第77話 泣き虫ゼウスをヨロシクな

 ゼウスはローハンに“眷属”になる権利を与えた。後は彼がソレに応えて【原始の木ゼウス】から【オールデットワン】を理解する事が出来るかはわからない。

 手を触れる【オールデットワン】は完全に停止していた。しかし『鳴神の雷鼓』は起動するためのプロセスを進めている。


「一旦止めて――」


 長くかかるかもしれない。ゼウスは【オールデットワン】が発動してる『鳴神の雷鼓』を停止させる為に魔力を集中すると、


「あら?」


 【オールデットワン】はゼウスを肩に担ぐと、そのまま走り出した。


「――ローね?」

「今の状況で逃げないとか、どうかしてるよ! 母さん!」


 ローハンは【オールデットワン】を完全な制御下に置いた。ゼウスは己の叡智を確認すると【オールデットワン】は“禁術”から“知識”へと変わっていた。


「ロー、やるじゃない」

「キランッ、てやってる場合じゃないっつの!」


 ローハンは背の長腕で『土壁』の一部を殴り付けて破壊すると、そのまま外へ飛び出した。

 城門を越えて『鳴神の雷鼓』から高速で距離を取る。とにかく、遠くへ――


「そんなに急がなくても、わたくしは止められるのに」

「え? あ……そ、それ早く言って! もーいい! グリーズアッシュ砦はムカつくから、全部吹き飛ばす!」

「ふふ」


 どうやらローハンは【オールデットワン】を掌握する事で精一杯で『鳴神の雷鼓』を完全に理解する知識を得るまでは時間が足りなかった様だ。


 ドンッ! と大きく飛び降りる様に外へ向かって跳躍すると、背を叩くように閃光を感じ――


「――――」


 長腕を自分とゼウスを保護する様に纏い、ゼウスは更にその上から魔力による保護膜を展開する。


 『鳴神の雷鼓』が発動。

 ドーム状に覆った『土壁』を容易く吹き飛ばし、閃光と衝撃波は彼方まで観測できる程の振動を生み出す。

 中心拠点は粉々に消し飛び『グリーズアッシュ砦』から離れていた【エレメントフォース】と【トライシスター】は、グランが形成した防空壕に隠れて衝撃波の直撃を何とか耐え忍んだ。






 2日後。ロルマ前線拠点街。


「アレスト」

「うぉ!? ゼ、ゼウス先生……ホントに止めてください……」


 執務室に前触れもなく、ひょこっ、と現れたゼウスにアレストはげんなりしつつ視線を向けた。


「ごめんなさい。今日はお別れを言いに来たからあまり騒がれたく無くて」

「『グリーズアッシュ砦』の件はお疲れ様でした。【オールデットワン】を見事に討伐したようで」

「うん。ありがとう」


 『鳴神の雷鼓』。ゼウスが放ったとされるその『雷魔法』で【オールデットワン】は完全に『グリーズアッシュ砦』から消えたと報告を受けていた。

 同時に姿を見なくなったゼウスの安否が心配されていたが、見たところいつもと変わらない。

 それどころか少し機嫌が良い。恐らく――


「息子さんと再会できたのですか?」


 彼女は息子を捜してここへ訪れたのだ。【オールデットワン】の討伐に向かったのは『グリーズアッシュ砦』に息子の痕跡があるかもしれない、と言う事からである。


「ええ。あの子はとても優秀だったわ。わたくしの自慢よ」

「それでは、後々この戦争に英雄として現れますかね?」

「それはあの子次第。でも、戦争には関わらないと思うわ」


 ゼウス先生のご息子は恐らく戦争従事者。ロルマに記録が無かったのだから他国の人間だろう。


「そうですか。では、ゼウス先生。ダメ元でお願いをしても良いでしょうか?」

「何かしら?」

「ロルマに加わって頂き、戦争の終結にご協力願えませんか?」

わたくしが貴方達に教えるのは“知識”だけ。昔の『千年戦争』を経験して、もう関わらないと決めたの。ごめんなさいね」

「いえ……こちらも不躾な願いでした」


 さすがにソレは望み過ぎか……。

 とりあえず『グリーズアッシュ砦』はロルマが取った。ここから他国へ圧力をかけつつ、和平交渉へと持ち込む事になるだろう。それでも50年は睨み合いが続くだろうが。


「それじゃあね」

「ゼウス先生。もう会えませんか?」


 【千年公】は神出鬼没だった。特定の場所に停滞していなければ、世界各地を旅している。故に、今回が最後になる可能性も十分にある。


「会いたいならわたくしを見つけてみて。きっと、剣や魔法を敵にぶつけるよりも有意義な人生になる筈よ」


 そう言って、コロン、と微笑むとゼウス先生は執務室を去って行った。






「お待たせ、ロー」


 ゼウスは食事を取るローハンの元へ合流した。彼は山のように空皿を積み上げて出張店を開いている店主は、どんどん運べ! と大慌てだった。


「何かと腹が減ってさ。多分、今まで殆んど食べなかった影響だと思う」


 【オールデットワン】で制限されていたモノを補完する様にいくら食べても満腹感は得られなかった。


「それでも、そろそろ行きましょう。お会計いいかしらー?」


 【オールデットワン】は言わばもう一つの自分だ。引っ込んでいる時は表に居るローハンからエネルギーを補完する様になっている。そして、発動した際にそのエネルギーを使って暴れまわるのだ。


「まぁ、どうせ使うことは無いだろうし、ぼちぼちチャージしていくか」


 ローハンは立ち上がると傍らに置いた旅の荷物を持つ。


「おまたせ。それじゃ、ベルファストへ行きましょうか」

「そうだね。一度はちゃんと見ておかないと」


 ヴェルグ街がどうなったかはゼウスから聞いたが、ローハンは自分の目で見ておきたかった。


「ロー、一つ聞いてもいい?」

「ん?」

「貴方が“眷属”と成った時、【原始の木わたくし】の前には誰か居なかった?」


 ゼウスの言葉にローハンは先人“眷属”の三人にあることを質問した事を思い出す。






「一つ思ったんですけど、お三方は成仏とかはしないんですか?」

「あー、そうだな」

「うん、そうだね」

「ソウダナ」


 三人は各々何かを思うように返事をした。


「ゼウスが俺たちを割り切れてないんだよ」

「知識と経験は別だからね。悲しみは簡単には乗り越えられない」

「オレ達ジャ、ゼウストハモウ話セネェ。ダカラヨ、ローハン。一ツ頼マレテクレ」


 そして、三人は口を揃えて――


「「「泣き虫ゼウスをヨロシクな」」」






「母さんって昔は泣き虫だった?」

「! …………アランね。それともユキミ? あ! ゴーマにも会ったんでしょ!?」


 ゼウスは空を見上げると既に“兄達”へ向かって叫ぶ。


「息子に余計な事を言うなー!」


 いつも冷静で余裕のある母をここまで感情的にさせる三人は本当に兄妹なのだとローハンは笑った。




※ゼウス

https://kakuyomu.jp/users/furukawa/news/16817330658844124665

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