第100話 最初のメンバー(100話記念外伝)

「ロー、本当に良かったの?」

「何が?」


 オレとマスターは帆を張って沖合に出る船から、離れていく陸地――ジパングを眺めつつそんな会話をしていた。


「アマテラスが折角、『宵宮』に貴方の席を用意してあげるって言ってたのに」


 【夜の太陽】“空亡そらなき”による『百鬼夜行』。

 ソレを【始まりの火】の眷属と言う名の化け物軍団と一緒に退けたオレにアマテラスは厚待遇の場所を『宵宮』に用意してくれると言った。しかし、


「違うんだよー、マスター。オレの求めてる安寧ってのは、あんな風に高貴な感じじゃ無くてさ。もっとこう……ふわふわした田舎で、のんびり魔物や村人と触れあうのが良いの!」


 『宵宮』に所属するなど、オレのイメージする安寧とはかけ離れてる。トイレに行くのも気を使う生活なんて嫌だね。


「今回は例外よ? 『百鬼夜行』なんて1000年に一回あれば多い方だから」

「その1000年に一回の今回は大当たりだったじゃんか……」


 【始まりの火】が奪われかけるなど、“空亡”も規格外のチートヤロウだった。オレとマスターが居なかったらジパング終わってたぞ。実際に『港城下』は一度、火の海に沈んだし。


「ローの想像する安寧って?」

「金銭的に余裕があって、ほどほどに魔物や人付き合いの中でのんびり四季を楽しむ! “ローハンさんが居ると安心するわ~”と言われるのが理想」


 そして、椅子に座って後任や教えを請いにくる若人を、ほっほっほ、と白ひげをいじりながら指導する老後を過ごすのがハッピーエンドだ!


