第205話 『未来眼』
魔眼『
その能力は文字通り“常時未来を観る”。だが、外野が思っている以上に便利な能力では無かった。
ヒトは現実に肉体と精神を置く事で自我を認識する生き物である。眼に見える光景がそのまま現実となり、世界を認識する。
だが、絶えず未来が見えているのなら『未来眼』を持つ者には世界はどの様に映るだろうか?
“肉体”は現代にありつつ“精神”は常に未来を捉える。ソレは肉体と精神の解離を引き起こし、歩く事さえも困難とした。
外部から能力を制限する事で一般的な生活は可能となるが、『未来眼』を欲しがる者は星の数ほど存在する。
“未来を観る”と言う事はソレだけ価値があり、あらゆる権力者が己のモノにしようと求めた。
『未来眼』は自分ではどうしようもない。だが、ソレを他者に知られてしまえば殺されるか良くても眼を奪われる。
故に魔眼。『未来眼』の異常なまでの魅力は呪いに近いモノだった。
だが……もしも、『未来眼』を当人が最初から使いこなしていたらどうなるか?
生まれながらに現実と未来のズレを合わせる事が出来るのなら?
その『未来眼』を持つ者は現代人ではなく、未来を観測し、未来の世界に生きる存在であるだろう。
自分に降りかかる災悪を、前もって知り、ソレに対する完璧な対策が取れるのなら、勝負の土台に上がった時点で、誰も勝てないのだ。
「本当にそうかのぅ?」
『ターミナル』の新聞記者フォッグは上記の質問を『未来眼』を持つ【武神王】の三番弟子――
伽藍は酒をグビグビ飲みながら、『未来眼』の噂を聞き付けて奪いに来た『ターミナル』外の刺客を返り討ちにした所だった。
「『未来』は見える。常にのぅ。じゃが、それは他の奴らよりも少しだけ“よく見えている”に過ぎん」
Q.未来が見えている事が?
「視力が良い悪い程度の差じゃ。ワシ程の領域に立つ者からすれば『未来眼』は逆に足を引っ張る。故にワシは眼を仮面で塞いでおるのじゃよ」
Q.足を引っ張るとは?
「見てから動いたのでは生物の限界は越えられん。所詮、ワシらは血と肉を脳ミソから発する
Q.ソレを越える者とは?
「ワシの師じゃろ? ファングもそうじゃな。後はワシの好敵手ヤマト。もう死んだクルカントと……恐らくは二代目【武神王】もそうじゃったじゃろうな。おお、そうじゃ」
伽藍はあることを思い出した様に歯を見せて笑う。
「順調に強く成っておるのなら、あやつも今頃はワシらの階層に手をかけるくらいには成っておるじゃろう」
Q.それは誰です?
「ゼウスの義息子に寝とられたファングの義娘じゃ。クッカッカ」
「慎重だな。我を“可愛い”と言ったワリには」
「別に変わらないわよ? 少しだけ思い出しただけだから」
ベクトランが『未来眼』を持つと理解し、ソレを何らかの形で制限していない時点でクロエは確信に至った。
この男は常に現実と未来を見ている。問題はどの方向に使いこなしているのか、と言う事だ。
クロエは待ちに徹するベクトランへ直線的に向かうのではなく、軽くステップを踏みながらトン・トン・トンと一定のリズムでジグザクに接近する。
「何をしようともこの眼を前に意味はない」
クロエのステップ。本来なら意味を持つのだろうが、そんなモノはベクトランには意味がない。仕掛けてくる攻撃が
トン・トン・トン――
ベクトランの『未来眼』は今度こそクロエを捉えて、ステップの繋ぎ目を的確に貫く――
彼が武器として槍使うのは余計な手間をかけない為だ。
刃は……流す者がいる。防ぐ者がいる。避ける者がいる。
だが、体重を乗せた槍から放たれる“突き”は、“流す事”も“防ぐ事”も叶わない。ソレを『未来眼』で先を見る事により“避ける”選択肢も潰し確定で貫く事が可能となる。
一撃必殺。何人もベクトランの魔槍から逃れる事は出来なかった。
トン・トン・トンントン――
血が砂の地面へ散る。その出所は――
「――バカな!?」
ベクトランの肩からだった。
接近したクロエはベクトランの槍をスッ、とステップで横に避けると手刀の間合いまで入り、跳ね上げる一閃を見舞ったのだ。
リズムには表拍と裏拍がある。
“トン・トン・トン・トン”
と言う音の「トン」の部分が表拍であり、「・」の部分が裏拍。
ヒトは日常のリズムとして表拍を基準に行動する。ソレは意図していなければ抗えない習慣。生物が無意識下で思考している限界でもあった。
その表拍の中でクロエは裏拍を混ぜた。
ントン。とステップの強く踏み込む瞬間を変えて、ベクトランの『未来眼』を誤認させたのである。
「私を貫く“未来”を一度でも見たの?」
ベクトランの『未来眼』はクロエの動きを捉えていた。だが、“裏拍”と言うズレを知らなかった故に予知を認識し違えたのだ。
ソレはこれまでに無かった事態。しかし、その原因が“裏拍”であるなど、知識が無ければ知りようもなく、何故槍を外したのかベクトランは理解さえも追い付かない。
そして、その答えを考える間はクロエが与えない。何故ならその間合いは彼女が最も得意とする――
「“秒刻み”の間合いよ」
勝者を決める10秒が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます