第122話 ゼウスと【空を落とす龍】

 ヤマトとクロエの遭遇から二日後――


「…………」


 早朝の風にバタバタとマフラーがはためくスメラギは『遺跡都市』で最も高い箇所から都市を俯瞰していた。


「やはり……」


 我が“魂”が震えている……『龍』が『天使』に噛みつく……情勢が動く……か。


 スメラギは、シュバっ、とゼウスへ伝えにその場から飛び降りた。






「や、やった!」


 カイルは遂に目の前に『火玉』を浮かせることに成功していた。

 サイズは小指ほどだが、それは間違いなく『火魔法』が発動している事を意味している。隣でレクチャーするサリアも微笑む。


「そこから周りの魔力を集めて大きくするのよ」

「ま、魔力!? 魔力なんて無いっ!」


 カイルのヤツ、自分で作った『火玉』をどうして良いか解らずに混乱してやがる。

 初々しい。オレも最初に魔法を発動した時はそんな感じだったなぁ。


「あっ……」


 フッ、とカイルの『火玉』は儚く消える。集中力を乱すとそうなるわな。カイルは、ずぅぅん……、とあからさまに落ち込んだ。


「感覚は掴めたでしょう? ほら、もう一回」

「うぬぬぬ!」


 今度は全く発動しない。さっきも必死で発動したみたいだし、無駄に難しく考えてるのかもな。しかし、前進した所を見るに、程なくして感覚を掴むだろう。


「レイモンドもだいぶ掴めて来たわね」


 レイモンドを見ると目の前に吊るした紙が半分切れている。


「今考えると凄く難しい事をやってる気がしてきました……」

「ええ。貴方の場合は“月の魔力”の受け皿になって、ソレを変換し最小単位で己の魔法に反映させる。慣れてくれば呼吸をするように出来るようになるわ」

「……クロエさんは父――レイザックの戦いを見た事はありますか?」

「あるわよ。レイザック様は、よくファング様と技術交換をやっていたから」

「それでしたら、今の僕と父はどれだけの差があります?」

「そうね。蟻と龍かしら」

「うっ……そう……ですか……」

「ふふ。大丈夫、レイモンドなら追いつけるわ」


 てな感じで、あっちも少しずつだが進んでいる。こりゃ、修練に関してもオレが指示する必要は無さそうだな。


『ローハン。『魔道車輪車』についてなのだが――』

「ああ、そこの改造部位はクロウがいじってたから――」


 オレはボルックと『魔道車輪車』に関しての整備。

 『星の探索者』もそろそろ『遺跡都市』を発つ事を考えている。元々クロエが捕まった事で『遺跡都市』には長く滞在しているのだが、本来は調査と分析を一週間程度で行い、ある程度納得したら次へと移動するのが『星の探索者』だ。


 ちなみに、湯の件は火山地域『ボルカニック』の山頂に沸く秘湯のモノであると結論が出た。肌の強い『鬼族』しか入れないモノを万人でも問題ない様に調整したモノだとか。

 テンペストさんも相当な知恵者である。


「ローハンよ」


 シュタッ、とスメラギがどこからか着地した。朝飯を食ったら姿を消していたが、どこに行ってたのやら。


「前々からの懸念が形になりつつある。主様マイマスターに伝えねば。何処へ?」

「前からの懸念だと? ボルック、何か聞いてるか?」

『その様な会話は記録に残っていない』

「むっ、某は主様へ報告したぞ。皆へ共有されておらんのか?」

「はーい。みんなー注目ー」


 その時、少し席を外していたマスターが皆に『音魔法』を飛ばしてくる。


「今日はわたくしの友達が来てくれたわ。皆に会いたいって言ってくれてね」


 なんだ? なんだ? と全員がマスターと、その後ろから車椅子に乗ってやってくる“友達”に注目する。


「はーい、王龍天でーす。わたくしの友達。テン爺って呼んであげて」

「王龍天だ。『龍連』の頭目をやっとる。今は後ろの息子――地真に立場を譲っとるがのぅ」


 そう言って笑う【空を落とす龍】と、ペコリと頭を下げる地真クン。

 この……ロリババァ! 朝から超弩級に重いモンを……ベースキャンプに連れ込みやがって! しれっと連れてきて良い者じゃねぇだろうがよ!


