第8話 魔力切れぇ!
「……」
オレは無言でお香をそっとシーツで覆う。これで少しはマシなるだろう。
「お、おっさん! 俺、そう言うつもりじゃ無かったから! 寝泊まり出来る場所を聞いて……良いところがあるってさっきのお姉さんに!」
「わかった、わかったから! お前が故意じゃないってことは理解したから!」
弁明する様に詰め寄るカイル。距離を空けるように後退するオレ。壁際に追い詰められた!
「……と、とりあえず、寝るぞ!」
「寝る……ベッドは一つだけど……」
部屋の中央にあるベッドは一つだけ。固い船室のベッドとは比べ物にならない心地をカイルは手で確かめる。
お香を少し吸ったからか、カイルの仕草に理性がガリガリ削られる。
「お前が使え。オレは床で寝るから」
「え? それじゃ本末転倒じゃん! おっさんの方が強いんだからおっさんが使ってよ! 俺が床で寝るから!」
「強さとか関係ねぇの! オレの方が荒い寝方には慣れてるんだから、お前が使え!」
お互いにお互いを寝かせようと、意味のわからない言い合いを続ける事、一時間。不毛な言い合いに余計に疲労を溜めたカイルが提案してくる。
「ゼェ……ゼェ……じゃあ一緒に寝るでどうだ!」
「あぁ、もうそれでいいよ」
疲れ過ぎてどうでも良くなったので、オレは靴と上着と武器や身に付けている道具を外して近くの台に置く。
「うわ……これすぐ寝れるわ」
顔からベッドに倒れるとその心地よさに睡魔が襲ってくる。
「ホントだ……これヤベー……」
隣にぽふっと倒れてきたカイルも溶ける様な情けない顔でリラックスしていた。
そんな幸せそうな弟子の顔を見てると自然と眼が合う。
「……」
「……」
あれ? 少し冷静になったけど……オレはとんでもない事してる?
「……おっさん」
眼を合わせたまま、カイルが絞り出すようにそう言ってくる。これ……ヤバいぞ。オレは咄嗟に起き上がるが、カイルが逃がすまいと背中に抱きついて来た。
「床で寝ると意味ないって!」
「当たってる!」
オレは背中に感じる御胸様の感覚にそんな事を叫ぶことしか出来ない。
ああ、ちくしょう。良い匂いもしやがる。昔も焚き火を囲んで一緒のローブにくるまって寝たりもしたことはあったが、あの時は男だと思っていたから全然問題なかった。
あのお香は極端に魅了するような効果は無い。この部屋のそう言うことを連想させる雰囲気。加えて男女が、薄着で、同じベッドで、後ろから抱き着かれれば言おう無しに理性など消し飛ぶ――
「――」
その時、横でベッドにもたれ掛かる様に肘を着いて、こちらを見ている少女が居た。
「あ、ごめんなさい。続けて」
楽しそうにそう言う彼女の存在にオレの理性は急速に再構築される。
「! うわ!? な、なんでここに!?」
カイルは驚いて少女を見る。
「……相変わらず趣味悪いですよ? クランマスター」
コロン、と首を傾げて笑う少女はカイルが所属しているクラン『星の探索者』のクランマスターのゼウス・オリンだった。
オレはベッドから降りて近くの椅子に座り、カイルはベッドに座り、膝にクランマスターを抱える様な形となった。
「ごめんなさい。お邪魔だったかしら?」
「いや……明らかに確信犯でしょ?」
「ふふ」
「何でゼウスさんがここに?」
「正確にはここには居ない」
オレはカイルの柔らかい部分を存分に堪能しているクランマスターを尻目に状況を説明する。
「マスターは人の夢に入れるんだ」
「
「すげー! それは初めて知った!」
「感激してる所、悪いけどな愛弟子よ。これ結構趣味悪いんだぜ?」
「あら。言うわねロー。貴方も小さい頃はカイルと同じ反応だったのに。時の流れは残酷ね。こんな、偏屈なおっさんになってしまうなんて」
「悪うござんした。文句があるなら世界に言ってくれ」
「え? おっさんとゼウスさんって小さい頃から知り合いだったのか?」
ただの“メンバー”と“マスター”の関係になるよりも前から、オレと目の前の幼女は深い繋がりがあるのだ。
「その話は後でいい。本題は何ですか。本題は」
この魔法は長くは続けられない。余計な話は顔を合わせた時で良いだろう。
「こっちに来るのがわかったから、紅茶を買って来て欲しいの。ローは
「…………」
「以上よ」
「え? マジでそんだけ?」
カイルが眼を点にする。
買い物リストの追加。それだけの為に、人の夢に入ると言う唯一無二の魔法を使うのだから、ホントに何考えてるかわかんねぇ。
「マジでそれだけよ」
「こっちから質問しますよ?」
「ええ、どうぞ」
と、いつの間にかティーカップを持ち、紅茶を飲んでいた。カイルは、うわ!? いつの間に!? と驚くが説明は後にして質問を先に投げる。
「遺跡都市は今、どうなってるんですか?」
「『ギリス』『
「う……うん」
マスターに言われてつまる様に声を出す弟子。人の話はちゃんと記憶しておけよー。
「結構荒れてるって聞きましたけど?」
「少しね。今は『龍連』の頭目とは友達よ? 彼、高齢だから少し知恵を貸してあげてるの」
今の全人類、あんたよりも年下だよ。とオレは思ったが質問を続ける。
「こっちは『ギリス』が馬車道を封鎖してますよ。そっちで動きがあったそうですね?」
「そうね。クロエの情報で『願いを叶える珠』が実在する事が解ったの」
「信憑性は?」
「高いわ」
「とんでもねぇ執念だな、あの女」
「執念じゃなくて、“想い”ね」
優しくそう言いながらマスターは紅茶を啜る。飲む行為は意味は何もないんだけどな。
「そして、珠は三つあり、それを全て揃えると願いが叶うそうよ」
「それもホントなんですか?」
「揃えてみないと解らないけど、
じゃなきゃクランを連れては動かないか。
「ゼウスさん。明日には俺たち出発するんだけど、『ギリス』の奴らと会ったらどうすれば良いんだ?」
「明日、『ギリス』のジャンヌ大佐に話をしてみるわ」
そっちにも話を通せるのか。今も変わらずに頼もしい限りだ。
「任せます」
「ええ、任せて。あ、でもダメだったら紅茶は死守してね。何人斬っても良いから」
「だってよ! おっさん!」
紅茶>人命かぁ。知性の持つ生物が歳を取り過ぎると倫理観が崩壊するらしい。
「色々と聞きたいことや言いたい事はあるけど、残りは会ってから話をしましょう」
「ああ」
「おう!」
オレとカイルの返事に彼女もコロンと笑う。
「あ、そうそう、一つ良い忘れたのだけど……ロー」
「なんですか?」
「ムササビ――」
そこでブツンと意識が飛ぶ様に暗転する。
「魔力切れぇ!」
オレはそう叫びながら眼を覚ました。
場所は娼館の例の部屋でベッドにうつ伏せになって寝て居たようだ。眠りについたのはベッドにダイブした時か。
窓からカーテン越しに朝日が見える。
「ムササビ!?」
すると、隣で眠っていたカイルもそう言いながら跳ねるように飛び起きた。
「あ、おっさん。おはよ」
「おはようさん」
やれやれ。いっつも肝心な所で切れるんだよなあの人。
オレとカイルは脱いだ上着や外した装備を装着する。
「なぁ、おっさん」
「なんだ?」
「ムササビって何の事だ?」
「解んないから無視で良いぞ」
どうせ、どうでもいい事だろうし。するとノックの後に扉が開き、フード美女が現れた。
「ぐっすり眠れた?」
「おう! ありがと!」
カイルの様子を見てフード美女はオレを見る。
「……貴方、起たないの?」
「……会計を頼む」
哀れむ様な眼を向けやがって……こっちにも色々と事情があるんだよ!
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