第28話 中層の門番

 ボルックは戦闘ヘリから自分の身体に意識を戻すと、レイモンドに礼を言った。


『助かった』

「どうってことありませんよ」


 今は塔の前に居る。目の前はシャッターと防火壁の降りた扉で侵入を塞がれていた。


『開いた。行こう』


 まぁ、ボルックがいればハッキングにて解錠が可能。

 力任せの手もあったが、塔の中に何があるのかわからない以上、魔力は温存が吉。オレに至ってはカイルを庇った『土壁』で殆んど残ってねぇし。戦闘になったら残り三人を主体に組み立てるか。


「うわー、広ー」


 カイルは天高く吹き抜けている上部を見上げて感嘆する。

 塔の中は広い空間になってある。地面は大理石か? 基本的には宮殿なんかで使われるヤツ。正面には一つの扉。アレは……エレベーターってヤツだな。乗った事は無いが、“眷属”の権限で知識はある。

 すると、防火壁が音もなく閉じる。そしてランプが赤色になり、ロックがかかった。


「閉じ込められましたね」

「どうせ進むし問題無し」


 塔の中に下層への階段はある。しかし、ぱっとは見当たらない。


「ボルック、下層への階段はどこにあるんだ?」

『正面にある』


 カイルの問いにボルックが答える。


「正面って……あの扉?」

『そうだ。下層の魔力が漏れ出している』


 魔力感知ではマスターに次いでボルックが秀でている。どうやら正面のエレベーターが下層への“階段”なのだろう。

 その時、ドォン……と塔が揺れた。外からの流れ弾が当たったらしい。


「じゃあ、さっさとオサラバとするか」


 オレの意見に全員が満場一致。エレベーターへ歩みを向けた時、ポーン……と到着の音が鳴った。


「ん?」


 音を立てて目の前の扉が開くと、黒いフードコートに全身を包んだ『機人』が出て来た。


「なんだ、アイツ」

「中層のボスって所でしょうか?」

「『炎剣イフリート』のエロジジィよりはランクが下がるがな」

『……』


 エレベーターが閉まると『機人』はその前で止まった。先に行きたければオレを倒せ、と言わんばかりの佇まいである。


「ボルック」

『ハッキングは無理だ。ヤツは外の雑多とは違う』

「特別製か」


 『機人』の一つ目モノアイがオレらを見る。分析している様だ。ま、関係無ぇけどな。


「よし、囲んで潰すぞ。オレが前衛するから、カイルとレイモンドは時間差で――」


 その時、オレらが騎士道などに準じる様子がないと『機人』は悟ったのか、あちらから攻めて来た。

 まるで空間が切り取られたかのようにオレの眼前に現れたのだ。

 辛うじて反応したのは――


『ローハン!』


 ボルックだった。オレを突き飛ばす様に入れ替わると身体を半分、削り取られた。






 油断。昔はいつも気を付けていた事だ。

 やはり……オレもマスターと違って人間であったらしい。

 驕り。

 マスターと同じ知識を持ってても、マスターの様に使いこなせるかは別の話だ。

 オレを庇ったボルックは目の前に現れた『機人』に左半身を削られた。

 魔力反応……コイツは外のヤツらと違って魔法を使っている。


「ボルック!」

「ボルックさん!」


 カイルとレイモンドが叫ぶ。『機人』の一つ目が二人へ動いた。


「おい」


 オレは『機人』に剣を振り下ろす。装甲の隙間を狙っての一撃は、両断と行かなくても損傷を与えるには十分な威力がある。しかし――


『ピピピ……』


 また消えた。いや……“加速”したのか。剣は空を切り、ヤツは扉の前に戻る。


「……」

「おっさん! ボルックが!」

「ボルックさん! 大丈夫ですか!?」


 オレはヤツから眼を離さない。いや、離せないのだ。ヤツはこっちの隙を探ってる。次は誰か殺られるだろう。

 二人は半身を削られたボルックへ駆け寄る。


『ロー……ハン……』

「ボルック! よかった……」

「大丈夫ですか?」

「コアは無事だな?」

『あ……ああ。発音……能……障害……起こって……る……』


 オレは一安心。コアが無事ならボルックは死ぬ事はない。しかし……ボルックを削り取った魔法の正体がわからん。迂闊に攻められないな。


『圧縮……だ。範囲は……空間だ……』

「なんだよそれ!」

「魔法を使う『機人』って事ですか……」


 カイルとレイモンドも扉の前に立つ『機人』に敵意を向ける。

 ボルックのお陰でヤツの手札が見えたな。

 魔法を使う『機人』。

 能力は『加速』と『圧縮』。およそ考えられる最悪の組み合わせだ。加えて『機人』である事からも人間的な駆け引きには持ち込めない。

 交渉や油断も誘えず、隙を見せれば即座に殺りに来る。

 初見殺しの塊みたいなヤツだ。オレもボルックがいなければ殺られてたしな。


『……』


 こちらの様子を伺っている。一瞬の隙をオレらの動向から判断してるようだ。

 こう言うときに近接と索敵に特化したパーティは立ち往生してしまうのだ。

 遠距離で敵に状態異常を付与できるサリアか、撹乱の出来るスメラギか……オレと同クラスの戦闘力を持つクロエが居れば場を打開出来ただろう。


「ボルックを戦闘不能にされたのも痛手だな」


 三人を護りながら、ヤツを殺るには些か厳しい。オレは魔力も殆んど無いし、硬直が長引けば塔が壊れて下層への階段が埋まりかねん。

 しかし、カイルとレイモンドが相手にするよりはオレが何とかするしか――


「おっさん」

「カイル。お前はボルックの側に居ろ。アイツは――」

「アイツは俺が斬る!」


 オレの隣に並び立つカイルの眼には『機人』しか映っていない。そして、瞳に宿る意思は怒りだった。


「……一手、間違うと死ぬ相手だぞ?」

「おっさん……俺は仲間をやられて見てるだけなんて絶対に無理だ!」


 その言葉と強い意思は自分の為ではない感情。オレはカイルの背にある【霊剣ガラッド】を見る。


「負けんなよ」

「叩き斬る!」


 恐れずに前に進む愛弟子の背中にオレは笑う。昔の後ろを追いかけてきたモノよりもずっとずっと力強いモノだった。


 オレはレイモンドと一緒にボルックの側で行方を見守る事にした。

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