「あら、そこにローの家族は居ないの?」

「オレの家族はマスターだけじゃん」


 ちなみにオレは産んだ両親なんてどこの誰かは知らない。ヴェルグ街に捨てられてた所をゴー爺が拾ったとの事。


「そうじゃなくて、今後生涯を一緒に過ごす相手の事よ」

「いや……別に良いよそんなの」


 魔法は遺伝する事も認知されており、下手に後世を残したら【オールデットワン】を引き継ぐ可能性も十分にあり得るのだ。


「あら? 大丈夫よ、ローは格好いいもの。自分に自信を持って」

「いや、そんな拳にぐって力を入れなくても……そう言う事じゃ――」

「でも、わたくしの方がモテるわね」

「ほ?」


 なんだぁ? 変な事を言い出したぞこのロリババァ。


「どこに言っても“ゼウスさん”“ゼウス先生”って頼りにされてるわ」


 むふー、と腰に手を当てて胸を張る年齢詐称幼女。

 やれやれ、ちょっと勘違いをされておられるなぁ、この叡智さんは。


「それは、モテるって言わないの。恩師に対する敬愛なの。ロリがモテる世界線じゃないの」

「百聞は一見に如かず。そこまで言うなら勝負しましょう」


 キランッ、とマスターは顎に手を当てて提案する。


「勝負?」

「帰航する『アルテミス』で、どっちが良い人をナンパ出来るのか」


 やれやれ。ここは一丁、解らせてやるかな。

 いくら“叡智”とは言え、知識ではどうにもならん事があるって事をな。






「ザックスよ~。良い女居ねぇ?」

「ローハン、オメー。ジパングから帰ってきて早々に何言ってんだ?」


 大都市『アルテミス』は、数多の商業組織が集まりに集まって出来た交易の街だ。

 大陸の南に位置しており巨大港も完備。

 都市の規模は大陸の一割を占める程に広大で、欲しいものは『アルテミス』に行けば手に入る、と唱われる程に世界各地からの物資や人手が集まる。


 オレは港に一番近い個人経営の酒場へ足を運んだ。

 そこの店主である中年の引退冒険者ザックスは情報屋の側面もある中々のガイである。


「俺としちゃ、ジパングの事を聞きてぇな。あっちの便は殆んど無くて、行ったきり帰る奴も殆んど居ないしよ」

「その話は後でしてやるよ。その前に女だ女! ハイスペックで性格も見てくれも良い女の情報をくれ!」

「クズ男全開の質問だな。それよりも【千年公】はどこ行った?」

「ナンパ」

「は?」


 オレはザックスに今回の経緯を説明する。


「ナンパねぇ。俺にはどう足掻いても【千年公】に釣られる奴が居るとは思えねぇんだが」

「釣られた奴は普通にヤベーだろ。私はロリコンですって公開証明する様なモンだぜ」

「なら、高スペックである必要は無いだろ? 適当に金握らせて話を合わせる女でも引っかけろよ」

「いや……今、思い付いた。マスターを敬愛する弟子とか教え子がニアミスしたら……間違いなくオレが負けるっ!」


 そう、マスターの教え子は誰も彼もが人格者でハイスペックなのだ。マスターの人柄が良いのか、教え上手なのか、その両方か……とにかく、世界有数の都市の一つでもある『アルテミス』でそんな人物と遭遇しない可能性は皆無に等しい! それどころか、あっちからマスターに接触してくる可能性すらある!


 あれ? オレ負ける? 幼女にナンパで? あれれ?