 皆が唖然とする中、カイルだけが、うぬぬぬー! と魔法の発動に気合いを入れていた。






「無茶を言っている事は承知の上だ。ローハン殿」

「無茶って言うよりも……既にそんな所まで話が進んでた事に驚いてるんだよ……」


 オレは『龍連』のボスを連れてきた地真から事の経緯を聞いていた。

 前から、マスターと『龍連』は仲が良かったと言う事は知っていたが、まさかキャンプに連れてくるとは……て言うか、


「アンタらのボスは危篤状態って聞いてたけどな。動かして大丈夫なのか?」

「……後一週間と保たない」


 噂では龍天の爺さんは勢力を拡大する為に【荒れ地の魔王】の領地を狙ったらしい。

 その時に迎撃に出たのが、丁度カボチャの収穫で領地の端っこに来ていた【魔王】アンラ・アスラ。

 ボコボコにしても諦める気配が無かったので『闇魔法』『呪時』を叩き込まれ、体内時計を3倍の速度で動かされているのだとか。


「アスラに『闇魔法』を使わせるとか……本気でキレられたな」

「手を出してはならぬモノを当時の父は知らなかった」


 アスラは温厚で、奥さんとピースフルな領地統括をしている魔王だ。(年に一回は『星の探索者』に今年も豊作ですと写真が届く。子無し)

 アイツの領地で取れる農作物は安いし美味しいって評判なんだよなぁ。

 たまに、勘違いしたヤツがアスラに戦いを挑もうとしてイザコザが起こるそうなのだが、結局は野菜料理を振る舞われて和解するらしい。

 温厚なヤツ程、ブチ切れるとヤバいっての古今東西、変わらんのよな。


「ローハン殿、父を頼む」


 地真はオレに頭を下げて願い出てくる。


「老人ホームはやってないからな。ちゃんと迎えに来てくれよ?」

「……ああ。そのつもりだ」


 その返答に今度は龍天の爺さんを見て、目線が合うと一礼して去って行った。やれやれ……アレは――


「飛び火か……全く」


 マスターにも困ったモノであるが、


「テンは【空を落とす龍】って呼ばれてるのよ」

「アレって積乱雲の事じゃなかったの?」

「カッカッカ。エルフの娘っ子よ、そんな安いモノでは無いぞ」

「なんと凄まじい『龍魂』……噂以上の御仁ですな」

「忍びよ、ワシが“龍”なのだ。『竜人』ではないぞ」

「龍天様の噂はファング様も気にかけて居ました。【武神王】様も」

「カッカッカ。懐かしいのぅ。ファングとアインか。あやつらとは『天下陣』で顔を合わせたきりじゃ」

『御老公。貴方は――』

「みなまで言うな、機械の者。解っておる」

「…………」

「『兎』の若者よ。取って食いやせん、こっちに近こう寄れ」

「ぐぬぬぬ!」

「銀髪の娘っ子、何をしておる?」

「え? 今話しかけないで! もうちょっとで……うわっ! また消えた……」

「カッカッカ。皆、若い」


 すぐに全員と打ち解けてるし、気の良い親戚の爺さんって感じだな。


「お主がローハンだな? ゼウスの息子」


 こっちに意識を向けて来た……


「そんな大それたモンじゃないですよ」

「かなりの頭がキレると聞く。どれ」


 龍天の爺さんは車椅子の側面に常備している将棋盤と駒を取り出した。


「随分とマニアックなモノを持ってますね……」

「ワシの一番好きなゲームじゃ。全員で掛かってくるが良い」

わたくしも?」

「構わんぞ、友よ」


 おいおい、そりゃナメ過ぎだぜ、爺さん。


「ルールは知っておろう?」

「勿論。オレはこの一局に金貨100枚賭けるぜ!」

「カッカッカ。面白い! ワシも金貨100枚賭けよう」


 呆れる面々の視線が痛いが関係ねぇ!

 将棋に関してはジパングじゃ、誰もオレには勝てない。まさに神の領域に居るまではこの爺さんは知らねぇだろ。

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