第76話 新しい知識

「――――なんだ?」


 オレは目を覚ますと巨大な大樹の前に立っていた。

 大樹は虹色の魔力を纏い、それが螺旋を描くように周囲を漂っている。


「誰だお前?」


 すると、後ろから声をかけられて振り向くと大剣を背に持つ、褐色の老人が怪訝そうな顔で立っていた。


「誰って……あんたこそ誰だ? ここはどこだ?」

「どこって……ゼウスのヤツどういうつもりだ? 事情を何も話してねぇのかよ」


 ゼウス……母さんの事を呼び捨て? 一体……コイツは何者だ?


「待ちなよ、アラン。ゼウスが選んだ人間だ。きっと十分な“資格”があるんだろう」


 次に声が聞こえたのは、大樹の根元。地面から飛び出した根に座ってこちらを見るのは綺麗な顔立ちをした男だった。こちらは随分と若い。


「僕はユキミ。そこの君に目くじらを立ててるのはアランだ。彼は過保護でね」

「うるせぇ。『天下陣』でさっさとくたばったヤツが云々を言うんじゃねぇよ」

「てな感じで、ずっと昔の事を根に持ってる変なヤツさ」

「……ユキミ……『天下陣』……まさか――」


 オレは目の前に座る人間の事を思い出した。何故なら、母さんがずっと自慢気に語っていたからだ。


「あんた……二代目『武神――」

「ゼウスノ奴、新シイ“眷属”ヲ、コンナガキニ、シタノカヨ」


 その声にオレは思わず振り返る。そこには――


「ゴー爺……」

「アン? ナンダ……ローハンジャネェカ。デカクナリヤガッテ」


 オレは一番最初に導いてくれた恩師を前に思わず涙が出た。






「ゴーマの知り合いか?」

「ソウデスゼ、アランノ旦那」

「繋がりが巡り巡って、か。ゴーマ、君は何歳まで生きたのさ?」

「三千年ハ生キヤシタゼ、ユキミノ旦那。何セ、御二方カラ“アイツ”ノ事ヲ頼マレタンデネ」

「にしたって、長生きし過ぎだろ」

「ケケケ」

「あのー、すみません」


 三人が同窓会の様に話し出したのは良いが、状況が知りたいオレは申し訳なく会話に割り込む。


「改めて、貴方達は何者ですか?」

「あー、そうだな。その説明から必要か。その前にゼウスから何も聞いてねぇのか?」

「何か……急にここにいて」

「君にも色々と事情がありそうだけど、ここに立っていると言うことはゼウスが認めた存在には変わり無いだろう」

「……」


 ゴー爺は事情を知っているのか笑っている。


「俺たちはゼウスの“眷属”だ。その辺りを聞いてねぇか?」

「いや……兄が三人居たって事だけ。内一人はゴー爺ってのは知ってたけど」

「あ、それ残りの二人は僕とアランの事だよ。アランが長男で僕が次男。ゴーマは三男さ」

「成リユキデナ」

「よく言うぜ。お前が俺らをそそのかしてゼウスを助けに行かせたクセによ」

「ムグ……」

「ははは。ゼウスは僕たちの“妹”だ。血の繋がりも種族も違うけど、僕たちは紛れもなく“家族”なんだ」


 そう言うユキミさんは遠い過去を思い出す様に大樹を見上げる。


「何達観してんだ、ユキミ。お前は自分の目的を達成したら、さっさとくたばったクセによ」

「それに関しては僕も目論見が甘かったよ」

「ソウ言ウ、レベルジャ無カッタデスケドネ」


 この人達が母さんの言っていた“兄達”か。あの聡明で博識な母さんを護って導いた存在だと聞いていたから賢人かと思ったけれど――


「何か、皆さん普通ですね」


 ゴー爺も対等の“家族”と話す際にはとても楽しそうだ。これが彼の素なのだろう。


「色々と苦労するぜ、ゼウスの関わるとな」


 アランさんは、嘆息を吐きつつもまんざらでも無かった様子だった。


「僕たちが集うのは今、この瞬間だけなんだ。ローハン、君も解ってると思うけど僕たちは三人とも既に死んでる」

「じゃあ……この場所はあの世ですか?

