第208話 問答無用で捨てて行きますよ

「何か言いたい事がありそうだね。レイモンド君」

「…………」


 追い付いたレイモンドは、灰へと焼け落ちるベクトランを見下ろすシルバームを警戒する。

 クロエさんの言った通りだ……この男は力を隠していた。

 レイモンドも最初からシルバームを全てを信じていたワケではない。それでも彼を背負ったのは悪意ではなく信念を感じたからである。恐らくそれは――


「復讐ですか?」

「……言い方によってはそうかもね。けど、俺たちの部族では“敵討ち”と言う」

「貴方は何者ですか?」

「『太陽の民』極光術伝承者。それが俺」


 今までに無い、律した雰囲気でシルバームは振り向くとレイモンドの問いに答える。


「なんですか? ソレ」

「あれー? 知らないの? 『太陽の民』だよ?」

「初耳なんですが」


 完璧な強者感にてキメたシルバームであるが、レイモンドからすれば『太陽の民』など知る由もない。

 すると、シルバームは立っているのが限界になったのかフラフラと壁に背を預けて座り込む。


「レイモンド君、頼みがある。ゼー……ゼー……俺を『太陽の大地』の故郷まで送ってくれないか?」

「僕の背中をさっきまで借りてた分はいつ返してくれるんですか?」

「ツケに出来ない? 後でまとめて返すからさ」


 ここで突っぱねるのは簡単だが、レイモンドとしては知らない情報が多すぎる。仕方無しにため息を一つ吐くと、


「今度は逃げないでくださいよ」


 背を向けてしゃがむとシルバームは、サンキューとその背にしがみついた。


「可愛い子を紹介するぜ。故郷に帰るのは50年ぶりだが、良い感じの大人になってる幼女は何人か知っててね。レイモンド君は童顔で美形だからさ、年上のウケは良いだろ?」

「知りません」

「兎耳の装飾品まで着けちゃって――ってこれ……暖かい……?」

「次に耳を触ったら問答無用で捨てて行きますよ」

「わぁ! ごめんごめんって!」


 レイモンドは駆けると、牢屋側の入り口扉を破壊して静止を促してくる衛士達を蹴って黙らせる。そのまま誰にも止められず『コロッセオ』の外へ。


 ベクトランが死んだ事による動揺と邂逅するクロエとメアリーによって警備は殆んどはバトルフィールドへ向かっていた為にスムーズに場を脱した。






「貴女は何者?」


 ベクトランの敗走に絶句していたバトルフィールドにて、新たに現れたのは『ロイヤルガード』の一人である、メアリー・ナイトだった。


「貴女のファン1号って所かしら♪」


 クロエがメアリーから感じたのはベクトランとは違う雰囲気。“敵意”よりも“興味”と言った視線を受ける。


「『ロイヤルガード』の一人、メアリー・ナイトです。剣士クロエ」


 丁寧な礼に敵意は無い。それでもクロエは感じていた。

 彼女の内部には二つの全く異なる魔力が混ざり合うこと無く、各々で独立して存在している。明らかに異質だ。

 ベクトランの様に特殊な“搦め手”を持つかもしれない。自ずと警戒心は解かずに質問を返す。


「『ロイヤルガード』とは何?」

「……なるほど。旅の方なのね。『ロイヤルガード』とはこの国――『ナイトパレス』の【夜王】を護る四人の護衛者の事を差すの」

「護衛者……皆が彼と同等と見ても良いのかしら?」

「ええ。ベクトラン程に直接的な力は持たないけれど、概ね同格よ」


 ベクトランがレベルが上澄みだとすれば脅威度は大きく下がる。


「でも、一つだけ訂正させてもらうわ」


 メアリーはクロエへ自身の手の平を差し出す。


「剣士クロエ。貴女がベクトランの穴を埋めてくれるのなら『ロイヤルガード』は更に磐石となる。この申し出を受けてくれる?」


 その言葉に会場がざわついた。


 ベクトラン様が『ロイヤルガード』を退任?

 前代未聞だ! 外部の者を『ロイヤルガード』に迎え入れるなど!

 メアリー様は何をお考えでおられる!?

 独断で決めて良いのか!? あの女は血を操ったのだぞ!?


「今、私の意見に疑問を抱いた者達」


 不満の声に対してメアリーは静かに観客達を見回して告げる。


「貴方達を反逆者として処罰するわ。アルファ、ベータ、一人残らず捕まえなさい。衛士! その者達を連行して!」


 ぐわっ!?

 何をする!? ワシは上位貴族だぞ!


 そんな声が問答無用で取り押さえる声が観客席から響いた。


「貴方たちは今、見たでしょう! 私の目の前に立つ麗しい剣士は『ロイヤルガード』の一人であるベクトラン・サーシェスと正面から戦い、一方的に下した! 対してベクトランは……負けると解るや否やこの場から逃げ出した!」 


 メアリーの声は自然と場に通り抜ける。


「『ロイヤルガード』は【夜王】を護る者達! 故に……敵前逃亡など絶対にあってはならない! それでも尚、ベクトランを『ロイヤルガード』と認め、このメアリー・ナイトに意義があるのなら、それは【夜王】に対する反逆である!!」


 その言葉に取り押さえに抵抗していた者達は、ぐうの音も出ない様子で黙り込んだ。

 それ程に【夜王】の権力が凄まじいモノである事を証明する様に。


「故に剣士クロエを『ロイヤルガード』として迎え入れる事こそが【夜王】へ捧げる我らの忠誠心であると誰よりも証明出来るであろう!!」


 メアリーは観客達から再びクロエへ向き直ると手の平を同じ様に差し出す。


「剣士クロエ。この手を取ってくださらない? そうじゃないと私は物凄い恥をかくわ」

「……貴族はつくづく、他の意思や意見を無視するのね」

「不服かしら? それなら今取り抑えた反逆者達の資産は貴女に譲渡しましょう。これでどう?」

「この提案も加えてくれるなら手を取るわ」

「! 言って頂戴!」


 どんな条件でもクロエが『ロイヤルガード』を受けてくれるなら安いものだと、メアリーは嬉しそうに聞き返した。

 そして、クロエはこう宣言する――



 奴隷は全て解放し、今後『コロッセオ』では健全な賭け試合を行う。

 我こそが“最強”と考えている者達を世界中から集めよ。今日より『コロッセオ』では最強を決める場となる!

 この提案に異議がある者は『ロイヤルガード』【水面剣士】クロエ・ヴォンガルフが相手になる。






 クロエの発言により後世では『コロッセオ』にて強者たちによる数多のドラマが繰り広げられる事になるのだが……ソレはまた別の物語である。

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