第200話3 BULLET 後編(200話記念外伝)

「サリア・バレット。『知識』は力だ」

「…………」


 サリアは魔鳥『グリフォン』が掴む籠に揺られながら、空路にて『エルフの街』へ向かう。


「我々には『知識』がある。故に『グリフォン』を捕らえ、飼い慣らし空を移動できる」


 サリアは丸腰でベースキャンプを見張っていた『エルフ』に接触し、とある交渉材料を持って長への閲覧を願い出て受け入れてもらったのだ。


「お前の『狙撃技術』もそうだ。エルガンが亡き今、“バレット”の次世代を創るのはお前しかいない」

「……解っています」

「身体は大丈夫なのだろうな?」

「はい。寸分の狂いなく」

「ゼウスの医療技術か……その件に関しても詳細に記録を残さねばな」


 サリアは両腕を切断され『バジリスクの溶解毒』を飲んだ。

 本来なら絶対に助からず、運良く生き延びても一生寝たきりになる程の後遺症を残すと言うのに、この数日で全快したサリアの様子は『知識』として記録するには十分な事柄だった。


「やはり、空路は早いな」


 バサッ、と『グリフォン』は森の中に存在する大きな穴へと飛来。かつては切り立った崖だったであろうその場所は、現在では巨大なクレーターとなっており、深い底に『エルフの街』が存在している。






「…………」

「長、“バレット”が帰りました」

「そうか……」


 エルフの街の中心にある建物は部族全体を管理する執務館であり、部族長が住まう住居でもあった。


 眼帯を着けた老狩人長のエグサは、ベッドで横になる事が多くなった長――エルデンにサリアが戻った事を告げる。

 エルデンは自力で立てない程に高齢であるが、この歳まで生き続ける程の活力は、ゼウスに対する執念の様なモノだった。


「結果はどうだ……? 『叡智』は……?」

「……“バレット”は失敗。『教官オーダー』のエルガン、エアロが死亡しました」

「…………エグサ」


 エルデンは静かにそう言うと次には、噴火の如く叫び出す


「『教官オーダー』を全員召集しろ!! 今すぐ……今すぐゼウスを殺すのだ!! 奴が【原始の木】へ成った時に拘束する手筈は整っているのだ!! 後は俗世を徘徊する肉体を消滅させれば良い!! 手段は問わん! ――ゴホッ! ゴホッ!!」


 『エルフ』では最年長のエルデンは既に40世紀以上は生きている。故に他のエルフが易々と意見できないほどの権威を持っていた。

 エグサは咳き込む彼を落ち着かせて続ける。


「長、聞いて下さい。サリア・バレットがゼウスより持ち帰った情報を報告したいと帰還しております」

「……エルガンが育てた【魔弾】か……」


 咳き込みが落ち着いたエルデンはベッドに背を預けた。


「どうしますか?」

「ここに連れてこい」






「サリア・バレット。我々に報告があるそうだな」


 あたしは、複数の狩人達と共に初めて彼と顔を合わせた。

 【千年人】エルデン。

 『エルフ』では類を見ない知恵者であり、多くの『教官オーダー』を編成した功労者である。

 それだけではなく、教育、建築、医療、外交と言った界隈にも精通し、『エルフ』の文明レベルを数世紀引き上げたとも言われる程の偉人だった。

 その傍らに立つ『狩人長』エグサも狩りの指南の際には必ず名を聞くほどに伝説の人物である。


「ワシらに……お前は何を語る?」


 エルデン様が喋ると圧が重くのしかかる。あたしは一度呼吸を整えてから二人を見た。


「此度の一件の全てを。そして――」


 思い浮かぶのは師匠の最期の言葉。


「“バレット”はあたしで最後にすると言う事です」


 場がざわめく。あたしは自分でも何を言っているのか理解していた。

 『古代兵器』である銃器。ソレは誰にでも強力な力を授けるが、同時に希少価値が高いモノでもあった。

 『エルフ』の技術をもってしても銃器の類いは生産できず、弾丸でさえ、とある地方にある『遺跡』内部から持ち帰るしかない。

 故に銃器を120%使う為に“バレット”が生み出されたのだ。


「【死期】エルガンは死にました。新たな抑止力として唯一の“バレット”であるあたしがその役目を担います」

「…………絆されおって」


 その時、後頭部に鈍い痛みが走り、あたしは倒れた。狩人の一人があたしを取り押さえる様に床に押し付ける。


「ぐっ……」

「次は何だ? ゼウスを狙うな、とでも戯れ言を口にする気か?」

「あたしは……」

「その眼はまるで下等生物の様だ。かつて……ワシの元から『叡智』を連れ去ったあの三匹と同じものだ!!」


 あたしは無理やり立たされた。そこへエルデン様の怒号が向けられる。


「お前は『エルフ』ではない。もはや、ワシらの同胞ではない!!」


 同胞……役割だけを準じる生き方に何の価値があるのか。ソレに――


「あたしは、ようやく気がついたんだ!! 何がおかしくて、何が――」


“お前は……正しい……”


