第207話 敵討ちさ

「けほっけほっ……クロエさん! 無事ですか!?」


 ベクトランの起こした悪足掻きの爆発はレイモンドの聴覚を少しだけ麻痺させていた。

 土煙が晴れぬバトルフィールドで咳き込みながらクロエの安否を気にかける。すると『音魔法』で返答が返ってきた、


『こっちは無事よ。それよりも、レイモンド。背中の男はどこに行ったの?』

「え? あ! シルバームさん!?」


 なんか身体が軽いと思ったら背にしがみついていたシルバームの姿がない。彼は一人で歩けないハズ……少しずつ晴れて行く土煙の中、自分達の通ってきた門が壊れて穴が空いていた。


「多分、逃げました」


 やっぱり歩けたのか。しかし……何故、歩けないフリをしていたのだろう?


『レイモンド、貴方なら追えるわ。この場を離脱し、あの男を捕まえなさい。彼はこっちの情報を持ってるわ。そのまま逃がしたらダメよ』

「クロエさんも――」

『私はこっちからアプローチしてみる。後で連絡を取り合いましょう』


 回復した聴覚が、バトルフィールドへ新たに踏み入れる者を捉えていた。第三者……


「わかりました。お気をつけて」


 レイモンドも門に空いた穴より、バトルフィールドを脱する。

 そして、土煙が晴れると場に立っていたのはクロエ――――――と、


「こんばんは」


 『ロイヤルガード』の一人、メアリー・ナイトがドレスの端をつまみ上げて丁寧に会釈していた。






「ハァ……ハァ……クソ……」


 ベクトランは命からがら、バトルフィールドの奴隷側の門を破壊して逃げ延びる事に成功していた。

 何なのだ……あの女は!? 目が見えぬハズだと言うのに……『未来眼』がまるで機能していなかった。それに加えて……


「うっ……ガハッ!! フッガッハ……」


 心臓まで数ミリ届く位置まで開けられた傷から、ボタボタと血が流れ出る。あの時……退却の決断が僅にでも遅れていれば――


 閉じた瞳のクロエがこちらの命を取る寸前――先ほどの光景がよみがえり身震いした。


「! 我が……この我が……人間ごときに恐れている……だとぉ!?」


 あり得ない……そんな事はあり得ない! 我は『ロイヤルガード』! あのブラットでさえ排斥する事が出来ず、向こうから『ロイヤルガード』を打診してきたのだ! 我こそは【夜王】と同格であるぞ!!

 それに『爆血』は新たな境地へと至った。我が触れてなくとも、血が触れれば炸裂させられる! バトルフィールドから退却した時の爆発がそうだ! 傷を癒し……これで今度はあの盲目の女を――


「おーおー、ボロボロじゃねーの。ベクトラン」

「グッ……カハッ……ゴホッゴホッ……貴様は……」


 ベクトランは背後から追ってきたシルバームへ視線を向ける。身体を動かすだけで吐血し胸からと右手からは血が流れる。『未来眼』も上手く焦点が合わない。


「俺の名前なんざ知らねぇだろ? お前に殺されるその他大勢の一人なんだからよ」

「貴様は……あの『兎』に背負われていた奴隷か! 我がいくら重傷とはいえ……痩せ細った身体の貴様に何ができる!」


 ベクトランの言う通り、シルバームはおよそ戦える姿ではない。追ってきただけでも息が上がっていた。


「敵討ちさ」

「敵討ち……だと?」


 ベクトランはよろけながらも壁に寄りかかりながらシルバームへ向き直る。


「50年前、お前は一人の『太陽の民』の女を捕まえて『コロッセオ』に放り込んで“余興”の末に心身ともに殺しただろう? 名前はシャイア」

「ククク……そんな事を覚えているハズが無いだろう! 貴様ら奴隷にかける時間など瞬きでさえ惜しいわ!」


 そう……こんな奴隷に時間をかけている場合ではない。今は……身を隠して回復を――


「そうだよな。お前はそう言う奴だ。だから50年も牢屋の中からお前を狙う奴隷の存在にも違和感を覚えなかったんだ」


 シルバームはふらりと倒れる様に疾走する。この瞬間のために温存しておいた体力と――陽気が腕を輝かせる。


「! 貴様は!」

「『虹色の光ブリューナク』」


 ベクトランが何かリアクションを起こす前に淡い虹色の光に包まれたシルバームの身体が加速。次の呼吸には向き直ったベクトランへ細い腕が貫いていた。


「カッ……ハ……」

「お前が手負いで助かったぜ。そうじゃ無きゃ相討ちしか俺には選択肢はなかった」


 シルバームは腕を引き抜くと、その中に“虹色の陽気”残す。ソレは体内の魔力を“陽気”へと反転させ、虹色の光となり内側から焼き付くして行く。


「ゴアァァ!?? 何だ……ごれあぁぁああれ!?」


 “陽気”を押さえ込めない。内側からどんどん膨れ上がり燃えていく――


「『太陽の民』は戦士だ。本来ならどんな敵にも敬意を持って正面から倒す。だが、テメェには敬意の欠片もねぇ」

「我……我こそががぁぁ! 【夜王】ぉぉお!!」


 見下ろすシルバームへ、ベクトランが恨めしそうに伸ばす手も灰になり崩れる。そして口や眼からも虹色の光を発光し燃えていく。


“お父さん! 休みだからってゴロゴロしないの! 川で洗濯物を洗うの手伝ってよ!”


「シャイア。随分と時間が掛かっちまったが……お前の仇は討ったぞ」


 小言が絶えなかった娘を思い出す。

 シルバームはベクトランの灰が完全に消え散る様を娘に追悼する様に最後まで見届けた――

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