第7話 俺の勝ちだな!

 色々なルートはあるが、村から遺跡都市へは基本的に陸続きである。

 しかし、大きな山脈を越えなければならず、目的が無い限りは装備を整えたりする必要もあり、移動は1ヶ月程かかってしまう。

 そこで、山を越えるだけならば大陸沿いを移動している定期船を使い、海路を利用することで日程を大幅に短縮出来るのだ。


「遺跡都市への馬車は出てないのか?」


 目的の港町でオレとカイルは下船し、その足で先に遺跡都市へ向かう馬車の最寄所で時間帯を確認していた。

 数は少ないものの、遺跡都市への馬車は出ていたと記憶にある。


「途中の駐屯所との連絡が途絶えてな。今、確認に向かってる。もうそろそろ――」


 その時、伝書用の鳩が飛んで来る。

 受付の男は少し奥へ行くと情報を確認して戻ってきた。


「駐屯所が制圧されてるそうだ。遺跡都市への馬車は全部出ない」

「何だよそれ! どこのどいつだ!」


 カイルが捲し立てる。オレも皆の交通を阻害するような行動を取るアホが何者なのか気になった。


「『ギリス』だ」

「『ギリス』だと? 何で隣の大陸の王国騎士がこんなに所にいるんだよ」


 今度はオレが捲し立てた。

 この辺りは自然が多く魔物も多種多様なモノが生息する事もあって、統治する者が不在の無法地帯。どんな組織でも介入は容易いが特別な資源があるわけでもなく根を張るには労力に似合わない土地。そんな所に隣の大陸から何故……


「なんだ、知らねぇのか? 今『遺跡都市』では三つの勢力が幅を効かせてる。『ギリス』はその内の一つだよ」

「カイルそうなのか?」

「えっと……よく覚えてない」


 自分に関わる事以外は関心を持たない愛弟子の悪い所が出てしまったか。


「お嬢ちゃん、遺跡都市に帰る所か?」

「おう!」

「なら、今は止めとけ。時期が悪い」


 オレは銀貨を一枚カウンターに置く。受付の男はそれを取ると、続きを話し始めた。


「なんでも遺跡から『願いを叶える珠』が二つ見つかったらしい。それで、どこから話が出たのか三つ揃えるとどんな願いでも叶うと言われててな。その三つの勢力が血眼になって珠を奪い合いをしてるそうだ」

「おいおい、マジかよ」

「俺が出てきた時はそんな感じはなかったぞ!」


 事態が動いたのはカイルが遺跡都市を出立してからの様だ。


「こっちに言われてもこれ以上は知らねぇよ。とにかく、遺跡都市への定期便は出ない。『ギリス』の奴らを刺激して、馬や人を殺されると商売上がったりなんでね。事が収まりゃ、奴らも撤収するらしいからよ」


 駐屯所のメンバーはこっちに戻ってきているとの事だった。






「おっさん、どうすんだ?」

「まぁ、ここまで来て引き返す選択はねぇな」


 港町の露天で海の幸を昼飯に食べながらオレとカイルは今後の事を話し合う。


「なんだって『ギリス』の奴らは馬車の駐屯所を襲ったんだ?」


 もぐもぐしながらカイルは思った事を口にする。


「その前にカイル。遺跡都市に行く際にクランマスターは何て言ってた?」

「何って?」

「あの人は無意味に動く事はねぇからよ。クロエが強く言っても何かしらの関心がなければ腰は上げない」

「うーん……」


 何か思い出してくれよ。頼むから。


「そう言えば……『願いを叶える珠』に関して新しい記述が見つかったとか言ってた」

「それ、何か聞いたか?」

「うぅ……何か言ってたと思うけど……ちょっと覚えてない」


 ごめん、と謝るカイル。今後のコイツの課題は回りにも少し興味を持つ事だな。


「わかった。とにかく今は遺跡都市に行く準備をするぞ」

「向こうに行く商人キャラバンとか探すのか?」


 目的地へ向かう商人に護衛を兼ねて同行するのは移動の鉄板だ。

 護衛料を割安にする代わりに道中の食事を出して貰えば比較的に安定して移動できる。港町なら簡単に見つかるだろう。


「それも良いが……今回は物資を揃えて二人で向かうぞ」

「え? それって、金も手間もかかるんじゃ……」

「村からここまでとは状況が違う。順調に行けば二日の距離だが、敵がいることは確定してるしな」


 『ギリス』は騎士団。組織立って動いていると考えると、状況によっては大きく迂回する必要が出てくるだろう。






 その後、馬と食料。厚手の防寒コートを買い揃え、預かり所を利用して明日の早朝に港町を経つ事にした。


「……ホントに空いてないのか?」

「すみません。来訪者の多い時期でして部屋は空いてません」


 夕飯を済ませて何とか空いている宿を探したが、どこも満室だった。

 明日からは屋根無しとなる。今夜は疲れを残さずに明日に備えたい。


 オレは宿の外に出る。すると、分かれて宿を探していたカイルが合流した。


「おっさんの方はどうだった?」

「満室だ。参ったよ。どうすっかな」


 明日は本格的に歩く事になるので本日は心身ともに休む必要があるのだ。疲労を残したまま出発すると体調を崩しやすいのである。


「ふっふーん。なら、俺の勝ちだな!」

「何の勝負をしてたのかは知らんが、期待して良いのか?」

「勿論!」


 強調の激しい胸を張る愛弟子。その胸に似合う成果を期待しちゃおう。

 こっちこっち、と役に立てる事が嬉しいのか、娘に引っ張られる父親の気分で、はいはい、とオレは後に続く。


「あら……お嬢さん……その方?」

「おう!」


 すると、道の片隅にいるフードを被った妖艶な美女にカイルは話しかけた。全然脈絡が掴めない。お前は宿を探してたんだよな?


「そう……まぁ、人の趣味にとやかく言うつもりは無いわ……ウフフ」


 何か三日前の『淫夢魔』とデジャヴ。少し嫌な予感がしてきた。


「ついておいで」


 蝶の様にゆらっと動くフード美女。その後に意気揚々とカイルは続く。オレは少し不安になって事情を聞くことにした。


「おい、カイル。オレは宿を探せって言ったよな?」

「うん? そうしたぞ?」

「じゃあ、この状況は何だ?」

「ここよ」


 すると、フード美女は一つの建物の前にオレらを誘った。


「ほら、宿だろ」

「いや……お前……これ……」


 端から見れば洋館に見える綺麗な建物だが、その全容をオレは瞬時に把握した。


「どうする? 入る?」


 フード美女がオレに聞いてくる。

 確かに……この選択も無くはなかった。オレ一人なら最後の手段として考えもしたが……


「入る! ほら、おっさん! 夜はきちんとするんだろ!」

「あ、いや……あぁ~」


 カイルに腕を掴まれて結論を出す前に洋館の中へ連行。フード美女の後に続いて二階に上がり、数ある部屋の前を通り過ぎて一番奥の部屋に通された。


「……」


 そこでカイルは気づいたらしい。オレは顔を手で覆う。


「一晩よ。本来ならこう言うのはやらないけど……お嬢さんは生娘みたいだから特別」


 部屋の中は暖かく、精神的な興奮を促進させる用な甘い香りが漂う。要するにここは娼館で、この部屋はそう言う事をする部屋なのだ。

 呆然としている背後で部屋の扉がカチャリと閉まる。そして、


「明日の朝に空けに来るわ。特別に個人部屋だから後は自己責任でね」


 と言うフード美女の言葉がオレらの背中に向けられた。


 これ、相当にヤバいかも知れない。オレの平穏が……

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