「何が……エルガンを死なせたのかを!!」

「お前達は“バレット”だ! ただの“弾丸”だ! 言われなかったか!? 外れた弾丸に意味はないと!」

「違う! あたしは……エルガン・バレットの娘、サリア・バレットだ!! あたしも父も――」


“もう……お前は……“弾丸”じゃ……ない”


「最初から“弾丸”じゃなかった! あんたが! そう思い込ませていただけよ!!」


 と、エルデンは護身用に持っていた拳銃をあたしに向けた。


「ならば、お前の役目は終わりだ。意見する弾丸などに、存在する価値すらない!!」


 向けられ銃口はかつてあたしが向け続けたモノ。因果応報と言うものがこれ程しっくりくる状況はないと、あたしは――笑っていた。






 その時、重々しい音に屋敷が揺れる。






「マスター……」

「何かしら?」

「いや……“何かしら?” じゃなくてさ……」

「機関最大です! レールは正常展開!」

「そのまま直進よ!」

「合点承知です!」

「え? ちょっと……直進って……ちょっとぉぉお!!」

「ローハン、何が起こってるの?」

「クロエ! 何かに捕まれ――」


 ソレは森の木々の上を通る様な魔力レールを敷き、『エルフの街』が存在するクレーターへ、ブワッ……と勢い良く飛び出した。

 見張りの『エルフ』達はソレが何なのか、何故突っ込んで来るのか理解する間も無く、上空を通過する『魔道車輪車』を視線で追うように見送るしか無かった。


「浮いて――」

「クロエ!」


 運転席のゼウスと機関を制御するクロウは席に座っているが、ローハンとクロエは立ち身だった為、落下まで身体が浮遊する。

 クロエは高速で移動している事に加えて、眼が見えない為に状況がまるで解らない。

 ローハンは浮遊したクロエが『魔道車輪車』から放り出されない様に抱きしめる。


「皆、衝撃に備えて!」


 『魔道車輪車』が『エルフの街』のど真ん中へ、存在していた建物を破壊しながら重々しく着地する。






「…………」


 シュゥゥゥ……と、機関が停止して熱を排出する音が響く。オレはクロエを庇う様に抱きしめて仰向けに倒れていた。


「到着よ」

「機関が一部停止! 再出発まで数時間が必要ですよ!」

「痛ててて……」

「……」


 なんつー事をしやがる……

 着地と同時に車輌全体へ防護魔法をマスターが施したが、それでも落下の衝撃をゼロには出来なかったようだ。

 衝撃で『魔道車輪車』は一時的に進行不能になっていた。


「……ローハン、止まったなら離してちょうだい」

「ああ」


 オレはクロエを離すと彼女は壁に手を添えて『音魔法』で状況を把握しながら立ち上がった。


「それで、ここからのプランは?」

わたくしがエルデンと話をつけるわ」

「つまり……プランは無いってことですね」

「ここは敵地と言う事でよろしいのですか?」

「サリアさんの反応を確認です! ここより500メートル離れた屋敷です!」


 クロウは『魔道車輪車』のあらゆる設備の操作を担っている。無数の魔力反応から特定の反応を選別し、サリアの位置を捉えていた。

 すると、


「悠長にしてる場合じゃないって!」


 上から『隕石火球メティオバーン』、四方から『雷槍サンダーランス』が『魔道車輪車』へ飛来する。

 どの攻撃も一撃で『魔道車輪車』を破壊する出力を感じられた。全部は同時に相殺できねぇ! どれか食ら――


「クロウ!」

「『反射装甲アンチバリア』展開!」


 マスターの意を察したクロウは、内部機構を操作する魔法陣を動かすと、一つの防御機能を発動する。


 すると、飛来する攻撃は『魔道車輪車』に触れた瞬間に全て“反射”され、『隕石火球』に関しては上空で形を維持できず霧散。火の雨となって『エルフの街』へ降り注いだ。


 反射された『雷槍』は果てまで貫通し、幾つかの建物が倒壊。火の手も上がり、外は大混乱である。


「……いつの間にこんなモノを……」

「ローハンさん! 『魔道車輪車』には……まだ三つの特殊装甲がありますよ!」

「頼もしいわね」

「ロー、サリアを助けてあげて。クロエは『魔道車輪車』を外から護って。クロウ、皆をサポートをお願いね」

「了解」

「解りました」

「状況は逐一報告しますよ!」


 オレは外へ飛び出し、クロエは『魔道車輪車』の横へ、トン、と着地。マスターは『魔道車輪車』の上部へ、うんしょ、と登った。


「……貴方はわたくしの罪よ、エルデン」






「火を消せ! 特に弾薬庫回りを優先しろ!」

「…………」


 エルデンは勢い良く街へ突撃してきた『魔道車輪車』を見て確信した。


「相変わらず……余計な感情に振り回されているな! 『叡智ゼウス』よ!」


 車椅子にて屋敷から避難させられていたが『魔道車輪車』の上に現れたゼウスと目が合い思わず笑う。


「長、避難を――」

「必要ない! 全ての技術を駆使し! ゼウスを殺すのだ! この場で我々が『叡智』を手に入れる!」

「……わかりました。『聖獣』を全て解放しろ! 技術戦力の全てを解放! 『照射光』の展開急げ! ゼウス・オリンを討伐せよ!」


 その命令に『エルフの街』は消火作業を停止し、動きを変える。

 縛られたサリアは身動き出来ぬ様にエルデンの傍らに跪づかされた。


「…………なんで……」


 あたしを助けに来る必要なんてない。“バレット”はあたしで最後だった。だから……あたしが死ねば……貴女の驚異は一つ減る。そのつもりで……一人で来たのに……


「もう……大切な人達を失いたく無いのに……」

『サリア、泣かないで』


 ゼウスの『音魔法』にサリアは涙ぐんだ顔を上げる。


『貴女はわたくし達の家族。家族を助けるのに理由なんていらないの。もう少しだけ待っててね』


 サリアは再び顔を伏せる。しかし、それは悲壮感からではなく、心から嬉しいと感じたからだった。






 『聖獣』ってのは『エルフ』が作り出した合成生物の事だ。

 自分達以外を下等生物と見ている奴らからすれば他の命を弄る事に抵抗は無いのだろう。


「全く、厄介なトコに捕まりやがってよ」


 サリアは特に敵の層が厚い屋敷に居る。あの片割れで指示を出してる老エルフ。あいつがエグサってヤツで現場の指揮官ってトコか。


「っと」


 飛んできた矢をかわす。しかし、間を置かずあらゆる方向から飛来する矢に対して流石に足を止めて近くの遮蔽物となる木に隠れた。


「腐っても射撃センスの高いエルフだな」


 それよりも立て直しが早い。混乱している間にサリアを助け出そうと思っていたが簡単には行かないか。

 こっちとしてはサリアを助け出せば後はマスターに任せれば良い。全てを相手にする必要は無いが……


「さて……」


 射撃が止んだタイミングで近くの建物へ移動。窓から中に入ると、横の壁を『霊剣ガラット』で斬り壊しながらサリアの囚われている屋敷へ向かう。


「あっちは大丈夫そうだな」


 僅かに見える外の光景から『魔道車輪車』へ殺到する『エルフ』達を斬り捨てるクロエが映った。

 相変わらず容赦ねぇな。マスターは珍しく詠唱しており、虹色の魔力を少しずつ身体に纏っていく。


「本気でキレてるな。マスター」


 あの詠唱を終えたら勝ちが確定する。それまでにサリアを解放しておくか。


 その時、ミシッと横から音がした瞬間、巨大な鋏が、壁を破壊しながら突き出てきた。

 オレはそれによって崩れる建物から脱出せざる得ない。通りに飛び出すと、追ってきたソレの姿が露になる。


「出たな……『聖獣』スコーピオン」


 巨大な蠍が崩れる建物から何事もなかったかのように這い出てくる。周囲から無数の射線もこちらに向けられた。


「じゃすんな! オレの出番が無くなるだろうが!」

「キシャァァァ!!」


 キン、とオレは『霊剣ガラット』を振るい、横薙ぎの一閃で『スコーピオン』を両断。援護する様に襲いかかる『エルフ』どもの射撃に対しては雷に『精霊化』をして回避する。


「! 下等生物が精霊化だと!?」

「ビビったか?」


 『精霊化』のまま『雷経路』を作り、移動。建物の屋上からオレに狙いをつけていた『エルフ』どもを瞬きの間に切り捨てて行く。


「考え方が可哀想な奴らだな。窮屈な生き方してそうだぜ」


 『精霊化』を解除し『霊剣ガラット』を一度振って血を払う。


「!!」


 そこへ飛来した矢を『霊剣ガラット』の側面に当てて逸らす。だが、大砲を受けた様な威力に建物の上から吹き飛ばされた。建物横に積み上げられた薪の束に背中から落下する。


「っ痛ぇ……野郎、こっちを見てやがったか」


 今の射撃は『狩人長』エグサの矢。『霊剣ガラット』で受けなかったら武器ごと身体を貫かれて即死だった。

 オレは起き上がると『広域感知』にて壁沿いにエグサの気配を探る。弓を構えて――


「ヤベェ!!」


 咄嗟に転がって薪の山から降りる。壁や遮蔽物をものともせずに元居た場所を矢が貫通して着弾した。


「野郎!」


 『霊剣ガラット』の距離と物理障害を無視した斬撃。こちらに遮蔽物ごしの攻撃があるとは夢にも思わねぇだろ。死んどけ!

 ビリ、と『広域感知』の気配。今さら位置を知っても無駄だ!


「――は? うぉ!?」


 こっちの斬撃がかわされ、再び建物を貫通する矢が飛来し、オレは横に飛んで避ける。避けつつ、『広域感知』にてエグサの位置を探り再び斬撃を見舞う。が、


「おいおい。本当に見えてるのかよっ!?」


 壁を豆腐の様に貫通するエグサの矢がオレを殺しに来る。オレは横に走りながら斬撃を放ち、エグサも同様に動きながら矢を放って来る。


「キシャァァァ!」

「復活早ぇな、お前!」


 襲いかかてきた『スコーピオン』を縦に叩き斬る。あ……足を止め――


 エグサの射撃がオレの顔面を抉った。



 



「……仕留めたか」


 エグサは『広域感知』にてローハンの反応が消えた事に片付いたと確信する。

 よもや『霊剣ガラット』を所持していたとはな。アレは『七界剣』の中でも特に情報の無い一振。故に常に剣線状に重ならない様に動く事は必定。


「『七界剣』所持者が死んだのならば後に回収させて貰おう」


 エグサは建物の上に飛び乗ると『魔道車輪車』を護るクロエに狙いを定める。

 【水面剣士】……噂以上に凄まじいな。殺到する『聖獣』と同胞を一人で捌いている。それでいて息切れ一つ起こしていない。


「だが、意識の外から来る一撃は避けられるか?」


 ギリッと矢を引き絞ったエグサの矢は500メートル内であれば、あらゆる障害を貫き、標的を破壊する。しかし、その威力を生む為に魔力を使う事から、隠密には向かない完全な殲滅に特化した射撃だった。


「――――」


 その時、エグサは上空に影がかかった為、引き絞りを解いてその場から離脱する。


「! なに!? 『スコーピオン』!?」


 上から降ってきたのは『スコーピオン』だった。何かに放られた様に逆さまである。そして、ドンッ、と目の前にソレは着地する。


「――――なんだ……?」


 ソレは見たことのない真っ黒な影だった。項垂れる姿勢から起き上がる様に向けられる顔は……何も無い・・・・


「なんだ!? お前は!」


 異形の存在を前にエグサは本能的に弓を構えて撃つ。しかし影は、全てを破壊してきた矢を避けつつ横から掴むと、身を翻す様に回転。矢の勢いを残したまま、エグサへ投げ返す。


