第201話 代われツィ。儂が殺る
父と母は毎日、僕を殴った。
僕はいつも、やめて、やめて、と懇願したけれど父と母は止めてくれなかった。
いつものように殴られて気を失った僕が目を覚ますと、血まみれで死んだ父と母が居た。
何が起こったのか解らなかった。ふと、声が聞こえた。
“ワン。もう、お前を傷つける奴はもう居ない”
その後、僕は孤児院に入れられた。けど、他の子に馴染めずに隅で踞っていると、リーダーらしき男の子が僕をからかってきた。
僕は、やめて、と言って男の子の手を弾いたが、それが癇に触ったのか彼のからかいはエスカレートしてきた。孤児院の先生が間に入って止められたので父と母の様な酷いことにはならなかったけど。
その夜、目を覚ますと――孤児院に居た人たちは皆死んでいた。
“ワン。これで安心だ”
違う……僕だ。僕が殺した――
僕は僕が怖くなって……静かな孤児院を飛び出した。誰でも良いからこの恐怖から解放して欲しかった。
だから……逃げ出した夜の街で『ロイヤルガード』のベクトラン様を見かけた時は安堵したんだ。
「ボクをころしてください」
『フェイス』は複数居る。
『コロッセオ』に現れるフードの怪人『フェイス』は現れる度に違う戦闘スタイルを見せつけ、攻略しようと考える者たちにそう印象付けていた。
だが、ベクトランは知っている。『フェイス』は一人であり、
「本当に面白い子よね♪」
メアリーは『フェイス』とクロエの攻防を楽しそうに眺める。
蛇剣を手足の様に振るう『フェイス』とソレを避けるクロエ。
クロエは最初こそ掠めていたものの、今は完全に避け始め、攻撃の隙を伺い始めていた。
「相手が強ければ強いほど『フェイス』には勝てません。あの盲目の女も無駄な足掻きです」
「あら、じゃあ貴方も勝てないのかしら?」
「戦い方の問題ですよ。どんな強者でも瞬間的な変化に適応し続ける事は不可能です。我の様に、一撃必殺でない限りは」
「ふふ。貴方と『フェイス』の戦いも見てみたいわね♪」
「その対戦カードは『コロッセオ』最大の公益となるでしょう」
ベクトランは、無駄な足掻きをするクロエを冷ややかに見下ろした。
「ハハハハ!!」
『フェイス』の蛇剣はクロエの手刀が届かない一定の間合いを保ったまま、彼女に襲いかかる。
変則的に見えるが、回避に徹しながらその中にある法則をクロエは見つけ出し――
「――――」
上段横薙ぎ、袈裟懸けに振られた蛇剣に、呼吸を合わせて前に潜る様に躱すと手刀の間合いに入り込む。
そして、手刀の突きにて『フェイス』の心臓を狙う。
「おお!? 入ってくるのかよ!! ハハハハ!!」
しかし、『フェイス』は回避する余裕を持たせていた。クロエの手刀を身体を半身に動かして避けると、蛇剣を逆袈裟懸けに振り上げる。
すると、クロエはその蛇剣に手刀を合わせて弾いた。
それは『音界波動』の応用。クロエは自らの手のみに『音界波動』を覆う事で素手による殺傷力を上げる事を可能としている。
武器が無ければ勝てない。そんな考えはクロエの中には存在しなかった。
「ハハハ! 義手かい!? 美人のお姉さんよ!」
「知りたいなら受けて見ると良いわ」
「面白れぇ冗談だぜ!」
『フェイス』は『加速』で後ろに下がり距離を空ける。しかし、胸に痛みが走った。
「――あ?」
僅かに貫かれている。心臓の位置に浅く残る刺し傷から滴る血と、クロエの指先に滴る血は同じ自分のモノであると察する。
「残念ね。後、一秒お喋りしてたら終わってたのに」
「――ハハハ! ハハハハハハ!!! 見た目以上に棘が鋭いんだな! アンタは!!」
『加速』。『フェイス』の姿が消え、クロエの正面に現れて停止した。
距離は蛇剣が届き、手刀の届かない絶妙な間合い。クロエは異質な様を感じ取り、先手を断念。後手で仕留める――
「残念だなぁ。アンタの死体は残らない――」
『フェイス』が振るう蛇剣が『加速』する。
眼で追う事さえも困難な速度で襲いかかる蛇剣は対象の肉を削ぎ、骨までミンチする刃の嵐だった。
コレを食らった者は誰一人例外なく、人の形を止めない肉となる。
「――――」
しかし、クロエは眼に頼っていない。既にこの『フェイス』の音と蛇剣のパターンは見切っている。最小限の動きで乱雑に襲いかかる蛇剣を、避けて避けて避け続ける。
いくら速くとも『加速』には肉体と言う限界がある。その上限を越えれば破壊が及ぶのは自分自身。『フェイス』の蛇剣を振るう腕は十秒と持たずに崩壊する。
だが、クロエはそれまで待つつもりはなく、逆にパターンの隙間を見つけて蛇剣の内側へ踏み込んだ。
「代われツィ。儂が殺る」
更にパターンが変わる。
「――――」
蛇剣から長剣に戻った故に間合いと速度が変わり、振り抜かれると同時にクロエから鮮血が吹き出た。
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