「ザックスっ! 頼む! 良い女紹介してくれ! ジパングの情報を無償で提供するからさ!」

「その情報の質によるなぁ」

「【始まりの火】の眷属についてはどうだ?」

「乗った」


 交渉成立。オレはザックスと固く握手した。






 『アルテミス』の中央広場ではクラン加入を促す演説が行われていた。

 クランの代表者は己の組織がいかに優れているかをアピールし、少しでも適した人材を求めて声を張り上げる。


「おい、あれ」

「嘘だろ? なんでここに?」

「本物か?」


 広場ではざわめきが起きていた。演説をする者も若干の緊張気味である。

 彼らの注意は一人の美女剣士に向けられていた。


 【水面剣士】クロエ・ヴォンガルフ。

 【牙王】の娘。第三次千年戦争での無傷警護。『剣王会』の一席を二つ所持する“二冠”。

 存在するだけで、どよめきが起こる程の知名度を持つクロエは実力もさる事ながら広場の誰よりも美麗で同性でも一目足を止める程だった。


 広場でのクラン演説を選別するように瞳を閉じて顎に手を当てて聞いているだけで絵になるレベルであり、誰しもがこう考える。

 【水面剣士】は『剣王会』を抜けて、どこか別のクランに入るのか? と――


「【水面剣士】」


 そのクロエへ話しかけたのは演説しているクランの一員だった。


「どこかのクランへの加入を検討しているのですか?」

「…………」

「それでしたら、我クランを是非とも頼りに! 貴女様の名声は――」

「そんなに気になる?」

「え?」

「目線が私の胸に向いてるわ。見えないと思ってる?」


 勧誘者に顔を向けずクロエは指摘する。

 クロエは盲目故に己のボディイメージを明確にするために身体のラインが出るような服を愛用している。その為、標準以上の乳房が目立つのは仕方なかった。

 それでも盲目で視線まで見えているハズはない。しかし、まるで見えている様な口ぶりに勧誘者は額に汗を流す。


「あ……そ、その、気が向いたら声をかけてください。ははは……」


 クロエの不快を思わせる返しから、斬られる雰囲気を感じた為、そう言ってそそくさと去って行った。

 その様子を見ていた他の面子は、怖ぇぇぇ……と見る事さえも命懸けだとクロエから目線を外す。


「おや? クロエじゃん!」

「ん? ミケさんですか?」


 少し低い位置からの声にクロエは反応する。やぁ、と手を上げてこちらへやってくるのは【大剣一席】ミケ・ライバックだった。


「相変わらず、おっぱい大っきいねぇ。また成長した?」

「自分ではよく分かりません。大きくなってますか?」

「前よりはねー。ミケにも、ちとくれ」

「あげられるモノならお譲りしたいです。私はミケさんが羨ましいですよ」


 贅沢な悩みだねー。

 大きくて良いことなんでありません。

 皮肉~。

 などと、笑い合う程に二人は仲が良かった。


「そんで、そっちは『アルテミス』に何用? シルバー爺さんのお使い? クロウは居ないじゃん、珍しー」


 ミケは『獣族』『猫』。小柄な体躯と同じくらいの大きさの大剣を自在に振るう『剣王会』でも指折りの強者だった。


「クロウと二人旅です。しかし、何もアテは無いのでどこかのクランに入ろうかと」

「? 『剣王会』じゃ駄目なん? 一応全国展開してるし、いくらでも支援を受けられるよん?」

「クロウが入れませんので」

「あー、それはしょうがないねー」


 『剣王会』は戦えるのなら手足が無くとも入ることは可能だ。しかし、十席より下は各部門の頭へ特定の功績を提示しなければ、脱退となる。

 武と己を研鑽する者だけが加入を認められるのだ。


「それにしてもシルバー爺さん、よく旅する許可を出したね。死ぬ程可愛がられてたじゃん」

「最初はファング様もついてくると言いまして」

「ヤベー」

「旅になりませんので断りました」

「英断っ!」


 【武神王】の一番弟子にして『剣王会』創設者のシルバー・ファングがそこらを出歩くだけで並みの者はバタバタと気を失うだろう。


「ま、保護者同伴は嫌だよねー」

「ファング様の厚意を断るのは心苦しかったですが」


 うんうん。クロエは良い子だよ、とミケはクロエの敬老精神に頷いた。


「あ、ミケさん。ここに居ましたか。そろそろ出発しますよ」

「もうそんな時間かー」


 ミケを呼びに来た『剣王会』の人間はクロエへ一礼する。


「護衛の仕事ですか?」

「んにゃ、帰るトコ。査定の件もあるし、早めにね」

「大変ですね」

「他人事じゃなくない?」

「私は旅をしている間、『水剣』と『盲剣』はファング様が見てくれるそうなので」

「えー、いいなぁ。ミケもこのまま旅に行こうかしらん」

「駄目ですよ、ミケさん! 『大剣』は二千人は居るんですから!」

「いつも50人になるようにふるい落とすのにー、なーんで増えるかねぇ」


 じゃーねー、とミケは去って行った。






 今、『アルテミス』には極上の美女が居るぜ、ローハン。間違いなく【千年公】に勝てるぞ。


 そう言うザックスから情報を受け取ったオレは広場へ足を運んでいた。


「【水面剣士】クロエ・ヴォンガルフ……か」


 情報では『剣王会』所属。

 【水剣一席】と【盲剣一席】の二冠。

 ボン、キュ、ボン、のモデル体型。

 シルバー・ファングの養娘。


 正直、コレは盛り過ぎだと思ったね。うん。だって、『剣王会』の“一席”って一握りの天才の中の更に天才が座る席なのだ。それを二つも取って数年維持してるってどんな化物だよ!

 しかも、【牙王】シルバー・ファングの義娘ってのがトドメだ。

 【牙王】は過去の『天下陣』でユキミ先輩とガチで戦りあった猛者であり、その力は次の【武神王】に最も近いと言われているヤベー爺さんなのだ。


「確かに……【水面剣士】を説得出来ればオレの勝ちは揺るぎ無い……か」


 なんだか命懸けになってきたな。

 別にそこらの娼婦に金を握らせても良いのだが、それじゃ駄目だ。あの叡智にはオレが解らせねばならぬ……


「えっと……【水面剣士】はここ数日、広場に顔を出してるか」


 人の往来が絶えず行われる広場へ到着。おー、クランの勧誘が結構盛んだな。えっと、【水面剣士】は――


「あれか」


 演説を聞く女を発見。うわ、スッゲー美女。締まる所は締まって出る所は出てる様を強調する様な服を着てるのも悪いぜ、こりゃ。

 普通に綺麗じゃん。しかし、彼女がそう見えるのは恐らく姿勢の良さだ。

 安定する体幹は常に高いパフォーマンス保つ為に鍛えられたのだろう。大半の剣士は二本は剣を持つのだが、彼女は腰に一本しか剣を持っていない。これは相当な実力者である現れだ。