「『接続点アクセスポイント』ダ」


 ゴー爺は大樹を見上げつつ告げる。


「ゼウスが認めた存在は“眷属”となり世界のあらゆる“知識”を記録する【原始の木】への『接続』を認められる」

「言ワバ、ゼウスガ管理者デ、オレラ“眷属”ハ使用者ッテトコロダ」

「…………」


 オレは大樹を見上げた。三人の説明が荒唐無稽でないと思えるほどの力を大樹から感じ取る。


「世界が始まってから今日に至るまでのあらゆる“知識”がここにあり、眷属はソレを無限に引き出せる」

「かつて『エルフ』達はコレを狙ってゼウスを軟禁していたんだ」

「オレ達ガ華麗ニ救イ出シタ、ケドナ」


 母さんが今、自由に笑っているのは三人のおかげだった。


「そして、ローハン。お前にもその資格が与えられた」

「オレにもですか?」

「ゼウスが説明もなく君を“眷属”に迎えた理由は、外の事が解らない僕たちには図りきれないんだ」

「ローハンヨ、ゼウスハ間違ッテモ、ピンチニハナラネェ。オ前ノ為ニ、オ前ヲ“眷属”ニシタンダ。オ前ハ、何ヲ望ム?」

「…………」


 オレが覚えている最後の記憶は……朦朧とする“自分”と【オールデットワン】を行き来した微睡みだった。理解の追い付かない速度で変化を続ける【オールデットワン】に呑み込まれ――


「元に……戻れる」


 【オールデットワン】を制御する。今、足りない知識を補完出来るのなら――


 オレは『原始の木』に触れると『接続』した。

 その瞬間、内側から溢れ出る【オールデットワン】がオレの意識を奪おうと全身を包む。


「おー、何だこりゃ?」

「禁術だね。昔、地方に居た『闇の戦士』に似てる。仕留めたけど」

「フム。未完ノ“知識”ダ」


 三人の声が聞こえる。【オールデットワン】に関する“知識”は【原始の木】には無かった。けど……答えに至る“断片”を見つけて――


「ぐっ……」


 オレの中で【オールデットワン】を“知識”にする――


「“禁忌”の手前だな」

「そうなる前に消すよ」

「ローハン、越エテ来イ」


 目まぐるしく記憶と知識が荒れ狂う。

 解らない事を理解して、自分のモノとする。“知識”とは世界中の人達が……永い年月をかけて積み上げて生み出したモノだ。しかし、ソレをオレは一人でやらなけれならない。

 何故なら……この“知識オールデットワン”はオレで最後にしなければならないから――



 ヴェルグ街出身なのか? 俺の親父もゴーマさんには助けられたよ。


 ダズ――


 貴方、志願兵ですって? 全く、我が国にも困ったモノですわ! 由緒正しき軍人家系である私の居る部隊に下賎な者を入れるなんて!


 リリーシャ――


 お前はお荷物だ、って言われてました。でも今は役に立てて嬉しいのです。


 アレン――

 

 酒も肉も旨い所だ。生き残ったら皆で俺の故郷に来ると良い。朝まで飲み明かそう。


 グルート――


 皆が――道の先に居る。背を向けてこちらを振り向かない。オレはそれに対して背を向けた。


 オレは殿しんがりだ。だからまだ……そっちには行けない。

 オレが……皆を殺した【オールデットワン】を殺すからさ。

 全部終わったら……皆で飲み明かそう。


 すると、オレの小さな手を取って母が繋いでくれた。


 さぁ、帰りましょう。ロー――


「……今、帰るよ。母さん――」

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