「が……は……」


 自分の射撃にて身体に大穴を空けられる形になったエグサは膝をつき項垂れた。


「お前、強かったぜ。【オールデットワン】が無かったら矢を止められなかった」


 【オールデットワン】を解除したローハンはエグサの首を『霊剣ガラット』で跳ねた。






「えっと……ここが井戸で下に……あった! 姉ちゃん!」


 クロウは聖獣『ハーピー』とエルフ達による空と地上からの波状攻撃に対応しているクロエの為に『魔道車輪車』の索敵機能にて、井戸の位置を割り出した。


『見つけた?』


 『魔道車輪車』の設備を使えば『音魔法』でクランメンバーだけ会話をすることは可能だ。


「うん! もう、噴き出る・・・・よ!」


 『魔道車輪車』の魔力レールを作る機能を応用し、クロウは遠隔で井戸から地下――その先にある地下水へ魔力を接続すると一気に地上に噴き出させた。


「なんだ!?」


 エルフ達がソレに動揺する。

 街中の井戸から噴き出す地下水は雨となって降り注ぎ、それら全ての使用権は一人の剣士が担う。


 『水影人』


 クロエの斬撃が増えた。否、彼女を模した水人形が雨によって溜まる地面から現れたのである。


 『水刃』


 降り注ぐ雨は飛来する数匹の『ハーピー』を濡らし、ソレを操るクロエの水の刃によってバラバラに刻まれた。


『そこね』


 高台のエルフ、向かってくるエルフ、魔法を唱えるエルフ、それら全ての近場に『水影人』を形成。

 突如として隣に現れた『水影人クロエ』にエルフは斬り捨てられていく。


『クロウ、マスターは何を詠唱しているの?』


 一呼吸の間が出来たクロエは戦場の全てを把握しているクロウに問う。


「僕もわからない。でも、とても重要な魔法なんだと思う!」

『クロエ、クロウ、マスターの詠唱は絶対に阻止させるなよ』


 ローハンが会話に割り込む。


『ローハン、マスターは何をしているの?』

『オレらの勝利を磐石にする召喚魔法だ。だから――クロエ! 『魔道車輪車』に乗れ! クロウ! 防御しろ!! 『照射光ソーラー』だ!』


 ビー! と真上からの異常な魔力集束密度を検知。ソレ事態は攻撃能力は持たないものの、照りつける太陽の光をカァァァァ……と一点へ集束する。


「『魔食盤マジックイーター』展開!」


 クロウが特殊装甲を展開。『魔道車輪車』の上部に魔法陣が現れ、高密度の光の照射が降り注ぐ。

 『魔食盤』吸収許容値35%、42%、55%、67%、79%、92%――


「オーバーヒートする!」

「ローハン!」

『オラ!』


 ローハンは建物の上から『霊剣ガラット』にて遠近法を無視して『照射光』の魔法陣を斬った。二つに別れた魔法陣は霧散すると光の照射も消える。


「あ、危なかった……」

「外は……出れないわね」


 『魔食盤』吸収許容値99%と表示が出ていた。

 『魔道車輪車』は無事だが、地面は靴が溶ける程の熱を帯びており、クロエは外に出れない。降り注ぐ井戸の水が音を立てて蒸発する。


「姉ちゃん、外に出たら駄目だよ!」

「マスターは?」

『マスターは無事だ。詠唱で纏う魔力が外の環境効果を無効にしてる』

「ローハン、私は出れないわ」

『クロウ、さっきの魔力は吸収したんだろ? 何か出来ないのか?』

「基本的にはレールを作るだけです。他にも色々と考えては居たんですけど……実装はまだなんです」


 その時、ビー! と警告音が鳴る。再び『照射光』の反応と魔法陣が展開される。


「もう!?」

『しつこいぜ!』


 ローハン再度、『霊剣ガラット』で『照射光』の魔法陣を斬るが、一瞬形は崩れど、再構築される。


『駄目だ! 術者を殺る! もう一度だけ防御しろ!』

「オーバーヒート中です!」

「ローハン!」

『クソっ!』


 ローハンは魔法陣の魔力を辿り、術者の位置を割り当てる。そこへ、


「黙ってろ!」


 『霊剣ガラット』で斬る。倒れる気配。だが『照射光』の形成は止まらない。

 一人で発動してない――


 カッ! と光が『魔道車輪車』を飲み込む。






「力を貸して。わたくしの家族を助ける為に」


 召喚魔法『死期回帰』――






 クロエはクロウを庇うように覆い被さった。それでも灼熱の光線に焼かれる結末を予期していたが、ソレは一向に訪れない。


「……何かいる?」


 集束は続いている。

 クロエは『音魔法』で『魔道車輪車』の上部に何か居る事を感じ取った。


「姉ちゃん……息……吸えない」


 クロウを庇うように力一杯抱きしめていたクロエは苦しそうな弟の声に離れた。


「ふはー。何が起こってるの?」

「……解らない」