 ちなみにオレも剣は一本しか持ってないが、剣士としては本職じゃないのでカモフラージュの側面もある。


「あのー、すみませーん」

「何か?」


 こちらを向かずに声だけが返ってくる。声も綺麗だな。






 話しかけてくる者の心情はとても解りやすい。声に感情が乗り、こちらに対する感情が解るからだ。

 人の出す音は唯一無二。ソレを選別し、自分に害を成すかどうかを判断する。


「あのー、すみませーん」


 視線を感じた。そして、話しかけてくるだろうと思っていると案の定だ。


「何か?」


 男声に淡白に返す。大概はソレで怯み、次の言葉で心情が現れる。


「【水面剣士】さんですよね?」

「ええ」


 声から二十代半ば。身長は私よりも少し高い。体躯は大柄ではなく一般的で、ある程度の筋肉質だが、鍛えてる感じではない。

 立ち振舞いも戦士としては隙だらけ。だが、それらは擬態であると感じ取れた。


「実は、ちょーっと協力して欲しい事がありまして。話だけでも聞いて貰えません?」


 声質に“偽り”の音が混ざる。この手の相手は話せば話すだけ時間の無駄になる場合が多い。


「私は今、忙しいから。他を当たってくれる?」

「うっ……あ、その……話だけでも」

「お断りするわ」


 一旦広場を離れよう。クロウと合流してお昼ご飯でも食べに――


「あ、いや! ちょっと待って!」


 食い下がる男声。問答も面倒なので一度剣を抜こうと振り返ると、


「あっ……」


 思ったより男は近くまで寄っていたのか、私を掴まえようとした手が胸を掴んだ。






 いやいや、そうはならんだろ。って現象が今起こりましたよ、ハイ。

 やっぱり、噂通り眼は見えてなかったかー。だってさ、見えてるなら対人との距離感は十分に取れるハズだし、こんなラッキーパイ捕獲が出来るハズがない。


「つまりね、これは事故ですよ」

「……」

「オレも距離感を間違ったのは悪いと思ってる。ごめん」

「……」

「色んな人から同じ様に声をかけられてうんざりしてるのは何となくわかる」

「……」

「でも、こっちの事情にもほんの少しだけ耳を傾けて欲しいんだ」

「……」

「つまり、何が言いたいかと言うと――」

「私の胸から手を離してから話してくれる?」

「あ……すみません……」


 何も言わないから良いのカナーってずっとおっぱい掴んでた。なんかさ、離すタイミングが取れねぇのな。


「それで?」

「ん?」

「貴方の言いたい事は?」


 おや? 怒ってる様子は無さそうだ。しかし、恥ずかしがってる様子もなく淡々としている。今なら行けるか?


「正直に言うと、君をナンパしてる。食事にでも行かなーい? あ、お連れさんがいるなら一緒にどう? 全部オレが奢るよ」


 往来でパイタッチを許容してくれたのだ。恐らくオレのイケメンムーヴが彼女の心にクリーンヒットしているのだろう。

 悪いな、マスター。オレの勝ち。ナンパ勝負はオレの勝ちっ!


「終わりかしら? じゃ、死んで」

「え?」


 とても良い笑顔で【水面剣士】はそう言うと剣を鞘から抜いた。

 あれ? オレの勝ちじゃ……ない?






 『警戒発令』。

 それは大都市『アルテミス』において、大きな損失が出る可能性が検知された場合に各々で防衛手段を取る事を知らせるモノだった。

 『アルテミス』全体を管理する治安組織は無い。故に警告を出して後は自己責任だった。

 都市の各所に設置されている魔道具から、うーうー、と発令を知らせる音が鳴ると、次に音声による忠告が流れる。


『皆さん、聞いてくだーい。『アルテミス』地域管理部の者でーす。【水面剣士】が剣を抜きましたー。港区にて商業を展開している者達は速やかに私財の保護か避難をお願いします。あ、今、【水面剣士】は食品区へ移動してまーす。食品区の方々は――』


 【水面剣士】が剣を抜いた?

 どんな命知らずだよ。

 弟でも侮辱したのか?

 なんによせ――


 死んだわ、ソイツ。


 と、放送を聞いていた『剣王会』の面子は皆そう思った。






 やっべぇぇ! 本気だ! あの女! 本気で――


「おっぱい一つで殺しにくんなよ!」

「大した事じゃないわ。世界の塵が一つ消えるだけよ」


 オレを殺しに来てやがる! 走って逃げるオレを綺麗な顔で微笑みながら追いかけ来やがってよ! 軽いホラーだぜ!


「てか、お前見えてるだろ!?」

「それなら尚の事、貴方は逃げられないわ」


 細々とした障害物を道に散らばらせたり、人の間をすり抜けてオレは撒く様に逃げるが、クロエの奴はそれら全てを、最適、最短でかわして追いかけてくる。


 その走り方も相当に効率が良く、速度を出せる動きだ。

 恐らく、クロエの奴は自分のボディイメージをほぼ完璧に把握してる。故に自分の身体を自分のイメージ通り・・・・・・に動かせるのだ。


「って、分析してる場合じゃねぇ!」


 背後から刺さる殺意でわかる。オレを確実に殺す気だ! 死因が、おっぱいを触った事による死、なんて恥ずかしすぎて来世に転生できねぇ!


