第121話 天才は何を考えてるのか解らん

「…………」


 ヤマトは腰の刀に手を掛けてクロエへ向き直り、クロエも、スっ、と剣の柄を握る。


「なんだ、なんだ?」

「ヤマ、兄……?」

「ちょっと……クロエ――」

「あの湯の性質は……『ボルカニック』の溶岩温泉が近かった気が――」


 二人の威圧から、景色が歪む。

 互いに高度な先読みが展開され、何かを皮切りに二人の刃が鞘から抜き放たれれば、間違いなくどちらが死ぬ――


「【水面剣士】クロエ・ヴォンガルフ。手合わせ願――」

「ストーップ!」


 その時、アマテラスが側面からクロスチョップでヤマトを制する。ヤマトはグキッと首をやった。


「ヤマト、クロエ様は私の友達です。それに折角湯を浴びたのですから私は汗は掻きたくありません。もう……出禁ですし……」

「……」


 唐突なアマテラスの割り込みで、興が削がれたヤマトは一度クロエを見る。


「お互い、もっと整った場で戦いましょう。クロエ様も、ここは私の顔を立ててくれませんか?」

「そうね。私は構わないわ」


 クロエも戦意を納め、それでは、とアマテラスは一礼し、カグラと共に歩いて行く。

 カイルは、またなー、と手を振って見送った。


「……次の機会に」

「ええ」


 そう言い残し、ヤマトも歩いて行った。


「…………ふー」

「緊張した? サリア」


 止める手段が思い付かなかった故にサリアは本当に見ている事しか出来なかった。

 対するクロエはいつも通りだ。緊張も欠片もなく、対等の敵としてヤマトを見ている。


「ホントにあの男は心臓に悪いわ……マスターも今は考察モードだし」


 ゼウスは、お湯を一瓶汲んで良いかしら? とアネックスに交渉していた。


「今のがヤマト……クロエさん、アイツ、スゲー強いな!」

「ふふ。そうね」


 カイルはローハンやクロエ以外の強者に対してもワクワクしていた。


 ヤマト……カグラの言う通りマジで強ぇ! ほんの少しだけど……クロエさんとヤマトが斬り結んだ圧が見えた気がする。


「アタシはアンタ達のその感覚を理解出来ないわよ」


 何故、自分から危険なヤツに関わっていくのか……

 サリアは相手と向かい合う事の少ない狙撃手として、ヤマトと正面から戦う事を理解出来そうになかった。


「私達の業よ。サリアは気にしなくて良いわ」

「おっさんとどっちが強いかなぁ」

「そりゃ、ヤマトでしょ」


 サリアは即答。するとカイルは、


「サリアさん、おっさんは俺にいつも言ってたんだよ。俺より強いヤツは地上に存在しないぜ! って」

「カイルその話、本当?」

「おう! クロエさんもおっさんに聞いてみたら良いぜ! 俺が村にいた頃はいつも言ってた!」

「ふーん……」


 クロエは意味深に微笑んだ。






「ヤマトの能力?」


 オレは『魔道車輪車』の直した入浴設備での風呂を終えて、マスターが持ってきた湯の分析を手伝っていた。さっさと調べてやらないと、マスターはずっとこれに掛かりっきりになる。ボルックも記録から同じ成分の湯を検索しサポートしている。

 そこへカイルがやって来たのである。


「おっさんはさ、ヤマトの戦いを見たんだろ? どんな感じだった?」

「ヤマトねぇ……お前は何て聞いてる?」

「何も効かないし、何も防げないって」

「まぁ……その通りだわな」


 多分、カグラに聞いたのだろう。アイツもヤマトに近い所に居るが、全てを理解してるワケじゃない。


「正確にはヤマトは技の精度が高いんだ」

「技のせいど?」

「アイツの使う魔法は主に『反射』だが、全てを理解した上で跳ね返してるワケじゃない」

「え? 『反射』って……頭良くないと使えないんだろ?」


 一般的な『反射』と、ヤマトの『反射』はなんと言うか意味合いが違う。


「アイツはこの世の全てを物体じゃなくて原子で捉えてる。だから、知識が無くても原子を跳ね返してるからよく知らない攻撃でも『反射』してくるんだよ」


 最も、それを踏まえた上での『反射』タイミングは人間の反応で捉えられるレベルを越えている。しかしヤマトも天才。常人を遥かに越える資質と才能を持っており、それが全盛期を前進し続けるのだからマジの化物である。

 凡人から眷属になったオレにはアイツがどれだけ規格外なのか十分に理解できる。嫌な界隈に足を突っ込んだモンだぜ。


「うーん……よくわかんない」

「まぁ、基本的に何でも跳ね返してくるって事だけを覚えとけ。ヤマトと戦うならまずは“攻撃”と“防御”を揃えないといけないからな」


 ヤマトの『反射』を通す“攻撃”と、ヤマトの攻撃を止める“防御”。この二つを揃えなければ“戦い”にすらならない。一太刀で首を落とされるだろう。


「カグラは攻撃も防げないって言ってたけど」

「それも同じだ。アイツの見てる世界はオレ達とは違う」


“物体には綻びがある。私はソレに刃を通しているだけだ”


 面白いようにスパスパ敵を切るヤマトに、聞いたらそんな返答が返ってきたのを覚えてる。

 その感覚は理解出来ないが……推測するに――


「ヤマトは物体が脆い箇所に対して、“的確な角度”で、“適切な力加減”で、刃を通す。動いてる相手に対しても確定で合わせてくるんだ。だから、ヤマトの刀は防げない」


 しかも、ソレを魔法にも合わせてくる。

 物体は一つの個体ではない。突き詰めると無数の原子の集合体であり、それらの原子の脆さも各々で異なる。ヤマトはソレを見切っているのだ。

 どういう思考をしたらそこに行き着くのか……本当に天才は何を考えてるのか解らん。


「――正直、おっさんの言うことは理解出来ないけど……」


 まぁ、だろうな。この話を成立するレベルで議論出来るのはマスターとガリアの爺さんくらいだろう。

 我が脳筋の愛弟子が理解したら、それはそれで目玉が飛び出るわ。


「ヤマトに対する“攻撃”と“防御”は俺も持ってる!」

「お、気づいてるか」


 そう『霊剣ガラット』は“斬りたいものを斬る”と言った性質上、ヤマトの『反射』を越え、その太刀筋を受け止める事が可能だ。

 ただし、


「ヤマトは自分の能力を止められることを常に考える。だから、ヤツも技量は超を越える一流だ」


 アイツは無拍子なんて当たり前に使ってくる。能力に頼らずとも『空亡』を一回叩き斬ってるからな。


「俺は全部越えるって決めたんだ! だから、おっさん見ててくれよ! 俺が最強になる所をさ!」

「――はは。本当に」


 “天才”は何を考えてるのか解んねぇな。






「ローハン」

「ん? クロエか。今夜はカイルの事を頼むぞ。アイツの『共感覚ユニゾン』にお前の『水魔法』を同調させてやってくれ」

「今夜はサリアに変わって貰ったわ。サリアの『炎魔法』もいずれ触るでしょうから」

「別に良いが……お前は何か用事でもあるのか?」

「貴方、外で自分が最強って言ってるらしいわね」

「………………クロエ。それはな、師としての威厳をカイルに見せつける為で――」

「この後、私と勝負しましょう」

「……クロエ。もしかして……ヤマトと対面して昂ってるのか?」

「私はただ確認したいだけ。ねぇ? 最強さん――」

「あ、ちょっとぉ――それ、素振りとかで発散……嫌ぁ~」


 一晩中、オレに拒否権はなかった。

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