『おいおい、ふざけんなよ。急に呼ばれたと思ったらなんだ、この状況は』


 全体に中継する『音魔法』に割り込む声は今まで聞いたことのない男声だった。






 男は『照射光』に大剣の側面を当てて弾く。照射が止まる気配がない事を察すると受けている刃がズレる様に形状を変えた。


「ストライク」


 パァン、と一瞬だけ照射が弾け、数秒の“間”が出来ると、男は大剣を振るうように回転させ――


「ブラスト」


 再び始まる照射を両断し、その先にある魔法陣をも破壊した。


「やれやれ。おい、説明は出来るんだろうな?」


 男は展開した大剣『ブレイカー』を肩に担ぎながらゼウスを見る。


「ここはわたくし達と因縁の深い縁が残る場所。だから貴方を喚べたの。彼との因縁だけは、わたくし達が清算しなければならないから」


 すると、街の一部がスズン……と音を立てて崩れた。上空に再度形成していた『照射光』の魔法陣は完全に消滅する。


「アイツらも喚んだのか?」

「ええ」

「ハハハ。皮肉が効いてるぜ」


 ゼウスは改めてエルデンと視線を合わせる。エルデンは男の姿を見て歯噛みしていた。


「クロエ、クロウ、二人は熱が引くまでそこに居て」

『マスターは?』

わたくしは決着をつけに行くわ。アラン、手を貸して」

「相変わらず、周りに苦労ばかりさせやがる妹だぜ」


 悪態を付きつつもアランは笑うと、ゼウスと共に『魔道車輪車』から飛び降りる。






「あっちは大丈夫そうだね」


 彼は『魔道車輪車』の上に乗るゼウスとアランを見て、『照射光』が完全に無力化された様子を確認していた。


 そして『エルフ』達の首筋にトン、と手刀を打つと次々に気を失わせて行く。

 街中に突如として現れ、『照射光』を展開する魔術師を素手で瞬く間に殲滅した彼の姿は誰も捉えられなかった。

 男は姿を消しているワケではない。魔力反応が無いワケでもない。


 意識の隙間と視線の死角。


 場は戦場。敵に対して注意と視線が散漫になる故に気配を消してその領域を歩む・・彼に誰も気づかなかった。

 その“歩み”に至る者は世界でも片手で数える程しか居ない。彼はその最高峰の一人である。


「やれやれ。やっぱり、あの時殺しておくべきだったよ。世話が焼ける妹だ」


 ユキミは嘆息を吐きつつも微笑み、エルデンの元へ向かいつつ『エルフ』達を無力化して行く。






 『照射光』の停止。

 同胞の気配が無くなっていく街中。

 歩んでくるゼウスへ聖獣が向かうも、全てアランとゼウスによって迎撃され触れる事さえも叶わない。


「…………」


 エルデンの脳裏には、かつて捕らえていた『叡智ゼウス』が、連れ去らわれた3000年前の記憶が甦る。

 屋敷の前にゼウスは立ち、エルデンを見上げた。


「止まれ! ゼウス!」


 だが、エルデンはまだ負けたとは思っていなかった。傍らの同胞にサリアを抑え込ませると彼女の頭に拳銃を向ける。


「お前が救いに来た家族が死ぬことになるぞ!」


 これがお前の弱点だ。


「今も昔も貴方は何も変わらないのね、エルデン」

「変わる? 変わってなるものか! この世界が不安定だと知ったのなら! いずれ来る『限界』に対抗する為、ワシには『叡智』が必要なのだ!!」


 傍らの部下がゼウスとアランに対して一斉に矢を向ける。


「動くなゼウス! 隣の下等生物、貴様もだ! 家族を殺されたく無ければ……ここでお前が死ね!」

「エルデン、貴方は何も解っていない。貴方が思う以上に、“人の絆”は弱くない。だから、この世界は“完璧”じゃ無くなったの」


 その時、サリアを抑え込んでいた『エルフ』が倒れる。


「!? 何――」

「本当ニヨ。マヌケハ何千年経ッテモ、マヌケダナ」


 更にゼウスに弓を構えていた『エルフ』達もバタバタと倒れて痺れる様に痙攣する。


「ドウダイ? オレ様ガ調合シタ『叡智』印ノ麻痺毒ハ」


 吹き矢にてエルデンの背後から奇襲したゴーマは、ケケケ、と笑う。エルデンはその姿を見て今までで一番の怒りを露にした。


「貴様がぁぁ……全ての元凶だぁ!! 世界の塵がぁぁぁ!!!」


 エルデンは背後のゴーマへ銃口を向ける。すると、キン、とその銃身が断たれた。


「ナイスアシストダゼ。ローハン」

「がっ!? くっ……!」


 ゴーマはエルデンの座る車椅子を蹴って二階のテラスから叩き落とす。


「本当にさ。その老害の首じゃなくて良いの? ゴー爺」

「ゼウスニ任セトケ。オ前ラノ世代ガ片付ケル事ジャナイ」


 そう言いつつ、ゴーマはサリアの拘束も解いてやった。






「やぁ、アラン」

「やっぱ、お前も喚ばれたか」

「全員集合ミタイデスゼ、旦那方」


 ゼウスが落ちてきたエルデンへ歩み寄る最中、アラン、ユキミ、ゴーマは集合する。


「これが最後かもね」

「ああ。ようやくって所だな」

「世話ノ掛カル、妹ダゼ」


 三人は自分達との会話もせず、自力で立てないエルデンへ歩むゼウスへ視線を向ける。


「く……おのれ……」

「エルデン。貴方は多くの時間を生きて、『エルフ』の誰よりも多くの事を学んできたハズよ。なのに何故、世界を受け入れられないの?」


 上から見下ろす様に投げかけられるゼウスの言葉にエルデンは、


「世界が完全では無いと知っているからだ!」


 仇を見るような眼で叫んだ。


「お前達は気づいていて見ないフリをしている! 何故【創世の神秘】等と言うモノが存在しているのか! 知っているのがお前達だけだと思っているのか!?」

「……貴方は触れてしまったのね」

「触れた? 違う! 気づいた・・・・のだ! この世界の不完全さに! いずれ全てが“無”へと還る!! だと言うのに……お前達【創世の神秘】は何もしようとしない!! 各々の土地と居場所に胡座を掻き、怠惰に歳月を過ごしている!! だからワシがやるのだ! 誰も気づかないのならば……誰もやらないのならば! 気づいた者がやるしかない!」

「…………」


 ゼウスはエルデンに手を翳す。


「ワシを殺すか、ゼウス! それが『叡智』の答えならば……この世界が間違っていると言う証明になる!」

「違うわ、エルデン。貴方に『叡智』を見せてあげる。この世界が生まれてから今日まで記録し続けた世界の知識。貴方の信念が本物なら、この知識全てを見ても耐えられるハズよ」

「な…………」

「これが、貴方の求めた答え」


 ゼウスはエルデンへ『叡智』を垣間見せる――






【創生の土】世界は不完全だ。故に救われた。

【原始の木】私達はかつて一つだった……貴方は知っていたのですね。

【始まりの火】完全とは“停止”を意味すると言う事か。

【星の金属】“停止”は死を意味し“死”は滅び。だからヒトの可能性に賭けた。

【呼び水】結局は、おもしろおかしく生きる事が大切だと言うことだよね。


【????】ならば今一度……訊ねてみよう。この世界に――






「ぉあああ……」

「それが【創世の神秘】の正体。そして、この世界の真実よ」


 ゼウスがそう言うと同時にエルデンは膨大な『叡智』の情報に耐えきれず目や鼻や耳から血を流し、事切れた。

 静寂が場を包む。


「長……」

「おのれ! ゼウス・オリン!」

「絶対に奴らを生かして帰すな!!」


 その光景を見ていた『エルフ』達はゼウスへ殺気立つ。三体の『スコーピオン』と五匹の『ハーピー』が空と陸からゼウスを取り囲んだ。

 アラン、ユキミ、ゴーマはゼウスを護るように側へ寄り、遠巻きにローハンとサリアも成り行きを見守る。


わたくしの名前はゼウス・オリン!!」


 『エルフ』達が今にも攻撃を仕掛けようとした時、ゼウスは『音魔法』で街全体に聞こえる様に告げた。


「貴方達の指針であるエルデンは今、『叡智』を見て亡くなったわ! わたくしを殺す事は彼が居てこそ意味がある行動であるハズよ!!」


 ゼウスへ向けられた殺気が止まる。


「この名前の意味を忘れたのなら、再び宣言しましょうか? サリアの様な子を何度も送り込んで来るのなら……貴方達は二度と“知識”を得られないことになるわ!!」


 場は沈黙に包まれるも『エルフ』達はまだ迷っている様だった。


「それでも、エルデンの仇と言ってわたくしや家族を狙うのなら……この瞬間に一人残らず掛かってきなさい!! わたくし達が相手をするわ!!」


 アラン、ユキミ、ゴーマはゼウスの啖呵に笑って『エルフ』達へ視線を向ける。


 【原始の木】とその眷属三人。それは敵に回すにはあまりにも勝ちを見る事が出来ないモノだった。

 狩人長エグサエルデンを失った『エルフ』達に彼らと戦う程の士気を上げられる者は居ない。一人が武器を降ろすと次々に武器を降ろしていく。


「怪我人の手当てをしなさい! 聖獣は瓦礫を退かす手伝いをして! 生き埋めになっている同胞も助けるのよ!」


 自分達に振り向かず、前を向いてそう告げるゼウスを見てアラン、ユキミ、ゴーマは笑う。

 そして彼らは去るようにゼウスに背を向けると、その姿は霧の様に薄れて消え去った。






 一週間後。


「それでは“バレット”、サリアの件に関しての審問会を始めます」


 『エルフ』全ての部族長達はゼウスの希望により『エルフ』の総本山とも言える街『コーラル』にある大樹『ユグドラシル』の内部に招集され、本題であるサリアの処遇に関しての討議が始まった。