「どうにかして撒――」


 その時、上空に影がかかり、ハッ! としてオレは横へ転がる様に回避。元居た場所に土色の大剣が叩きつけられた。


「お、避けた」

「なんじゃお前は!?」

「ミケ」


 小柄な身体と同じくらいの土色の大剣を肩に担いで『猫』の女はオレを見下ろす。って!


「おい! なんで“グラム”がここにあるんだよ!」

「およ? 君、アスちんと知り合い?」


 オレはミケと名乗る『猫』の女の持つ土色の大剣を見て声を上げた。

 『地剣グラム』。

 『七界剣』の一つで【魔王】アンラ・アスラが所持する武器の一つだ。


「グラムはアスラが畑を耕す道具に使ってるハズだろ!?」


 アイツが負けるとは考えられないし、手放す事も到底考えられ――


「アスちんさ、新しい作物の種欲しがってたから、ゴーヤの種とチェンジしたんだよねん」


 あの火玉ヤロウ! ゴーヤの種=『七界剣』とか価値観バグってやがる!


「ミケさん、ありがとうございます」


 やべ、追い付かれたっ! 逃げ――


「まぁ、待ちなって」


 ミケが『地剣グラム』の切っ先を地面に突き刺すとオレの足下が流砂の様に沈み、拘束されてしまった! くっそ! 『七界剣』は相変わらずクソチートだぜ!


「警報が鳴ったから様子を見に来たけど殺す事ある? クロエ」

「胸を触られました」

「軽く当たった程度でしょん?」

「掴まれました。その後、五秒ほど鷲掴みです」

「んー、死刑!」

「ちょっ!」


 あー、そりゃ駄目だわ。

 命知らずめ。あ、命はもう消えるか。

 【水面剣士】の胸を掴むとか、最後に良い思いしたなー。


 などと、ギャラリー達も止める様子は無い。誰か【千年公】呼んできてぇぇ!!


「クロエ、一撃でね。苦しませると可哀想だから」

「痛ぶる趣味はありません」


 シュキン……とクロエの持つ剣が音を立てる。

 え? 嘘? マジ? ここで死亡? ローハン・ハインラッドの生涯はここで幕を閉じるの?


「それでは――」


 ヒュッと風を切る剣筋がオレの首を凪――


「姉ちゃん! ストップ!」


 ピタッと首に切れ込みを入れた所で剣は止まった。ひ、ひぃぃぃ~


「クロウ」


 クロエは野次馬の中から現れた少年へ意識を向ける。


「ふふ、ロー、ふふふ。一体、何をしているの? ふふ」


 そして、オレの痴態を見て、マスターがその隣でツボに入ったように笑っていた。






「クロエ・ヴォンガルフです」

「ゼウス・オリンよ」

「クロウ・ヴォンガルフです!」

「……ローハン・ハインラッドです……」


 その後、オレ達は昼食の席を四人で囲んでいた。マスターの隣にはクロウが座り、オレの隣にクロエが座っている。明らかにオレを逃がさない構えだ。

 ちなみにミケは、バイビー、と去って行った。


「【千年公】。貴方の話は【武神王】やファング様よりお聞きになっています」

「そう。二人とも元気?」

「はい。【千年公】、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何かしら?」

「こちらの塵――いえ、お連れ様はどの様なご関係で?」

「…………」

「彼はわたくしの息子よ。貴女とファングの関係と同じね」

「……息子ですか?」


 クロエの意識……と言うか、嘘だろお前? みたいな気配が凄い刺さる。


「て事は! ローハンさんってゼウス先生とずっと一緒だったんですか!?」

「世界中を旅しながら教養を与えたわ。ね? ロー」

「おかげさんでグローバルに育ちましたよ」

「じゃあ、ローハンさんも見たんですが!?」

「何を?」


 クロウは眼を輝かせて告げる。


「燃える水! 鏡の大地! 雷の降り続ける海域! 荒れ地の【魔王】! 極東の『百鬼夜行』!」

「あー、そうだな。大概はトラブルがついて回ったけど、もう驚くモノは無いってくらいに色んなモノを見てきたよ」

「どう? クロウ。本当でしょう?」

「はい!」


 どうやらマスターはクロウをナンパしてきた様だ。まぁなんとも純粋な眼差しを作る少年だこと。その反応は見ていて気分が良くなる。


「決めた。姉ちゃん、僕『星の探索者』に入る!」

「『星の探索者』? それは何?」

わたくしとローのクランよ」


 クロエがオレに顔を向ける。言いたい事はわかるが、入るのを決めたのはオレじゃねぇ!


