第177話 媚びやがって……
「チッチッ」
首都の中心にそびえ立つ王城の門前広場では、国中の貴族達が集まっていた。
並べられた料理や軽食を摘まみながら談笑する彼らの雰囲気を遠ざける様に、一つの席に座って舌打ちをするのは三子のミッド・ナイトである。
「流石はネス御兄様ね。斬られた耳もぴったりじゃない」
不機嫌なミッドへ話しかけるのは二子のメアリー・ナイトだった。そのまま席へ座る。
「兄貴が言うには、切り口が滑らかだったからくっつき易かったんだと。どいつもこいつも……クロエ……クロエ……ふざけやがって……」
「貴方もクロエを執着してるじゃない。みんなメロメロね」
「あの女にはいつか奴隷の首輪を着けてやる……」
クロエへ枯れない恨み節がミッドの不機嫌の原因であるとメアリーは察すると冷ややかに笑う。そして、近くのボーイに飲み物を持ってくる様に頼む。
「メア姉の方は機嫌が良いよな」
「ふふ。それはそう。クロエのおかげで『太陽の民』を沢山捕まえられたんだから。それも子供達をね」
「そんで、奴らに対する対抗手段とか解りそうなのか?」
夜は範囲を広げ続けており、このまま行けば『太陽の民』は勝手に滅ぶ。しかし、ソレを黙って受け入れる奴らではない。間違いなく大きく攻勢に出て来るだろう。
その時までに、奴らの情報を得る必要があった。
「みんな、とても良い子よ。ふふ。良い子過ぎてちょっと意地悪しちゃった」
「貴重な情報源だろ? 特に成果も無く、全滅なんて止めてくれよ?」
「それは大丈夫。色々と『太陽の民』については解ってきたの。それに彼らの血……とても刺激的よ? 内側から燃えるみたいにね♪」
「うぇ……メア姉。奴らの血を飲んだのかよ」
「ええ。癖になりそうよ? ミッドも飲む?」
「俺はいい」
不機嫌だったミッドはメアリーのマッドぶりにいつの間にか、その溜飲が下がっていた。そこへ、
「この席に誰も寄り付かないぞ。なんの話をしている?」
「ネス御兄様!」
「兄貴!」
と、二人は嬉しそうにネストーレの来訪を立ち上がって迎えた。彼は白衣から貴族の服に着替えさせられて場に参列している。
「メアリー、子供とは言え『太陽の民』だ。下手な事をして首都が燃える事が無い様に気をつけておけよ」
「解ってます。被検体の管理は十全ですよ」
「ミッド、耳はもう大丈夫か?」
「ああ! 兄貴のおかげさ! クロエは……」
「彼女は父を迎えに行った。兄妹水入らずを考慮してくれてね」
「あら、残念」
「チッ、親父に媚びやがって……」
相変わらずな妹弟にネストーレは困った様に笑うと席についた。
『ロイヤルガード』。
【夜王】を護り、首都の機能を指揮する四人の内三人が席に集まる。
ボーイが簡単な料理と飲み物を運び、三人は談笑していると、
「ネストーレ、よく来た」
圧倒的な存在感の【夜王】――ブラット・ナイトが実子達へ声をかける。
「父上」
「御父様」
「親父」
「なってない」
ブラットが手を翳すとミシッ……と空気が締め付けられる様な息苦しさに、三人は息が出来なくなった。
「かっ……」
「あ……はっ……」
「くふぅ……」
「今宵の私は【夜王】だ。父ではない」
ブラットは更に手を握ると空気の引き絞りは更に強くなった。
「すみ……ません……陛下……」
「ご……ごめんなさい……陛下」
「た……助けて……」
「ふん」
そして、フッとブラットが意思を緩めると三人の呼吸は元に戻る。
「良いか。場を間違えるな」
それだけを言い残し、ブラットは場の壇上へ向かう。その後ろをクロエが従者の様に続いた。
ブラットは歴代【夜王】の中で政治のみならず、武力の面においても他の『吸血族』を比肩させない程の実力者だった。
「あーあ。良いよなぁ。今頃、王城広場ではパーティーかぁ」
「愚痴を言うなよ。こればかりは仕方ないさ」
メアリーが総責任者として保有する『独房棟』はあらゆる実験や生産が行われている。
「それに、メアリー様直接の施設の配属は出世道への足掛かりだぞ?」
「って言っても……俺らは研究者じゃなくて衛士だけどな」
施設の外壁扉を警備する衛士二人は本日の当直は運が悪いと諦めていた。
「それでも、だ。メアリー様は俺たち一人一人の名前を覚えてらっしゃる。それだけでも名誉な事さ」
「最初は不気味な方だと思ったが……意外と気を配ってくれるんだよな」
本日は建国1000年目パーティーとして人の往来も殆んど無い。その為、気が緩むのは仕方なかった。
話し込む衛士の二人の視線と警戒心が緩んだ隙をついて、外壁近くの木を登ってディーヤは壁を越えると施設の中に入り込む。
「……クシ。ここに――」
「――」
着地した所で丁度、外の散歩に出てきた研究員と鉢合わせた。
「『太陽の――』」
「ふんっ!」
「ぐえっ!?」
野性的な感覚で動く彼女に迷いや硬直は皆無。反射的に研究員が何かを叫ぶ前に飛び蹴りを顔面に入れて黙らせた。
「クシ。待ってろ」
ディーヤは双子の弟の“陽気”を頼りに研究員が出てきた扉から内部へ侵入した。
「信用してええんじゃな?」
「はい。少なくとも、ローハンさんは――」
「おっさんは間違いなくやるぜ! おっさんからコレも渡されてるし! クロエさんも協力してくれるハズだ!」
「本日はクロエさんと連絡は取れて無いんですが……ローハンさんは独自の手段があるそうで」
「それはどんな手段じゃ?」
「知らない! でも、大丈夫だ! おっさんだしな!」
「根拠は薄いが……まぁ、ワシらは後出しでエエからのう」
『それよりも……皆さんはディーヤさんの事は知らないんですか?』
「あ、そうだな! ここに居ないのか?」
「アイツ……やっと来たんか」
「おう! 街に入ってから別れたぜ!」
「……」
「どうします?」
「……プリヤ、チトラ」
「はーい♪」
「ここに……」
「ディーヤの保護に行け。恐らく平常心じゃいられんじゃろうからな。こっちはワシとレイモンドとカイルでやる」
「はーい♪」
「ディーヤの捕獲。行く……」
ネストーレの読み通り、この日は『ナイトパレス』のターニングポイントとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます