第169話 どんな“味”がするのかしらぁ?

「え!? ニーノさん……帰っちゃったのか?」

「あの人は多忙だからな。次の公演があるってさっき別れた」

『残念です……』


 ニーノの状況は少々複雑なので、カイルに理解させようとすると三日かかかるだろう。帰ったと言う方がスムーズに事を運べると思っての配慮だ。


「リース『石碑』の件を頼むぞ」

『あ、はい』


 リースは、ふわりと飛ぶと『石碑』に着地し、己の回収した『シーアーサーブレード』の魔力を注ぐ。


「カイル」

「なに?」

「『水剣メルキリウス』は使うなよ」

「え? なんで?」


 カイルは背に『霊剣ガラット』、腰に『水剣メルキリウス』を持った状態だ。実に豪華な装備である。


「今、お前が持ててるのが半分インチキみたいなモンでな。『七界剣』を2本以上所持した事例が無い以上、何が起こるのか分からん。使うのは控えた方が良い」


 そもそも『霊剣ガラット』も所持者の枠をオレとカイルを行ったり来たりしてるしな。


「じゃあ、『霊剣ガラット』も使ったらダメなのか?」

「自在に抜けるならダメだけどな。まだお前にその心配は無さそうだ」

「ぬー! 見てろよ! すぐに抜いてやるから!」

「ハハハ」


 すると『石碑』を水色の魔力が覆う。それに伴ってリースは『石碑』から離れた。


『これで、“剣”は終わりです』

「よっしゃ!」

「“王冠”と“杖”。次はどっちが良いんだ?」


 次のアーティファクトの優先度をリースに問う。


『今の状況ですと“杖”が現実的でしょう。目指すのはここより内陸を西へ進み、国境を越えた山脈の向こう側――夜の国『ナイトパレス』にあるハズです』

「国境を越える必要有りか。地図と情報が必要だな」

「じゃあ! 『シーモール』で準備だな!」






 コツ、コツ、コツ……と石畳を靴の底が踏みしめる感覚が『ナイトパレス』の宮殿に響く。

 夜の宮殿廊下を歩くクロエは格式の高い紋章を胸に持ち、静寂の夜を慈しむかの様に歩いていた。


「おい」


 そんな彼女へ背後から声がかかる。

 声をかけたのは『吸血族』の男。バンダナを巻いて尖った耳に着けたピアスは、一つ一つが膨大な魔力を要する魔石だった。


「ミッドかしら?」


 クロエはミッドと彼が複数の部下を連れて現れた様子を“聞く”。


「ミッドだろ? あぁ?」

「……ミッド。一体何用かしら?」


 威嚇する用な魔力は並みの者ならそれだけで動けなくなる程の“圧”だが、クロエは平然と受け流す。


「ケッ、まぁいい。おい、クロエ。お前俺の下に就け」

「意図が読めないわ。それに、私達は互いに指図できる地位では無かったと思うけど?」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ、ここに来て一週間しない新参が雑魚ばっか配下に加えて『ロイヤルガード』気取りか? 浅い・・んだよ」


 ミッドの返答に会話が成り立たないと察したクロエは、面倒な質疑を飛ばす為にも本題を催促する。


「貴方は何が言いたいの?」

「俺は夜王の実子。次の王になる男だ。『ナイトメア』もいずれ俺の物になる」


 ミッドはクロエに詰め寄ると、その肢体を見た。


「今の内に俺の配下にしといてやるよ。そうすりゃ、その身体も少しは役に立つだろうぜ」


 クロエの首筋から吸血する様に牙を近づけるミッドに一閃が入る。ぽとり、とミッドの片耳が落ちた。


「ぎ……ぎゃぁぁぁあ!!!」


 己の耳が斬られたと認識したミッドは出血する耳の根本を押さえつつ踞る。唐突なクロエの動きにミッドの配下も動揺した。


「! ミッド様!」

「クロエ・ヴォンガルフ! 貴様! 気が触れたか!?」


 配下はクロエに対して殺気立つ。すると、ミッドは震えながら叫ぶように命令を下した。


「殺せ! この女の血を全員で吸い尽くせ!!」


 周囲の闇からミッドの配下達が這い出る様に現れる。

 クロエはその様子に、慌てるも驚くもなく、ただ嘆息を吐いた。






「改めて貴方に告げるわ。こっちに干渉しない限り私から干渉する事はない」


 剣を抜いたクロエは無数の死体の中に立っていた。

 僅か数分でミッドの配下達をクロエは息も乱れる事なく斬り捨てたのである。周囲は血の海にも関わらずクロエは返り血一つもなく、汚れたのは靴の裏のみ。

 クロエは腰を抜かして立てないミッドへ顔を向ける


「ば、化物! 来るなぁ!」


 ミッドは後ずさるが、クロエは剣を鞘に収めて背を向けた。


「それでは、ミッド。次は選択を間違わない様にしてくださいね」


 そして、何事も無かったかの様に廊下の歩みを再開した。


「……王族はどこも同じね」


 面倒な奴への対処は圧倒的な暴力である事を嫌と言うほど知っているクロエは、どこへ行っても変わらない事に嘆息を吐いた。


「早く、クランに帰りたいわ」


 気が張りっぱなしで疲れる。レイモンドの方はどうなってるかしら?






「ミッド」

「メア姉……」


 ミッドがクロエが去った様に放心していると背後からマスクを着けたゴスロリ少女が現れた。更に血の臭いを嗅ぎ付けた『夜蝙蝠』も死体の処理に飛んでくる。


「ま、待ってくれ! これは違う! あの女が! 急に襲いかかって来たんだ!」

「別にお父様に報告する気はないわ。私はあの子達の餌が増えるからもっとやれって感じよ。それよりも早く耳を持ってネス兄さんの所に行きなさい。くっつかなくなるわよ?」


 周囲に飛び散る血液が腕の形になると、ミッドへ落ちた耳を投げる。

 ミッドはそれを抱えると、クロエ……絶対に殺す……と怨み節を吐きつつよろよろとその場を後にした。


「クロエ・ヴォンガルフ……ふふ。どんな“味”がするのかしらぁ?」


 新参ながらも王へ意見できる程の実力者であるクロエの首筋に、己の吸血牙を突き立てる未来を想像してメアは頬を赤らめた。

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