「サリア・バレット。貴女の要望は後身となる“バレット”の育成を放棄し、『エルフ』の所属から外れると言う事で宜しいでしょうか?」

「……はい」

「ふむ。その件は承認出来ないと言う事で我々は結論を出しています。『エルフ』にとって“バレット”は必要な存在です。もしも、我々の元より去るのであれば後身を用意する事が前提条件です」

「意義あり!」


 すると、傍聴席にただ一人座っていたゼウスが手を上げた。


「……どうぞ、ゼウス様。被告人の隣へ」


 ゼウスは、よいしょ、とサリアの隣に立つ。


わたくしが言いたいことは――」






「……改めて、あたしはとんでもない人を狙ったって気づいたわ……」

「そりゃ、いい収穫だったな」


 オレはサリアと共に『コーラル』にて買った物を『魔道車輪車』に積み込んでいた。

 ここでしか売ってない薬草とかがあるのでそれを中心に買い込む。経費はマスターの負担だ。


「……あの人はまだ話し合っているのかしら?」


 既に丸一日が経過し、マスターと部族長達はずっと会議室から出てこない。サリアは先に出るように言われて、逃げられない様に『コーラル』の敷地から出たら炸裂する首枷がつけられている。


「結果だけを後で聞けば良いさ」

「一つ聞いても良いかしら?」

「なんだ?」

「あの時、助けに来てくれた三人が居たじゃない? アレは誰?」


 情報では『星の探索者』は四人のハズだからな。


「あの三人はマスターの義兄だ。全員もう死んでる」

「……彼女は死人も喚べるの?」

「そこんとこはちょっと複雑でな」


 本来なら死者を喚ぶことなど出来ない。だが、ある条件を満たせば喚ぶことは可能だった。


「その人物を強く記憶している土地や人が居れば、その場でも実態を持って活動できる。それが最上位召喚魔法『死期回帰』だ」


 ソレは敵も味方も含めた強いイメージが必要となる為、自分だけが強く思っていても召喚は叶わない。


「今回、お前を助けに行った場所はマスターにとっても因縁のある土地だ。それに敵側にも当事者が居たからな。だから発動可能だったってことさ」

「……それじゃ、エルデンが死んだ事で」

「二度と喚べない。そもそも、今回の一件でマスターの過去は清算がついただろうしな」


 あの時、ゴー爺達はマスターとは殆んど話さずに消え、マスターはそれを振り返らなかった。それが何を意味するのか……オレにさえも解らない程に強く繋がった“絆”が、あの四人にはあるのだろう。


「……何から何まで、あたしは助けられてばかりね」


 しゅんと気落ちするサリア。すると、別口での買い物へ行っていたクロエとクロウが帰ってきた。


「ただいまです!」

「ここは薬草ばかりね。料理にもあまり調味料は使ってないみたい」


 露店などもあるが、肉料理なんかは本当にささやかで野菜料理ばかり売っている。


「おまたせ~」


 すると、ぐでぇ……と疲れた様子のマスターが現れた。そしてサリアを見て、


「サリア、貴女は自由よ。今後の動きに制限はされることなく、好きに生きられるわ」

「――本当に?」

「ええ。わたくしは長生きする分、嘘は言わないから」


 すると、サリアはマスターに抱き付いた。結果が出るまで本当に不安だったんだろうな。

 マスターも抱きしめ返し、よしよし、と手を優しく添える。そして、離れつつサリアの首枷を解除した。


「マスター、もう暫く滞在するのか?」

「いえ……もう、発ちましょう。エルデンは『エルフ』でも偉人に数えられる程の存在だったし、ここにいると落ち着かないわ」


 ある意味、オレらは英雄殺しなワケだしな。マスターはサリアから離れ、『魔道車輪車』へ歩き出した。その後にオレ達も続き――


「ん? おい、何やってんだ?」

「足が止まってるわよ?」

「早く行きましょう!」

「サリア、出発するわよー、乗りなさい」

「――――うん」


 全員で最後にサリアを迎え入れ、『魔道車輪車』はレールを作りゆっくりと車輪が動き出す。


「次は?」

「ガリアに会いに行くわ。ちょっと話したいこともあるから」

「じゃあ、アイスアイランドだな」

「出発しますよー!」

「北に行くのは、あたし初めてよ」


 『星の探索者』は新たな仲間――サリア・バレットを加えて次の冒険へと出発する。

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