第38話 今は亡き家族

 程好く日射しがオレンジ色に染まり始めた夕刻。

 ありがとなー。

 と、冒険者三人は情報と交換に手に入れた『炎剣イフリート』を抱えて下層を去って行った。オレらがやってきた塔とは別の扉があるそうなので、そっちから帰るとのこと。


 バーンとプシロンに関しては、仕方ないと言う考えが冒険者だ。本来のパーティーはあの三人でやってるっぽいし、そこんとこの線引きがドライなのは当然だろう。


「え? 今からすぐ行かないのかよ!」


 そんでもってオレたちは、アイツらのキャンプをそのまま借りる事にした。

 そして、一晩休む旨をカイルに伝えるとちょっとした抗議が入る。


「元々、クロエを救出する前には休憩を挟む予定だったんだよ。お前、そのまま行けると思ったのか?」

「全然余裕だけど!」

『カイル。立ち姿や体幹にブレが見える。先ほど、自然と果実を食していた所を見るに空腹感も感じていると見ても良い。休息が必要だ』

「疲労って急に来るんだよね。僕の場合は眠気かなぁ」

「そこにクロエさんが居るのに……」


 と、カイルはここから見える『人樹』を見て呟く。


「『人樹』を相手にする場合、相性もあるが消耗した状態での接敵の方がタブーなんだよ」


 オレはキャンプに残された道具で使えそうなモノを漁りながら説明する。


「名前の通り『人樹』はヒトを飲み込む。そして、そいつのステータスと同じ『枝人』を作り出すんだ。て言うか……誰かに教えてもらっただろ?」

「始めて聞いた!」

「おーい、ボルックー」

『説明する前にカイルはクランを飛び出した。ワタシ達もローハンが説明してると思っていた』

「いやー、あの時はおっさんしか頼れないと思ってさぁ」


 カイルなりに責任を感じた結果、オレを頼ると言う選択を取ったのは嬉しい所だ。けどなぁ、何でも斬ったら解決って考えは本当に改めさせなければならん。


「『人樹』が作り出す『枝人』は本来なら2、3人程度だが、今回は規模が違う。本気になれば50体は出てくるだろうからな」

「え? そんなの、このメンバーなら余裕じゃん!」

「クロエが50体出てくるんだぞ?」

「ゲッ!」


 流石にカイルも事の重要性に気づいた様だ。


『『人樹』が再現できるのは基本ステータスのみだが、それでもクロエの戦闘力はワタシの知る戦士の中でも群を抜いている』

「一人で軍隊に突っ込んで無傷でしたもんね……」


 オレの知らん所でクロエの武勇伝は更新されている様だ。派手にやってんな、あの女。


「『人樹』を討伐する際の悪循環なんだよ。強いヤツが取り込まれて、ソレ以下か同格がどんどん取り込まれて『枝人』が手がつけられなくなるんだ」


 だから、万全の状態で挑む。特に今回はクロエがベースになっていて、水魔法も平然と使ってくる。


「でも、それじゃ……クロエさんは本当に無事なのかよ……」


 カイルは、救出が遅れれば遅れる程、クロエ本人に危機が及ぶ事を考えているらしい。

 不安そうにする弟子の頭にオレは手を乗せる。


「大丈夫だ。『人樹』は取り込んだヤツのステータスを参照する『枝人』を生み出すって話しただろ? 魔法を使ってくるってことはクロエは生きてるってことだ」

『もし取り込んだのが“死体”ならば、使える能力は身体機能のみだ』

「魔法を使う限りは生きてるって事ですか?」

「まぁな」


 それに、水魔法は『人樹』にとっても得難い代物だろう。それ込みでクロエは囮を買って出たのかもしれんが。


「だから、きっちり休む。全員が能力を最大まで発揮しないとクロエは助け出せないからな」

「わかった」


 ようやくカイルは納得してくれたが、『人樹』へ決意をするように視線を向ける。

 切り替えが気難しいのも未熟な証拠だな。今回の件はカイルにとっても良い薬になっただろう。


『ワタシも身体ボディの理解度を深める必要がある』

「僕は先に寝て良いですか? 空腹よりも睡魔の方がヤバいんで……」

「二人は先に休んでて良いぞ。オレが見張りをやる」

「じゃあ、俺もおっさんと見張りするぜ!」

「お前も先に寝とけ」


 元気一杯は、明日『人樹』にぶつけろよな。






「ボルック! 新しい案を作ったよ! これ、“マーカー”って言うんだけどさ! ボルックの能力と併用すればもっと広域を索敵出来るようになるよ!」

『早速、試験を行おう。マスターに許可を得てくる』

