第204話 ありゃモテん

「ようやく、私達と会話をする気になった?」

「お前達の要望に答えたワケではない。確信を得るためだ」


 ベクトランは槍の感触を確かめる様に、一度、ヒュンッ、と振る。そんな彼へクロエは臆する事なく歩み寄って行く。


「魔法が発動していたな。どんなカラクリ使った?」


 本来なら一方的に蹂躙されるハズの魔法阻害の首輪が機能していなかった。今後も起こる可能性としてその原因を知っておく必要がある。


「貴方は随分と運が良かったのね」

「どういう意味だ?」


 くす、とクロエは笑う。


「世界は貴方が思ってるよりも広いと言う事。この程度で全てを支配できると考えるのは子供の妄想よ。貴方はとても“可愛い”わ」

「……そうか。ならば、その子供遊びの延長で貴様を殺そう」


 クロエに答える気がないと察したベクトランも、ゆらりと歩み出す。

 この勝負に開始の合図はない。

 ただ、生まれる二人の間の緊張感が場を支配していき、自然と歓声は消えて目の前の戦いに固唾をのむ。


「…………」


 クロエはベクトランの音が静かな様子に少し捉えにくさを感じた。

 動きに無駄がなければ、余計な不協和音は生まれず、動きを先読みする為に多くの情報・・が必要となる。


 ……このレベルなら――


 槍と素手。リーチの差は歴然であるが、ソレも含めて二人は互いを仕留める“結末ヴィジョン”へ読みを深める。

 クロエは“歩み”から疾駆する為に身体を動かそうとし――


「――――」

「どうした?」


 その攻め気に合わせた様にベクトランはピタリと止まり、クロエも疾駆に入る前に身体を止めた。

 ベクトランの意は先程まで槍の間合いにクロエを入れる為に歩み寄って来ていた。だが……


「…………」


 今の彼は“後の先”を構えており、その練度はかなりのモノ。だが、ソレは然したる問題ではない。問題は、こちらの接近を読んだ上で“完璧な距離”を保った事だ。


 戦いでは己の手札を出す。そして、ぶつかり合う事でそれはジャンケンの様に細かく勝敗が決する。

 戦いに勝利すると言う事は、そのジャンケンに勝ち続ける様なモノ。つまり、最適解を常に選び続ければ自ずと勝者となるのである。

 だが――


「…………」


 クロエはベクトランの側面に回る。すると、その動きを解っていたかの様にベクトランは攻めに転じる。


「――――」


 その呼吸にクロエも合わせる。ベクトランの意に自分の意を重ねて、槍の内側へ入――


「直刺」


 ベクトランはクロエの接近が自身の間合いに数呼吸早く入る事を見越して、その場で踏み込むと突きを放った。

 ボッ! と空気を貫く音は一瞬で音速の壁を越えてクロエの身体を貫く。


「なるほど」


 しかし、槍に貫かれたクロエの姿は残像の様に消える。

 クロエはベクトランの動作を釣る為に“今から接近する”と言う意と初動を完璧に偽装した圧を放ったのだ。それに対応するであろう、彼の挙動に“ある確信”を得る為。そして、


「来ないのね」


 ベクトランの追撃に備えるが、彼は“何が起こるのか解っている”かのように近づいて来なかった。それで確信する。


「貴方、“未来”が見えているのね?」






「何故読まれる、と考えておるじゃろ?」

「…………」


 【武神王】の三番弟子――『妖魔族』『鬼』の伽藍がらんは折れた角を持つ小柄な少女だった。道着に袴を愛用し、顔には上半分を隠すように仮面をつけている。

 彼女は座りながらクロエが持ってきた酒をグビグビ飲む。


「ワシの生まれながらの業と言うモノじゃ」

「……理解が追い付きません。なぜ――」

「ノータイムで勝ち続けられるか? じゃろ?」


 必要な経験として、ファングより伽藍と戦うように言われたクロエは酒を手土産に手合わせを願い出た。

 無類の酒好きである伽藍は、クロエの持ってきた酒を受け取り意気揚々と承諾。そして――


 座ったまま、ホロ酔い状態でクロエの剣を折り、地面に伏せさせていた。


「性能の違いじゃ。この世のあらゆる生物は生まれながらに最低値が決まっておる。感覚の鋭い奴、足が速い奴、力の強い奴、体格がデカイ奴、そして、眼が見えない奴とかのぅ」


 クロエはヨロヨロと立ち上がると折れた剣を投げつける。伽藍は首を傾けて、ひょい、と避けつつ酒を一口飲む。その間を狙い、クロエは伽藍の顔面へ予備の剣で貫く。


「そして、未来が見える奴」


 伽藍はその剣の側面を空いてる手の甲で叩いて反らすと、接近するクロエを止める様に手の平を突き出した。


「ぐっ……」


 まるで、地面から生える鉄柱にぶつかったかのような不動にクロエはダメージを受けて後ろによろけた。


「……未来が……見える?」


 伽藍は常にクロエの攻めに対して最適解にて完璧に迎撃してきている。

 ソレは“読み”など無意味とする能力。生まれながらに“強者”として与えられた力だった。


「クッカッカ。無敵に見えるか? おっと、無敵に聞こえるかのぅ?」


 伽藍はクロエに合わせて言い変えると酒を飲む。


「相手は未来が見える。更に素の実力も経験も格上じゃ。さてさて、困ったのぅ? どうすれば良い?」

「……生物の限界を捉える」


 既に必要な答えを持っているクロエに伽藍は素直に驚き、牙の生える歯を見せて笑う。


「――クッ……クッカッカッカ!! なるほど! ファングがお主を育てるだけの事はある! 答えに即座に気づくお主は間違いなく、強者のレールに乗っておるぞ!」


 伽藍は残りの酒を横に置いて立ち上がった。それくらいには相手をする興味が出たのだ。


「クロエよ、世界は広いぞ。例え未来が見えていたとしても、ワシの角を斬り落とし、『ジパング』から『ターミナル』まで吹っ飛ばす奴も居るのじゃ」

「……それは何者ですか?」


 クロエも呼吸を整えて伽藍の会話に乗る。


「ワシの好敵手。ヤツが片眼になったと聞いて仕掛けたんじゃが、ワシの慢心故に“2本角”が“1本と半分角”になってもうてな。おまけで『ターミナル』へ直送じゃ。手加減の欠片も無い冷徹漢じゃ。ありゃモテん」

「お酒を飲みながらの戦いは慢心では無いのですか?」

「じゃれてくる猫相手に真面目に闘う事もないわい。ほれ、近寄れ。よしよし、してやるぞ♪」


 腰に手を当てて伽藍は、クッカッカ、と笑う。クロエは彼女を越える為に踏み込んだ。


 結局、『ターミナル』を出るまで伽藍へ与えた傷は手の平に残ったたった一つの切り傷だけだった。

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