第206話 私もまだまだ未熟ね
試合を行うなら三人――勝負者二人と審判一人で事足りる。
だが、“闘争”であったのなら
勝敗の価値を決めるのは相対する二人だけ。そして、勝ち残った者だけが“次へ”歩む事が許される。
シンプル且つ、最も解りやすい10秒の決闘。それが“秒刻み”だった。
ベクトランは現時点で多くを選択肢しなければならなかった。
手の届く間合。『
「くっ!」
1秒目――
流れる様に振り上がったクロエの手刀はベクトランの身体を通り、その表層を切り裂く。
ベクトランは槍を手離し身を引いてクロエの手刀による斬撃を皮膚を浅く傷つけるに留めた。
後退など本来はプライドが許さなかったが、その動きは生物的生存本能が取らせた行動だった。
本能がクロエに畏怖した。しかし、その事に屈辱を感じる間も無く『未来眼』は次に自分の胸部に深々と入り込むクロエの手刀を見る。
2秒目――
クロエは既に手刀を構えてベクトランの胸部を狙って突き出す。指の第一関節が入り込んだ所でベクトランはそのクロエの手首を掴み止めようと辛うじて伸ばす――が、空を切った。
3秒目――
胸骨、直後に鳩尾。
クロエは胸骨を狙った突きが掴まれる可能性を念頭に置き、ベクトランの行動を釣ってから即座に引いた。そして間髪を入れずに鳩尾へ手刀を突き入れる。
『未来眼』はソレも観測し、ベクトランは見ていたが……理解と最適解が追い付かない。
クロエの動きに躊躇いも迷いも驕り無い故に
4秒目――
クロエは鳩尾から手刀を引き抜く。手刀では即死の取れる部位ではない事からも、動きを拘束される事を嫌った故の行動。
そこでベクトランはようやく、状況に追い付いた。
5秒目――
負傷を気にせずベクトランが前に出る。
この女はここで決めに来ている。『未来眼』では……追い付かない。
もう一つの切り札を確実に当てる為にクロエの動きを止める意図で服を掴む腕を伸ばす。だが、その手の平をクロエの手刀が貫いた。
6秒目――
「捕まえたぞ!」
どの様な形でも一瞬止まれば我の勝ちだ!
貫かれた手の平を握り混むと、クロエの片手を無力化しつつグイっと引き寄せる。その動作と同じくクロエへ下から浮き上がるアッパーを彼女の腹部に叩きつけ――
7秒目――
『爆血』。
それは、ベクトランの血が持つ特異体質だった。彼は己の血を限定として“弾ける性質”を付与する能力を持つ。
本来は反作用の防護陣にて、己へのダメージは無効化している。しかし、クロエの攻撃を受けて血の流れた傷はいずれも『未来眼』を使う事で負う筈の無い傷。故に防護陣は付与されていなかった。
だから、己の血を拳に付与してクロエへ叩きつけたのだ。
拳は焼けるだろうが……それでも防御さえも破壊する威力はクロエへ致命傷を負わせる。その未来をベクトランは見――
「――――」
クロエに対して見続けた未来が初めて合致した。己の『爆血』が、己の腕を“肘まで吹き飛ばしている”未来を――
8秒目――
『
クロエは下から浮き出てくるベクトランの血拳を空いている手を添える形で受けた。
クロエは“秒刻み”の最中でベクトランへ見舞った二撃により、その体内の魔力性質を掌握。ベクトランを仕留める為に『逆流』を起動したが、同時に『爆血』も重なった。
結果『爆血』は上ではなく下方向へ炸裂し、ベクトランの肘部まで粉々に吹き飛ばしたのである。
9秒目――
クロエの負傷は『爆血』を添えた手の平を軽く火傷した程度。
対するベクトランは右腕は貫かれ使用不能。左腕は肘まで消滅。現時点で両腕を失った。
「ば……馬鹿なぁ!!」
絶対の切り札が破られた事に、理解よりも信じられないと言う感情からベクトランは叫ぶ。
クロエはその動揺の隙を突いて、捕まっていた片手を脱力にて引き抜き、再び両腕を自由にする。
やはり『逆流』は不確定。これで確実に仕留める――
その動作に移るクロエをベクトランは『未来眼』より逃れられない死を見せつけられ――
「う……うぉぉぉぉ!!」
10秒目――
唐突に地面が弾けて衝撃波による土煙がバトルフィールドを覆う。
ベクトランは流れ落ちた血を『爆血』へ変え目眩ましとクロエを吹き飛ばす威力を生み出した。
単なる悪足掻き。クロエは魔力反応からソレの予兆を感知し、咄嗟にその場から身体を浮かせて衝撃に逆らわず流れると地面を滑りながら着地した。『音魔法』にて、ベクトランの位置を探る。
「……私もまだまだ未熟ね」
土煙が晴れると、ベクトランはクロエ達が入場してきた門を破壊してバトルフィールドから逃走していた。
「後半歩、踏み込み損ねたわ」
その手刀にはベクトランの心臓へ数ミリまで迫った血が滴っていた。
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