第176話 “不死”となった

「今日は大事な日だ。外からの馬車は街には入れん。帰れ」

「あ、そうですか。でも商談がありまして、コイツで無かったことにして貰えませんかねぇ?」


 オレの運転する馬車は門番の『吸血族』の衛士にそう呼び止められたが、ヘコヘコ下手に出つつ強盗団から奪った金品の一つを衛士に握らせる。


「……まぁ、良い。騒ぎを起こすなよ」

「そりゃ勿論」


 賄賂は偉大だ。特に社会性の強い地域や街では金品の所持が大きなステータスとなる。となれば、賄賂の価値も上がってくる。


「おっさん、入れた?」


 街中を馬車で走らせながら荷台よりカイルとその頭に乗ったリースも顔を出す。


「まぁ、楽なモンだ。ディーヤの時と違ってな」


 己の利や価値観が金品でない者達には違う方向からのアプローチが必要である。ディーヤのような癖のある存在と関わる方が頭を使うだろう。


 首都に入ると遠くまで見える大通りは等間隔に設置された柱に“光虫”を集める虫寄せにて、淡く照らされていた。


「すげー」

『綺麗です……』






 夜の国『ナイトパレス』首都。

 太陽の光は届かず、常に夜となっているこの場所はかなり広大な街……いや、都市だった。

 質の高い建築物には、ガラスや装飾品などが標準であり、街中の道はすべて整備され、馬車道と歩道が分かれている。

 “虫寄せ”の餌を変える者や、交通整理をする者、街中にはゴミ一つ落ちておらず、見る者全員が清潔感のある服を来ている。


「……国としての組織レベルは今までて一番高いかもしれんな」

「おっさん。みんな、武器を持ってないけどさ。強盗に教われたらどうすんだろ?」


 カイルの疑問はもっともだ。しかし、ソレはオレたちの“常識”であり首都に住む彼らには武器を持たないのが“常識”なのである。


「さぁな。各々が個人で強いか、そもそも武器を必要としないくらい治安が良いのか……」

「ちあんって何?」

『安全性の事よ、カイル』

「じゃあ、ここって安全なのか?」

「お前から見たらどうだ?」

「うーん……」


 オレよりも純粋に物事を捉えるカイルから見た首都やいかに。


「なんか窮屈そう。俺は『アルテミス』の方が好き」

『アルテミス?』

「あ、リースは知らないのか。アルテミスはな――」


 と、再度荷台に潜るカイルには首都の空気は合わないらしい。

 野生の色が強いカイルからすれば、組織社会には適応しずらいか。オレからすればこっちの方が色々と楽なんだけどな。


 その後、適当な衛士に馬車の停留所を教えてもらい、そっちへ向かう。

 停留所ではゴネられたが、賄賂パワーで二日だけ停留の許可を貰った。いやぁ、楽で良いわ。


「よし、お前らこれからのプランを言うぞ」

『はい』

「クロエさんを捜すんだろ? 確か……『ろいやるがーど』!」

「街の社会性を見るに、王の次席って事なら相当な地位だ。こっちから接触するよりもあっちに気づいて貰った方が良いだろうな」

「じゃあ、派手になんかやる?」

「いや、クロエとは個人的に連絡を取る手段がある」

「え? そうなの?」


 カイルが驚く。コレはマスターにも言ってない。クラン内部で何かしらのトラブルが起こったとき、他に知られずに信頼できるペアとして動ける様にするためにオレとクロエで取り決めた事なのだ。


「色んな所に旅をしてどんな状況になるかわからんからな。別系統の繋がりがある方が状況を打開出来る可能性が高くなるんだ」


 それらはクランを護るための搦め手の一つ。カイルにはまだ難しいだろう。


「じゃあ、俺もおっさんとは秘密の連絡あるな!」

「あるか?」

「『霊剣ガラット』にさ、メモ挟んで飛ばせば余裕じゃん!」

「スゲーぜ、カイルよ。『霊剣ガラット』にそんな使い道があったとはな」

「へへへ」


 まぁ、冗談(カイルは大真面目)はさておき。


「クロエと連絡を取って『ナイトメアロッド』を探すぞ」

「おう!」

『はい!』


 王族の秘宝。あわよくば、クロエを通じて閲覧まで行ければリースに魔力を回収してもらってソレでオサラバだ。






「トーレ先生ー、ありがとー」

「はい、お大事にね」


 首都の比較的に庶民層の暮らす地区にて開業する『吸血族』の医師トーレは患者の子に笑顔で手を振り返しながら、“本日閉院”の札を扉にかけた。

 すると、院の前に馬車が止まる。


「ネストーレ様」


 馬車から降り、コツ、とブーツの音を響かせながら現れたのはクロエである。

 その姿を見て、『ナイトパレス』第一王子ネストーレは観念した様に息を吐いた。


「……迎えは君か。はぁ……これは逃げられないな」

「ふふ。何なら、体調不良と陛下には伝えましょうか?」

「医者が体調不良など言い訳にはならないよ」

「新参の私には重要度はよく解りませんが……建国1000年目です。とても誇らしいのでは?」

「父が『太陽の民』との確執を起こしていなければね」


 ネストーレは愚痴るようにそう言うとクロエの横を抜けて白衣のまま馬車へ乗り込んだ。

 クロエも乗り込むと運転手が扉を閉め、馬車が走り出す。


「盟約の期限が近づいていたとは言え、蔑ろにする事は双方にとっても不利益だ」

「私もそう思います」

「と、最近まで僕も思っていた」


 ネストーレは窓の外を見ながら呟くように言う。


「父は『ナイトメア』を使い“不死”となったと僕に言った。己の寿命を征服したんだと。理解できない考えだよ」

「その事について……陛下は本当に“不死”なのでしょうか?」

「君は多くの場所を旅してきたんだったね」

「はい。“不死”と自称する存在を多く対峙して来ましたが……結局は世界の法則上の限界があります。不滅などあり得ません」

「……」

「ご安心を。この会話は外には聞こえません」


 クロエは馬車に入った時から『音魔法』にて声を内部にだけ留めていると告げる。


「父に言われた【夜王】にならないか、と」

「陛下は継承を考えておいでて?」

「あり得ない。あの人が征服者としての地位を譲るものか」

「では……」

「『ナイトメア』に伝わる存在定義の変貌だ。“不死”になったと言う父の言葉が気になり古代図書を漁った。しかし……何も確証が得られない。そこで君に頼んだ」


 ネストーレは『ロイヤルガード』の一人を決闘で切り捨てたクロエが外の人間と言う事で『太陽の巫女』への接触を頼んだ。

 しかし『太陽の民』とは既に確執があった為に接触は困難を極め、力業で正面から突破するしか無かったのだ。


「彼らは強かったですよ」

「僕たち『吸血族』じゃ話し合いをするだけでも命懸けだ。君に頼んで正解だったよ」


 何とか『太陽の巫女』と接触したクロエはネストーレの言伝てを伝え、その返答を貰い帰還。その際に『太陽の巫女』に手傷を負わせる事で『ロイヤルガード』の地位を確実の物としたのだ。


「『太陽の巫女』の返答を得た事で、最悪の可能性が出てきた」

「彼女もネストーレ様の話を聞き、“動く”と思います」


 ソレは言質を取ったワケではない。クロエの相手の意を察する能力がそう捉えたのだ。


「その方がいい。僕は今夜の結果を見てから動くとするよ。それよりも、メアリーに捕まった『太陽の民』の子供達はどうなってる?」

「可能な限り、私の方で保護をしていますが……それでも全てとは……」

「仕方ないさ。君にも立場があるからね」


 建国1000年記念日。それは祝福となるか……それとも崩壊の始まりか。


「今夜がターニングポイントだ。答えを見つけなければ『ナイトパレス』はどっちにせよ“滅ぶ”だろうね」

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