこれ程当てはまる説明は無いだろう。
「はい、これ。届け物」
「おう、レイモンド。いつも悪いな」
僕は『ターミナル』でも運び屋をやっていた。薬も煙も吸わない。ただ運ぶだけ。それだけで、生活するには十分な賃金を得られる。
それでも、この能力と立場を疎まれない理由は『ターミナル』における父の立場も影響していた。
「ん?」
帰ると家の前に『剣王会』のヒトが来ていた。僕よりも背の低い『獣族』『猫』の女の子。背には身長と同じくらいの大剣を持ち、顔には火傷痕がある。
確か……【大剣一席】のヒトだっけ。名前までは覚えてないけど、その実力と姿は『コロシアム』でも印象深いので覚えていた。
「よう、少年。君はレイミーの家族さんかな?」
「レイミーは妹ですけど……」
「ミケと一緒に『塔檻』までカモンッ!」
『塔檻』とは『ターミナル』でも特に手のつけられない者達を一時的に収監する監獄だ。余程の事がなければ入れられる事はない。行くと妹が他の『剣王会』の人たちに囲まれていた。
「あ! よかった! 兄貴!」
「おい、勝手に動くな。レイミー・スラッシュ」
妹は僕の姿を見ると安堵する。対して僕は、またか……と嘆息を吐いた。
「今度は何をやらかしたの?」
「いやさ……羽振りの良さそうな旅行客を襲ったらいつの間にか捕まってた」
「レイミーは『武神王』のお客さんを攻撃したんだよねー。あの【千年公】をさ」
ミケさんが、【魔弾】に殺されなくて良かったねぇ、と呟く。
「いや……【千年公】ってめっちゃ大人の美女って話じゃん! あんなガキがそんなワケ無いって! それよりも、迎えに来たのが兄貴で良かったよ! 『塔檻』に入れられたなんて、親父に知れたら――」
僕は扉の後ろを指差すと、『塔檻』に来る途中で合流した父が姿を現した。
「ゲッ! やべ!」
逃げようとする妹の腕を父は掴む。
「この指が悪い」
ボキンッと、レイミーの小指を父は躊躇いなく折った。痛っだぁぁぁああ!! と妹は指を抱えて悲鳴を上げる。
父の所業にミケさんを除く、『剣王会』の面子は顔をギョッとさせる中、父は己の小指も自身で折った。
「知らなかった、と言う言葉で許される事ではないと思っています。『武神王』には私から話をし、娘には言い聞かせますので【千年公】へはこれで手打ちと伝えて貰えませんか?」
「『武神王』の六番弟子、レイザック・スラッシュの小指を差し出されたら流石にこれ以上はいらないよ。オッケー、【千年公】には話しを通しとく」
ミケさんは父の言葉に賛同し他の面子を連れて『塔檻』を出て行った。
僕は、父にレイミーを医療区画へ連れて行く様に言われてそれに付き添う。
「あぁ……クッソォ……痛ってぇぇぇ……」
「父さんも『塔檻』に入れられる程の事がなければそこまではしない」
そうは言うが、この『ターミナル』では言葉で事が収まる事の方が珍しい。
争いが起これば何かしらの“傷”を負う事は避けられない。だから、父は僕と妹を戦える様に鍛えたのだ。
「あの……クソ親父……指が治ったら……ブッ殺してやる……」
恨めしそうに怒りを心に貯める妹は『ターミナル』に相応しく染まっていた。
父は『武神王』に実力を認められた六人目だ。それは肉体的にも精神的にも高い暴力性を秘めている事の証明で、その恩恵下だからこそ僕も妹も多少なり『ターミナル』での自由が効く。
「…………」
生きる環境は変えられる。『ターミナル』を出れば良い。
なら……僕の中に流れる血は?
地面から伸びる『人樹』の根がレイモンドへ巻き付く。完全な詰み。後はクロエと同じように取り込まれ――
「やってみろ……」
その言葉と共にレイモンドの内側にある“凶暴性”が現れた怒りの表情は、場の緊張を絞りきる程の気迫を放つ。
ソレに当てられた事で『人樹』の勢いが弱まった。倒されかけたレイモンドは、踏みとどまると己にしがみつく、バーンとプシロンの『枝人』を力任せに引き剥がす。
残ったのは身体と足首に巻き付く根。だが、レイモンドにとって触れる事は自身の『重力』を相手に伝える十分な要素でしかない。
必要な距離はゼロ距離――
「僕に触れたな?」
根を通して『人樹』に“重さ”を変えるのは十分だ。地面から本体を引きずり出してやる!!
ミシミシミシ、と『巨大人樹』は上から掴まれて引っこ抜かれる様な『重力』を感じて、根を更に濃く地中に這わし堪え忍ぶ。
危険を感じたか? もう遅い。魔力全開でひっくり返して――
“アハハ”
「――――」
嗤い声と、レイモンドの視界の端にゆっくりと闇が形になり始めた人影。
ソレを見たレイモンドは冷静になると、『人樹』にかけた『重力』を停止。根が緩んだ隙に跳躍して場を脱した。
“フフフ”
形を成そうとした人影は嗤い声だけを残すと完全には顕現せず、煙のように消え去った。
「アレが……『シャドウゴースト』か」
ローハンさんは気にするなと言ったけど、後々を考えるとこの選択肢が最良のハズ。
持ち前の危機を察する能力が、一瞬で全ての感情を凍らせる程の悪寒に、ここで一旦下がる事は間違いじゃないとレイモンドは判断した。
再び、ローハンとカイルに足並みを揃える。
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