第48話 心配しないで

 『巨大人樹』の根元を掘り進めるレイモンドは、クロエの位置を的確に割り出す事に集中していた。

 ボルックもある程度はスキャン出来るとは言え、その範囲は狭い。クロエの心音を聞き間違えると、『圧縮』で彼女を傷つけてしまうかもしれない。

 今まで聴力をフル稼働し、今までにない集中力を発揮していた。


 トックン――


「かなり近いです。気をつけて下さい」


 レイモンドの言葉にボルックは一度スキャンを入れる。すると、スキャンでも把握できる範囲にクロエの存在を確認した。


『捉えた』


 『圧縮』はミリ単位で調整出来る。鉄の中を的確に消縮させると、瞳を閉じた女性が姿を表した。


「! クロエさん!」

『意識を失っている。ワタシは周辺を除去する。レイモンドは呼び掛け続けてくれ』

「はい!」






 暗闇は生まれた時から当たり前の世界だった。

 私にとって世界は“視る”のではなく“聴く”モノ。無数の音が色濃く世界を映す。


“姉ちゃん! ローハンさんに聞いたよ! 姉ちゃんの事が気になるってさ!”


 そんな私を一人ではないと教える様に弟はいつも大きな声を出していた。


“クロエ、落ち着いて聞いて。クロウは――”


 マスターからクロウが死んだと聞かされた。間違いだと思いたかった。

 だって……弟は片足が無いのだ。義足をつけて歩く事は出来るけれど、戦う事なんて出来ないし、いつも後ろで皆を支えてくれていた。


“クロウは自分を犠牲に【呼び水】を使って、わたくしたち皆を……世界を護ったの”


 そんなハズはない。だって……そこにクロウは横になってる。今も気を失っているだけで――


 弟の心音は聞こえなかった。そこにあるのはクロウの遺体だけなのだと、世界が教えていた。


“ん? なんだ、クロエ。ああ、マスターに聞いたのか。オレはクランを出て行くよ。まぁ、必然と『霊剣ガラット』も一緒だな。決闘? いやいや、お前……今の状態じゃスメラギにも勝てねぇぞ?”


 ローハンの言う通り、いつもの半分も力を出せなかった。

 何故……何故なの、ローハン。だって貴方は言ったじゃない……私たちは……『星の探索者』は家族だって。なのに……家族が死んだのに、何故自分だけ……幸せを追い求められるの?


“クロエ、ローはね……沢山失ったの。あの子の戦争はまだ続いている。そして空いた穴をどう埋めれば良いのか、理解しているの。だからクランを去ったのよ”


 わからない。マスターの言うことも、ローハンの去った理由も……全く理解出来なかった。だから、私は弟を……クロウを甦らせる為に色々な手がかりを求めた。

 そう……クロウ……貴方を護る為だった。私の存在意義は……貴方の為に――


“クロエさん!”

“『クロエ、目を覚ませ』”


 私を呼んでいる。私を――






「…………レイモンド……ボルック?」

「クロエさん!」

『意識を取り戻したか』


 クロエは瞳を閉じたまま、二人の声を聴いて場に居る事を把握する。身体は埋まっている様に動かない。


『身体に力は入るか?』

「……よくわからないわ……」


 頭がふわふわする。寝起きに近い状態ながらも、ここが『星の探索者』のベースキャンプで無い事を把握すると、少しずつ思い出して来た。


「……私は……『人樹』に……カイルを庇って――」

『思い出してきたな』

「クロエさん。抜けられそうです?」


 クロエは身体を動かすが、型にはまっているかのように指ひとつ動かせない。

 ボルックはスキャンを入れて座標を設定。『圧縮』で動かせない間接の要点を抉る。


『どうだ?』

「……動けそうよ」


 クロエは微睡みから身体機能を取り戻しつつ、金属と化した『巨大人樹』の根から抜け出した。


「うわ!?」


 前に倒れるように抜け出してきた全裸のクロエをレイモンドは支える様に抱き抱える。


「…………服はボロボロみたいね」

「目を閉じます!」


 レイモンドはクロエの裸を見ないようにキュッと目を閉じる。その恥ずかしがった声と、やけに解放感のある身体の感覚にクロエは服が崩れたと感じた。


『これを着ろ』


 ボルックは自身を覆うコートをそのクロエに羽織らせる。ありがとう、とレイモンドから離れると袖を通し、ボタンを締めた。

 少し大きめだが、スタイルの良いクロエには丁度良いサイズである。


「ボルック。新しい身体?」

『臨時だ。汎用性は無い』

「もう、着ました!?」

「ええ、目を開けて良いわよ、レイモンド」


 レイモンドは目を開けると、少し弱々しくもしっかりと立っているクロエに安堵する。


「メンバーは……誰が来てるの?」

『他はカイルとローハンだ』


 その時、上空に『ゼウスの雷霆』が顕現し始めた。


「……マスターも来てるんじゃないの?」

『『シャドウゴースト』だ。ローハンを排除するために出現した』

「あわわ……た、確か! 扉が『人樹』の後ろにありましたよね!?」


 前にここに来たときは、この『人樹』の根元の扉から出てきたのだ。そこから帰れる。


「――『水霧』」


 クロエは集まる魔力から『雷霆』の発動を把握し、自らの『水魔法』を重ねるように発動。上空が、霧がかり『雷霆』の生成が乱れる。


妨害ジャミングか』

「魔力の総量が違い過ぎるわ。ただの時間稼ぎよ」


 三人は『人樹』の裏手に回る。するとそこには、少し大きめの“鉄扉”があった。


「よかったぁ……」

『『アインの撃鉄』で、完全に一体化しているな。機能を損なわず開くために時間を5分貰うぞ』

「5分……」


 クロエは『水霧』での割り込みが少しずつ弾かれている様を感じ取る。

 『雷霆』の生成は妨害しているが、保って数分。扉が開くと同時に飛び込まなければカイルとローハンは間に合わないかもしれない。


「二人は扉をお願いね。私はカイルとローハンの援護に行くわ」


 そう言うと、クロエは根壁の方へ身体を向ける。魔力反応を探るにカイルは分かるが、ローハンの魔力は少しおかしい。


「クロエさんは病み上がりです。僕が行きます」

「貴方の足はここじゃ誰よりも貴重よ。伝達要員として残りなさい」

「でも……」

「心配しないで」


 瞳を閉じたまま、クロエは告げる。


「寝起きみたいなモノだから、逆に調子が良いのよ」

『こちらの準備が完了したら合図を送る。見逃すな』

「わかったわ」


 クロエは軽く手を振ると、根壁に開いた穴へ跳び、向こう側へ駆けて行った。

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