第203話 その作戦は命に優しくないっ!

 『フェイス』VSクロエ。

 その戦いの結末は形だけ見ればクロエの圧勝だった。

 たが……観客達は勝者クロエを称える事も卑下する事もなかった。

 血や残虐な戦いなど見慣れた彼らは、本来ならばどんなモノでも良いから刺激のあるモノを見たがっていた。

 しかし、クロエが行った『血を操る』行為は……彼らにとって言葉を失うには十分過ぎる光景であったのだ。

 称賛ではなく畏怖。そんな雰囲気にも馴れているクロエはレイモンドとシルバームの元へ戻る。


「静かになったわね」


 鬱陶しい“音”が黙った様子を聞きつつクロエは呟く。不快な雑音は消えている方が気分が良い。すると、レイモンドが謝る様に告げてきた。


「すみません。『加速』相手はどう手を出して良いモノか解らなくて……」

「待機と迎撃が正解よ。余程の実力者じゃない限り、攻めるのはお勧めしないわ」

「そう言うクロエちゃんは攻めてたよなぁ。説得力ないぜ?」

「自分の能力に胡座を掻いてる相手に負けるほど、私は劣っていなかったからよ」


 クロエの強さは見た目の美しさを霞ませる程に凄まじいモノであると、彼女を知らぬ者全員に刻み込まれただろう。


「……クロエちゃんよ。俺の血なんかも操れたりするの?」


 レイモンドの肩口から覗くシルバームの素朴な疑問。もし、クロエが他者の血を自在に支配できるのだとすれば無敵に近いと考えていた。


「貴方は無理ね。“血液”は最も魔力干渉が難しい“臓器”なの」

「へ? そうなん? なんか……さっきは自在だったけど?」

「血は身体の一部ですから、当人の魔力によって保護されていて他の干渉が不可能なんです」

「死体なら当人の意識下に無いから比較的に楽なのだけど」


 ヒトの持つ魔力は指紋のように一人一人が異なる。ソレが外部からの魔力干渉を大きく阻害しているのだ。

 『闇魔法』の様に、強化魔法をマイナス効果として無理やり付与する下地が無ければ内面に効果を及ぼす事は現実的ではないとされている。


「クロエさんくらいですよ。生きている相手の血液を支配下に置くなんて」

「誰でもってワケじゃないの。相手の魔力の総量がこちらで上書き出来るほど少ないか、自分の魔力を認識していない者くらいね。この辺りの人達は、みんな魔力の概念を理解していないみたいだから」


 相手の身体の内部まで正確にイメージ出来、更に眼に頼らない『水操』を可能とする程に高い技量を持つクロエだからこそ、己の魔力耐性の甘い他者の血液にまで干渉するに至っているのだ。


「それに、血はすぐ固まって使い物にならなくなるから。『水操』で使うのはお勧めしないわ。造形も固定されてしまうし」

「お勧めとか言う話じゃないと思うけどな……。それに、みんなクロエちゃんにビビってるぜ」


 場の空気はクロエの次の挙動を特に注目しているが誰かが声を上げるワケではない。腫れ物を扱うかの様に恐れている。


「それで……これって、これからどうなるんです?」


 『フェイス』を倒し、ざわめきが起こり始めた『コロッセオ』。レイモンドはシルバームに状況に関しての説明を求めた。


「いや、こりゃ大手を振って表から出れるぜい! なにせ『コロッセオ』最強の化物、『フェイス』を倒したんだからな! もうクロエちゃんが最強! 最強を止めるヤツなんて居ないじゃない? そゆこと!」

「僕の背中のヒトがそう言ってますけど、どうします? クロエさん」

「そうね。可能であれば――」


 その時、ワァァァァ!! と歓声が上がった。ソレはクロエを遅れて称えるモノ――ではなく。


「あー、クロエちゃん。スマン。まだ、アイツが居たわ」


 『ロイヤルガード』ベクトランがバトルフィールドへ参戦した事によって沸き立った声だった。






「凄い女性ひとね。ふふ」


 クロエが死体の血を操り『フェイス』を討った。

 その事実に他がざわめく中、その一部始終を見ていたメアリーにはクロエに対する動揺も恐怖もなかった。

 あるのは純粋な興味。

 彼女は一体どこまで強いのか? まだ何を隠しているのか? 研究者としての教示がよりクロエの事を知りたくウズく。


「…………」

「行くの?」


 席を立つベクトランにメアリーは客席から見えるクロエより眼を話さずに告げる。


「……我の『コロッセオ』にこれ以上の余興は要らないのです」


 そう告げてベクトランは側近と共に客席からバトルフィールドへ向かった。


「ふふ。さて」


 ベクトランが久しぶりにバトルフィールドに立つ。

 彼は父に認められた『ロイヤルガート』。その実力は父に匹敵すると言われている。それでも、もし彼女が勝つような事があれば――


「御父様に紹介しなくてはね♪」


 次の戦いの勝者が王を護る『ロイヤルガード』に相応しいだろう。






 ビリッと雰囲気が変わった。

 彼が場に現れるだけでクロエの作り出した畏怖の雰囲気が上書きされ、まるで救世主が現れた様に観客達が沸き立つ。


『ベクトラン様だぁぁ!! 『コロッセオ』の無敗の“主”にして最強の『ロイヤルガード』!! その強さから自ら一戦を退いた戦者!! このタイミングはあまりに……あまりにも待ち望まれた瞬間です!!』


 司会者が息を吹き替えした様に告げる。

 ベクトランは周囲からの歓声と司会者の実況を意に返さず距離を取ったまま、クロエ、レイモンド、シルバームを見据えた。


「既にお前達は自由の権利がある。我の側近になるならば命は保証しよう」


 ベクトランの声は不思議と歓声の中、三人まで通る。


「面白いジョークね。気を緩ませて殺すつもり?」

「……信用できませんね。ぐえっ」

「レイモンド君っ! 距離を取れ! アイツはヤバいっ!」

「シルバームさん……ホント……首締まってますって……」


 そんな事を言う三人へ、ベクトランは歩み出すと奴隷達の死体を踏みつける。その様は奴隷ごときに道を避ける必要など無いと言う傲慢さが見て取れた。

 そして、項垂れている『フェイス』の死体の前に来ると同じ様に足を前に出して踏みつけた。その瞬間、『フェイス』の死体は、ボグゥ! と内側から爆ぜ散る。

 バラバラになって周囲に手足が霧散した。


「物言わぬ、血と肉に我の歩みを阻害する事は許されん」


 その様子に、すっ、とクロエが歩み出る。そんな彼女を静止する様にレイモンドが声を出した。


「クロエさん。僕が行きます」

「え!? 絶対に駄目だぜ! レイモンド君! 君は俺を背負ってるだろ!?」

「シルバームさんを盾にすれば勝てると思いますので」

「その作戦は命に優しくないっ!」

「レイモンド」


 わちゃわちゃするレイモンドとシルバームへクロエが足を止めて告げる。


「貴方は待機」

「けど、クロエさんは消耗しています。無傷の僕が――」

「逆よ。良い感じに調子が整ってきたから私がこのまま相手をする方が良いわ」

「でも……」

「レイモンド、ここはまだ安心できる場所じゃないの。能力は十全に残しておいて。それに――」


 ベクトランは側近へ脱いだコートを渡し、代わりに差し出される槍を掴む。


「油断は出来ない相手よ」

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