第202話 彼女の手札

 ヒトは“手札”を持っている。

 あらゆる勝負はその“手札”をぶつけ合う事で優劣と勝敗を決めるのだ。

 出した手札が相手と噛み合う事もあれば、無意味になる事もあるだろう。

 その“枚数”と“質”は各々の能力によって決まり、中には己でも把握しきれない程の手札を持つ者や、未知数のカードを持つ者も居る。


 『加速』『多重人格』


 これが『フェイス』の手札だった。

 だが……『多重人格』は未知数・・・であり、『フェイス』を強者足らしめる根幹でもある。

 クロエは経験則から二人目ツィが出てきた時にソレを把握。数多の人格に加えて彼らは……一人一人が高い戦闘技術を持つ。


 その未知数にクロエは己の手札だけで越えなければならなかった。


「道徳を捨てろ。優しさから生まれる強さなど偽りだ。ソレは“純粋な強さ”ではない」


 ファングの叱責がクロエには強く刻まれている。






『き、斬られたぁぁぁ!! 盲目の奴隷クロエ! ついに……ついに『フェイス』に捕まったぞぉぉ!!』


 攻めに転じたクロエに対して三つ目・・・の人格となった『フェイス』の刃は彼女を切り裂き、その身体から鮮血を地面に噴き出させる。


「カッハハハ! ガファ!?」


 笑う『フェイス』。しかし、次の瞬間に彼は大きく吐血した。

 クロエの手刀が鳩尾に突き刺さっていたからである。

 派手に散ったクロエの出血に注目が集まった為に司会は眼を見開いた。


『ば、馬鹿な! こちらも致命傷!? まるで相討ちと言わんばかりに、盲目剣士クロエの手刀が『フェイス』へ突き刺さっている!?』


 予想を上回る事態の連続に司会には更なる本質がまるで見えていなかった。


「久しぶりよ。一人にここまで“手札”を切ったのは」


 ズブ……と鳩尾に刺さるクロエの手刀が更に奧へ入る。

 クロエの服を染める血。それは彼女のモノではなかった。


 例え、非人道的と言われようとも、強さを求めると決めた時から、中途半端はしないと決めている。

 『フェイス』が無駄に死体を刻んでくれたおかげで、十分に使えた・・・


「――――クロエさんくらいですよ」


 状況を見ていたレイモンドは、そんな事が出来るのはクロエだけだと口にする。


 ソレは『フェイス』が登場時に殺した奴隷達の血。『水魔法』によりクロエはそれらを己に寄せ、『フェイス』の刃を受けたのである。

 血は散り、クロエは致命傷を負った様に見え、油断した『フェイス』に彼女の『血を操る』と言う“手札”が刺さる。


「…………」


 その事実に気づいた観客達は司会者も含めて激戦の熱も冷める程に絶句していた。

 『水魔法』で死体の血を操る。

 ソレは血液を何よりも心象とする『吸血族』にとってはどんな事よりも忌むべき行為だったのだ。

 定義で言えば“親殺し”や“近親相姦”に値する程の禁忌。明らかな非人道的行為だが……ソレをこの場で声を上げて非難する者は居ない。


 何故なら、誰もがこう思ったからだ。

 あの眼の見えない剣士は……自分達の血を武器にする。殺せば殺すだけ力を増す。その糧になるなど……絶対に嫌だ……と――


「ア……カハハ――」


 クロエは『フェイス』が逃げない様に開いている腕で剣を持つ腕を抑え、刺さっている手刀を更に押し込み、彼の命を削る。


「サイ……代わって。この距離なら私よ」


 更なる気配に切り替わった。『フェイス』が武器を持たぬ手を『加速』させ、不格好な手刀でクロエの顔面を狙い、貫く――


「貴方の手札は切れたみたいね」


 クロエは『フェイス』が切り替わった瞬間には手刀を引き抜き、後ろに身を引いてた。

 『加速』による手刀はクロエの眼前で止まり、穴の開いた鳩尾からは赤黒い血がボタボタと流れ『フェイス』の足下を染めていく。


 離れた! 『加速』で距離を――


 『フェイス』は『加速』したが、出来なかった・・・・・・。それは地面が消えた様な感覚――


「何度も逃がすと思う?」


 『血刃』。クロエは離れると同時に『フェイス』の膝から下を血の刃で切断していた。


 『加速』の弱点。ソレは発動の起点にある。

 ヒトは地面に足を着いて居なければ歩けない・・・・。移動と言う初期動作は大地を認識する所から始まっている。ソレが急に無くなってしまったら、歩く行為に戸惑うだろう。

 ヒトは宙に浮いた状態で地面を蹴って移動は出来ないのだから、地面を起点とする『加速』も発動が不可能になる。


 最も、カイルほどのセンスがあるのなら空中で姿勢を維持したまま部分的な『加速』を可能とするのだが、『フェイス』にはそこまでの才覚も極めた道も無かった。故に――


「――――」


 クロエが己の腕に血を纏い、『血刀』とした手刀が心臓に迫る様を見送るしかない。






 代われ! 儂が! 私が! 俺が――――僕が……


 『血刀』が無防備に浮く『フェイス』の心臓を貫き、クロエの指先が血と共に背まで突き出る。


「…………ごほっ」


 何故だ!? 何故じゃ!? 何故なの!? ワン……何故! お前が表に出た!?


「僕は……ずっと……逃げてた……」


 クロエは捻りを入れて手刀を引き抜くと『フェイス』は膝を着いて項垂れた。


「ほんとは……君たちと……向かい合わないと……いけなかったのに……」


 もう……僕も皆も消える。だから、これだけは伝えたかった。


「ごめん……ツィ……サイ……フォー……最後だけは……」


 僕が皆を護ると決めていた。


「…………」


 クロエは動きを止めた『フェイス』への追撃を止め、手刀を解くとその横を通過する。

 『フェイス』は薄目のまま沈黙し、二度と動き出す事は無かった。

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