「サリアー、銃の整備の仕方教えて。僕も手伝えると思うし!」

「良いわよ。まずは簡単なヤツからね」

「スメラギ! これがご要望を忍具! ふふふ、名付けて『爆発クナイ』! この刻印に魔力を流せば、ボンッ! だよ!」

「お見事なり! 拙者の忍具に含めよう!」

「ゼウス先生! 魔法を使わずに手軽に風を起こせる魔道具を開発しました! これを握って、手首を動かせば扇子よりも風が起きます!」

「ふふ。それは“うちわ”っていう道具よ」

「ローハンさん! 『霊剣ガラット』の鑑定結果が出ましたよ! なんと……金貨3枚です!」

「まぁ、誰かに譲ってもオレの元に帰ってくるなら、そんくらいだわな。けど、それにしても安すぎるだろ。手離すのはナシかぁ」

「姉ちゃん。はい、新しく改良した補聴器。前よりもクリアに聞こえると思うよ」

「いつもありがとう、クロウ」


 クロウは戦えるメンバーじゃなかった。

 だから、クロエは弟の死に納得出来なかったんだろう。






「…………」


 程なくして辺りもすっかり暗くなった。

 レイモンドは近くの木を背に眠り、カイルは布を敷いて『霊剣ガラット』を抱き枕にぐーすか。ボルックは、手に入れた身体の性能を隅々まで検索していた。

 オレは魔道具の『虫籠』を使い、『光虫』を集めて即席の明かりを確保する。


“ローハンさんって【オールデットワン】だったんですか?”

“急に何だ、クロウ。しかも、誰から聞いたんだ?”

“ゼウス先生です!”

“マジか……”

“ああ、ゼウス先生を怒らないでください。僕たち、ローハンさんにお礼を言いたいんです”

“何かした覚えはないけどな”

“いいえ! 『グリーズアッシュ砦』をずっと護っててくれたんですよね? ゼウス先生から聞きました!”

“まぁ……意味があるのか解らなかったけどな”

“僕たちが救われました! ローハンさん達が戦ってくれなかったら……僕も姉ちゃんも間違いなく死んでましたから!”

“……お前な。それ、元気良く言うことじゃねぇぞ?”

“僕は元気が取り柄ですから! それに、ローハンさん達の戦いは絶対に無駄じゃなかったって伝えたかったんです!”

“……ははは。そうか……ありがとな、クロウ。その言葉で色々と救われたよ”

“どういたしまして! あれ? 何で僕がお礼を言われるんだろう? 僕はローハンさんにお礼を良いに来たのに!”

“悪くない循環だろ?”

“うーん、そうですね! ところで、ローハンさん!”

“ん?”

“姉ちゃんの事、どう思います!?”


「…………くっくっく。どっちかと言えば、過保護なのはクロウの方だったかもな」


“ローハン……何故! なんで……なの……なんで……私は……『霊剣ガラット』に選ばれないの!? クロウ……クロウを……ローハン……助けてくれないの?”


「…………」


 カイルに抱かれる『霊剣ガラット』を見る。アレは斬りたいモノを斬る。しかし、それに伴う実力がなければならない。


「……おう」

「▼✕○●○★☆」


 夜闇の木の間からネイチャーが現れた。『虫籠』に寄ってくる“光虫”の後を追ってここにたどり着いたのだ。

 昼間でさえ不気味なヤツなのに、夜に現れるとマジもんのホラーだ。来るのが解ってたオレでもちょっとびびった。


「明日、『人樹』にトライする。もう少し待ってくれよ」

「…………✕◆◇□」


 そう言うと、ネイチャーは木々の闇に引っ込むように消える。追従する“光虫”の軌跡から、遠ざかって行くのが解った。


『収集を完了した』


 すると、ボルックが自身のスキャンを終えた様だ。


「お? どんな感じだ?」

『100%の性能を保障できる』

「そうか。なら、オレの睡眠欲が満たせれば後は万全だな」


 見張りを頼むわ、とオレはその場でゴロン、と横になった。


“クロエか? 良い女だと思うぞ?”

“こう……家族にしたい感じはどんなもんですか!?”

“『星の探索者』は皆家族みたいなモンだろ?”

“いや! そうじゃなくてですね!”

“クロエは良い身体してるよな”

“性的な目線でもなく!”

“ハハハ。ほれ、見張りの交代の時間だ。とっとと寝とけ”


「意地悪しないで答えてやれば良かったな」


 それだけが、クロウに対する唯一の心残りだった。

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