第236話 失われた『恩寵』

 カイルは【スケアクロウ】の頭部がこちらへ向くと同時に『霊剣ガラット』の側面を盾の様にかざした。


 可能限りの防御姿勢。だが刀身面積を越える『光線』の照射と鉄を一瞬で蒸発させる程の熱量を前に、その防御は無意味に近いモノだった。


 閃光と共に全てを破壊貫く『光線』が、カッ、と瞬きよりも速く、カイルを貫通する――


「――――」


 その照射に割り込んだ者が居た。


「――! ディーヤ!?」


 光と光がぶつかり、眼を覆いたくなる様な閃光を正面から受け止める。ディーヤは可能な限りの陽気を両腕に纏い、肘部で照射を弾いていた。


「グッ……」


 弾ける様に散る『光線』はカイルを避けて周囲の青草や木を燃やし、ディーヤの腕も少しずつ焼けて行く。


「ディーヤ! くそ――」

「カイル! 動くナ! 庇いきれン!」


 弾ける『光線』でディーヤの後ろ以外に安全な場所がない。更に照射の出力が上がり、ディーヤの身体が押され始める。


 何のために前に出た?

 アシュカの意思を思い出したから?

 クシの願いがその心にあったから?


「…………」


 そうではない。ソレはもっと根本的な……ディーヤの心に根づいた――

 

「くぅぅゥ……」


 父――母――アシュカ先生――クシ――ディーヤはもう、二度ト――


 歯を食い縛り、『光線』の勢いに正面から強く踏みしめる。


 繫がりを失いたくなイ!!


「オ……ォォォオオオ!!」


 ディーヤの身体がオレンジ色の光を纏い始める。

 その身体に秘めた『恩寵・・』がディーヤの陽気を爆発的に上昇させ、勢いよく両腕を振り抜き、『光線』の照射を切り裂いた。


「――ピピ」


 『後光の剣』が頭部へ迫る。【スケアクロウ】は照射を中断し僅かに身を屈めて剣線を回避。


「――今のハ」


 『後光の剣』? 何故……『恩寵』は巫女様に返したハズ――


「ディーヤ!」

「!?」


 【スケアクロウ】に動揺はない。ディーヤを庇うようにカイルは前に出ると『霊剣ガラット』の側面で迫る腕部アームによる殴打を受けた。


「ぐあっ!?」

「くゥ!?」


 全身が痺れる衝撃と共に二人は吹き飛ぶ。カシュ、と【スケアクロウ】は再び口部を開き――


「――――ピピ」


 側面から接近していたレイモンドへ向き直り発射する。


「ようやく、貴方の打撃の秘密がわかりましたよ」


 レイモンドは滑るように【スケアクロウ】の股下を潜って『光線』を回避すると、その背後へ抜ける。






 【スケアクロウ】は腕部アームに『音界波動』付与している。

 本来持ち合わせる膂力も相当なモノなのだろう。それにプラスして『音界波動』による阻害効果を合わせれば受けた相手を痺れさせて次の動きを阻害できる。


「ピピ――」


 背後へ抜けたレイモンドへ【スケアクロウ】は半身を回転させる様に腕部アームを横薙ぎに振り回した。ソレだけで木々を容易く薙ぎ倒すほどの力を内包する。


 レイモンドは後ろ蹴りで腕部アームの軌道を変えて上空を通過させる。

 【スケアクロウ】はもう片方の腕部アームにて地面を抉りつつ掬い上げる一撃でレイモンドを狙う。

 その腕部アームにレイモンドは足をかけると勢いに逆らわず縦に回った。その場で身体を回転させる事で威力を完全に受け流す。だが、その浮いたレイモンドへ【スケアクロウ】は口部を開く。


「――――」


 『光線』が放たれた時、レイモンドは宙に居なかった。自らを『加重』にする事で即時降下。次に【スケアクロウ】の肩部装甲が開く。


 ガガガガ――と、岩を引っ掻くような音と共に7mmの弾丸が発射されるも、着地と同時にレイモンドは側面へ移動し回避。

 【スケアクロウ】の正面は危険すぎる。ソレを理解した上で常に側面への移動を意識する。


「ピピガ――」


 肩部装甲を閉じつつ、側面へ移動したレイモンドへ【スケアクロウ】は身体を捻り腕部アームの殴打を放つ。


「【スケアクロウ】。貴方の攻撃は受けてはダメなんですね」


 タン、とステップを踏んでレイモンドは腕部アームの内側へ。捻った態勢の【スケアクロウ】の脇部に勢いを乗せた蹴打を叩き込む。


「――――これでも……一歩下がるだけですか」


 【スケアクロウ】が耐える態勢じゃなかった所へ渾身の蹴打。流石に不動ではなかったものの……一歩動かす事が精一杯とは。

 耐久値は今まで出会ったどんな敵よりも高い。前屈みになる事で重心が低く、安定した下半身により常に最大級のパワーを生み出している。


「加えて動きも速く、カウンターでもダメージが入らない……か」


 恐らく【スケアクロウ】は『反射』に対抗する為に己の放つ攻撃全てに耐えるように造られているのだろう。


 キュイン、と【スケアクロウ】は踏み込んで来ると腕部アームを振り下ろす。

 レイモンドは身を低くして側面へ移動し回避。


「…………」


 この腕部アームが永遠に向かってくるのなら、勝ち目はない。こちらの息切れか、疲労により動きが鈍り、いずれ捕まる。


「距離を取って逃げれば『光線』。内側に入れば肩からの射撃が待ってる」


 攻撃はどれを受けても致命的。高い回避力に加えて攻撃を与えたとしても、怯ませる事さえも不可能。

 攻撃能力でも防御能力でも【スケアクロウ】に死角は無い。疲労も無く、向かい合った対象を決して逃さずに始末する。


 無限に動キ、無限に戦ウ。


 ディーヤの言葉通り、【スケアクロウ】は相対した瞬間から死は間逃れない存在だった。


「――けど、今回ばかりは違うよ」


 レイモンドが注視するのは【スケアクロウ】の頭部に浅く付けられたカイルの『霊剣ガラット』による傷。

 それが【スケアクロウ】に初めて生まれた弱点ウィークポイントだった。


「そろそろ、動けるんじゃないかな?」


 レイモンドはカイルとディーヤの回復時間を稼いでいた。

 三人でなければ【スケアクロウ】は倒せない。

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