「【千年公】、『星の探索者』の規模はどれくらいですか?」

「二人ね」

「え?」

わたくしとローの二人だけよ。立ち上げたばかりなの」

「…………」


 だから、オレに顔を向けるなっ!


「クロウ、支援態勢の整ってないクランでは貴方は――」

「姉ちゃん、僕は世界を見てみたい。この足じゃ、どこまで行けるかわからないけど……それでも誰も見たことのないモノを見て見たいんだ」

「クロウ、それは一つ間違ってるぜ」


 オレはクロウの勘違いを指摘する。


「オレとマスターが要るんだ。どこまでもお前を連れて行ってやるよ」

「――よろしくお願いします!」


 クロウの元気な様子はこちらも元気を貰える。身体に問題がある様だが、そんなモノはオレとマスターが居ればいくらでもカバー出来るだろう。


「だから、姉ちゃん。僕は――」

「私も加入します」

「あら」

「げっ……」


 クロウの決断にクロエも加入を宣言した。


「姉ちゃん、ホント!?」

「私は貴方から離れないわ、クロウ」


 クロウへは微笑んでいるが、オレからすれば、オレを仕留める為に加入するのだと思わざるえない。


「あら、それはちょっと困ったわね」


 すると、マスターが困った仕草で告げる。


「『星の探索者』は出来たばかりのクランだから、他のクランとの掛け持ちは管理が混乱するから避けて欲しいの」


 マスターの言葉にオレは便乗する。


「そ、そうだぜ、クロエさんよ! 『剣王会』で“二冠”なんだろ!? 折角手に入れた立場を捨てるなんて勿体ない! 努力して手に入れたんなら尚更だ! 『剣王会』を脱退するなんて、シルバー・ファングも望まないハズだぜ!」

「『剣王会』は辞めます」


 即答っ!


「良いの? ローの言う通り貴女の立場は簡単に手に入るモノじゃないのよ?」

「私の居場所は『剣王会』ではなく、家族の隣ですから」


 優しい声色は姉が弟の事を誰よりも大切にしている事が伝わってきた。


「そう。ローは?」

「……オレはマスターの指示に従うよ」

「と、言うことでこれからよろしくね、クロエ、クロウ」

「はい!」

「よろしくお願いします」


 そして、クロエはオレへも改めて告げる。


「よろしく、ローハン」

「……よろしくな」


 オレに対する笑顔の殺気を隠せよ……

 そんなオレとクロエを見てマスターが、ふふ、と笑う声が聞こえた。


「ロー、ナンパ勝負はわたくしの勝ちね」(キランッ)

「もうそれで、いいよ……」






「いやー、駄目だなお前んトコ。クロエちゃんとクロウが居ないと来る価値ねぇわ、ファング」

「だったら来なけりゃ良いだろ。クルカント」

「落ち込んでるお前を見に来たんだが、いつも通りでつまんねぇ」

「じゃあ帰れ」

「ファング様。速達通知です。席の上位者が『剣王会』を脱退すると」

「あらら。もう、力の研鑽はモテない時代か」

「そう言うな。各々の事情もある。新たな道を見つけたのならそちらを祝福してやるべきだ」

「お前も変わったね。昔は“弱者に生きる価値無し”とか低い声で言ってたのによ」

「…………」(バタン)

「!? どうしたファング!? 通知を見た瞬間、魂が抜けたみたいに色が消えて倒れやがって!」

「ク、クロエが……ク、ク、クロエが……『剣王会』を抜、抜ける……と」

「うぉ!? マジか!? 二代目【武神王】以外でお前が前のめりで倒れるのは初めて見たぞ!」


 医者ドクターァ! とクルカントはファングに肩を貸すと医療区画へ連れて行った。

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