第132話 ローハンVSヤマト

 常識外。

 『創世の神秘』を除いて、人の形をした怪物は何人も見てきた。その中でもオレが特に印象に残ってるヤバい奴らは――


 【キャプテン】クライブ。

 【審判官】ルシアン。

 【牙王】シルバーファング。


 このメンツとヤマトは同列と言っても良い。そうそう出会うモンじゃないし、敵対なんて考えるだけ無駄だ。

 しかし、どうしても戦う必要があるのなら――






 ヤマトが踏み込むと同時に斬撃が見舞われた。

 オレは可能な限りの防御姿勢を取った。剣を寝かし、振り下ろされる刀に合わせて刃を交える。にも関わらず――


「っ……どうなってんだ!?」


 切り傷が身体を走る。

 ヤマトから放たれる斬撃が防げない。防御を問答無用で切り捨てた上で刃を通しているのではなく、こちらの防御をすり抜けて来る。

 攻撃の“意”は感じないが速度はそれほど速くない。動体視力で対応できる範囲。なのに……防ぐ事が出来ないのだ。


「どれだけ暇なんだよ、テメーは!」


 技術は突き詰めると理解の概念を超えて、“不明”となる。

 ただの『摺り足』。ただの『剣撃』。剣を振る上で基本的な身体操作。なれど、ヤマトの動作は全て“不明”の領域だ。


「……何かやっているな?」


 ヤマトが疑問を口にする。奴は己の斬撃全てに『万物両断』を行使している。

 本来なら数手でオレは内臓をぶちまけているのだが服の加護が何とか切り傷・・・に抑えてくれているのだ。考えていた対ヤマト戦術が思った以上に作用しているようだ。


「それでも、お前は強すぎるんだよ!」


 半歩下がって距離を開ける。ヤマトは磁石のように間合いを維持したまま着いて来るが――


「――――」


 閃光。オレは下がりながら自身の肩口に『雷魔法』を一瞬だけ炸裂させてヤマトの眼を潰す。しかし、ヤマトは勘が働いたのか眼を閉じて追って来ていた。

 一瞬でこっちの手を察しやがった……だが――


「この数秒で攻守を変える」


 『音魔法』でヤマトの距離感を狂わせる。

 これでヤマトが眼を開けるまでオレの場所を数秒だけ誤認させ、こっちが先手を取る。






「…………」


 ヤマトは勘を働かせ、自ら眼を閉じる事でローハンの閃光から視界を保護。数秒間の暗転。それでも“気配”、“魔力感知”、“聴力”によって視覚情報と同レベルにローハンの位置を知覚していた。


 刀を袈裟懸けにローハンへ向けて振り下ろす。しかし、


「…………かすみか」


 確かに気配を捉えて振り抜いたが、刃は空を斬る。

 ヤマトに『闇魔法』は効かない。

 普段から他に対して深い感情を抱かない事によってストレスを感じ難い性格と、長年の鍛練で練り上げられた強靭な精神に加えて、本来持ち合わせる膨大な魔力は、いつの間にか『闇魔法』に対して完全な耐性を構築していた。


 故にローハンは『音魔法』にてあえて情報を与えた。周囲から声を放ち、自分の位置を誤認させる。

 ヤマト自身を干渉するのではなく、世界の情報を誤認させ『視覚』と『聴覚』を封じる。


「…………なるほど」


 ヤマトは眼を閉じたまま刀を切り返し、背後へ突きを見舞う。ナニかを掠める感触と空気の乱れや草鞋を通して足の裏から伝わる地面の振動――『触覚』でローハンの位置を再認識・・・した。


「――――」


 今の一閃でも臆すること無く殴り掛かってきたローハンの拳をヤマトは『反射』する。

 ぐっ……とローハンの苦悶が周囲に反響するが、位置は完全に捕捉した。


「そこか」


 刀を引いて構え直したヤマトはローハンへ踏み込む。

 彼は未だに視覚と聴覚を封じられたまま、『万物両断』にてローハンの胴を凪ぐ。






 マジでどうなってんだコイツ!?

 視覚と聴覚を封じたのに背後に回ったオレを見ているかの様にノータイムで的確に突きを放って来やがった!

 狙いは脇腹だったが幸いにも服の加護が働いて掠めるに留まる。そのまま虚を突いて、胸部に一発殴ってやったが――


「ぐっ……」


 普通に『反射』しやがった。あの……ヤマトさん? 見えてないし聞こえてないですよね? 今のはどうやって『反射』を合わせたんだよ!

 最早、存在事態が“不明”な奴だ。何から何までこっちの常識が通じない。


「そこか」


 ヤマトが踏み込んでくる。相変わらず眼を開けないのは、こっちが『閃光』を構えているのを察しているのか?


 その時、ゾクッとヤマトの刀から悪寒を感じる。


 オレは周囲に細かい塵や『粒子』を常に動かしてヤマトの剣を鈍らせていた。

 それは本当に気づかないレベルの僅かな誤差。しかし、その誤差が“原子の脆い部分”を断つ『万物両断』の刃筋をミクロン単位で狂わせているのだ。


 『流動粒子』はオレが考えた『万物両断』に対抗する搦め手の一つ。しかし、ヤマトは既に『粒子』の動くパターンを見切ったのか、次の一刀は『万物両断』が来ると悪寒が知らせたのだ。


 何故? どうして? なんで?

 などと言う、言葉や思考はコイツの前では全く無意味だ。こちらの全てをコイツは越えてくる。


「――――」


 『万物両断』。ヤマトからすれば日常の素振りの様に自然な一刀がオレの胴体を凪ぐ――






 気の遠くなる程の鍛練の末にヤマトが見つけた“世界の脆い部分を断つ刃”は、彼以外には習得も模倣も不可能だった。

 何故なら、誰もその領域に居ないからであり、そんな事ができると思っていないからである。

 しかし、そんな常識をヤマトは越えた。故に、彼の剣は“理から外れた刃”であるのだ。

 自他共にソレを疑う事はなかった。だからこそ――


「――――」


 己の刃が確かに斬れないナニかに止められ・・・・ている事実は眼を開けざる得なかった。

 遂に喚んだか。『霊剣ガラット』を――


 ヤマトは眼を開けると『万物両断』を受け止めていたのは――


「初めてか? 『万物両断』が素手に止められたのは」


 影のように黒く塗り潰されたローハンの腕。狙った胴体へ割り込んだ肘部で『万物両断』の刃は止まっていた。

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