第75話 負けないで

 『夢界ドリームバース』で目覚めたわたくしは、どうやら落とし穴に落ちなかったらしい。

 もし地下に居たとしても問題はなかったけれど、これなら――


「退却……ですか?」


 わたくしの言葉にエクレアが聞いてくる。それもそうね。彼女達の目的は【オールデットワン】を倒す事だから。


「ええ。この戦いは厳しいものになる。だから――」

「た、退却! 賛成っス!」


 すると、セルギが声を上げてくれた。


「【オールデットワン】……ホントヤバいっス! 見ただけでウチは怖いっス! もう帰りたいっス!」


 でも、少し強引ね。するとソイフォンが、


「セルギ、あんたどうしたの? さっきまでぶっ飛ばすって言ってたのに」

「え?! ウチ、そんな事を言ったっスか?」

「……エクレア様」


 すると、マリアが声を上げた。


「【トライシスター】はゼウス様の提案に従い、『グリーズアッシュ砦』から退却いたします」


 どうやら、彼女は何かを察してくれたようね。


「……元より、貴女方は私たちの部隊ではありません。我々はゼウス様の援護に――」

「だ、駄目っス! エクレアさん!」


 尚食い下がるセルギに【エレメントフォース】の全員が視線を向けた。頑張ってセルギ。


「何故ですか? 貴女達と我々は――」

「そ、その……! アレっス! ゼウス様が本気を出せないっス!」


 思い付いた! と言わんばかりにセルギは続ける。


「【オールデットワン】は噂以上にヤバい……気がするっス! だから、ゼウス様に全部任せた方がいいっスよ!」


 うーん。ちょっと弱めね。エクレアは納得するかしら?


「そう言うことならゼウス先生に任せても良いんじゃない?」


 すると、フレイが賛同してくれたわ。


「そうだな。ゼウス先生の事だし俺らには解らない何かを感じてるなら、従うのが正解かもな」


 水月も乗って来てくれたわ。


「俺はエクレアの指示に従うぜ?」


 グランはエクレアの判断に委ねるようね。


「……ゼウス先生は【オールデットワン】をどう見ますか?」

「少なくとも無傷では終わらないわ」


 無論、それは【オールデットワン】の事も含んである。


「……解りました。【エレメントフォース】も退却します」


 よかった。これで、何とかなりそうね。


「それにしても……【オールデットワン】は空気読んで待っててくれてるな……」

「……っス……」


 実は【オールデットワン】は『土壁』を発動しようとしてるけど、わたくしが抑えてるの。

 誰がソレをやってるのか気になって様子を見てるみたいね。






「けど、アレに背を向けて大丈夫なん?」


 フレイは沈黙する【オールデットワン】の事を言及する。実際には水面下でゼウスと攻防を繰り広げているのだが、当のゼウスが涼しい顔をしているので誰も気づいていない。


「大丈夫。わたくしが引き付けるから。皆は急いで離れてちょうだい」

「ゼウス先生、ご武運を。総員、退却!」


 エクレアの指示に全員が踵を返して中心拠点の城門へ駆ける。

 流石の【オールデットワン】は背を向ける二チームに対して追撃を行おうと――


「貴方の相手はわたくし


 『土法師』の分身体が【オールデットワン】の進行を阻害。

 その事からゼウスが全てを止めていると判断し、【オールデットワン】の標的は彼女へ向く。


「おいおい。マジかよ」


 グランは後ろ眼でゼウスの『土法師』を見て驚いた。

 まるで本人が増えたのと大差ないクオリティ。加えて一体一体に魔力も宿らせているため、感知による判別にも対応している。


「アレを一瞬で何十体も……俺もまだまだ精進が必要だな」


 【オールデットワン】が『雷魔法』にて高速で移動し地面に突き刺さった武器を取ると『土法師』を次々に破壊する。


「…………」

「こっちよ」


 背後からの声に反応して剣を振るいゼウスを両断するが、それも『土法師』である。


「…………」


 【オールデットワン】はゼウスが自分を攻撃する事はないと判断し、門を抜けるセルギ達へ標的を改めた。


「いいのかしら?」


 すると膨大な魔力反応に再度、ゼウスへ顔を向ける。


わたくしの『雷霆』。流石に無視出来ない?」


 『ゼウスの雷霆』の正当保有者。その術理を誰よりも理解するゼウスは、【オールデットワン】に自身を“脅威”と伝える為にワザと初動を見せたのだ。

 同時に、その魔力を纏う者が本物であると――


「…………」


 剣を投げて、そのゼウスを貫く。


 その様子を殿で見ていたエクレアは、完全に捉えられたと見る。今からでも援護に――


「こっちよ」

「…………」


 しかしそれも『土法師』だった。

 再び地面から無数の『土法師』が現れ、【オールデットワン】へ組み付く。

 もはや、どれが本物か解らない状況に業を煮やした【オールデットワン】は――


「…………」


 纏わり付く全てが吹き飛び、背中から影の長腕が伸びる。

 フェーズ2。ここからは『闇魔法』も併用し、あらゆる恩恵を停止させる。


「うん。皆、無事に帰ったわね」


 ゼウスは中心拠点に残ったのが自分と【オールデットワン】だけになった事を改めて認識する。


 そして、『土法師』を停止させ、魔力も全て停止すると【オールデットワン】へ優しい笑みを作った。


「…………」


 ゼウスによる妨害が無くなった事で【オールデットワン】は『土壁』を発動。天井まで瞬時に覆い、ゼウスと共に自身を閉じ込めると『鳴神の雷鼓』の発動準備に入る。


 長腕で包むように頭上に“黄色い太陽”を押し固めて行く。


「ロー、聞こえてる?」


 ゼウスは歩を進める。今の彼女は何も魔力を発していない完全な無防備だった。

 しかし、【オールデットワン】は逆にソレを警戒する。ゼウスを確実に始末する為に『鳴神の雷鼓』の発動を最優先としていた。


「貴方は自分で自分の未来を選択できるはず。わたくしの元から離れた時の様に」

「…………」

「だから【オールデットワン】に負けないで。貴方はわたくしの――」


 ゼウスは【オールデットワン】の目の前まで来るとその頬に優しく触れ、


「息子だから」


 自分に【オールデットワン】に関する“知識”は無い。故に自分ではなくローハンに理解して貰わなければならない。

 それが、唯一息子ローハンを救う方法――


わたくしは貴方を〖眷属〗として認めます。応えて、ローハン・ハインラッド」


 ゼウスから僅かに漏れ出る虹色の魔力が【オールデットワン】へ入る。

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