第165話 『ニーノの大公演』

「…………」


 深海に住まう『海獣』たちはその『音魔法』を聞いて、争いを止め、眠りから覚め、食事の手を止めた。

 そして、全てが『海底迷宮』へ視線を向けると一斉にそちらへ向かって泳ぎ出す。


 帰ってきた。

 私たちの海を救った“英傑”アーサーが。

 さぁ、皆……彼女に会いに行こう!


 この瞬間だけは、海のあらゆる生物が彼女を求めた――――






「おい、ウェーブ……起きろ」

「……くっ……んだぁ……」


 タルクとセレンは意識を取り戻すと『海底迷宮』を進み、倒れているウェーブを見つけた。

 ウェーブはその声に意識を取り戻すと額に手を当てながら上体を起こす。


「寝てる場合じゃねぇぞ。この『音楽』をスタイリッシュに聞いて見ろ」


 周囲から聞こえてくる音楽にウェーブは意識を覚醒させつつ耳に入れる。

 それは、子供の頃に五人で観た――


「――――おい。これって」

「そうさ! 俺たちの“夢”がスタイリッシュに帰ってきたんだ!」

「――――」


 海壁がまるで意思を持つかのように空間を広げる様を、セレンは見上げながら子供のように微笑んでいた。すると、


「ハワイ?」


 海水が集まり、天上へ作られる舞台にハワイとアーサー・ペルギウスの姿を観た。






 『ニーノの大公演トリックショー


 その魔法の発動に必要な魔力は『音魔法』と『水魔法』のみ。しかし、必要値は桁違いに膨大である事からも発動には困難を極める。しかし、一度発動してしまえばもう終わり。

 何がって? この魔法は一定時間、範囲を広めながら、敵も、味方も、獣も、魚も、植物も、果ては地形さえも全て巻き込む“公演”となるからだ。

 主演は……オレが生涯を通して一番苦手な女だ。


「僕らだけじゃない。ここら一帯を僕の“オールナイトショー”に招待しよう!!」

「俺の物ぉぉぉ!!」


 周囲を流れる軽快な音楽を気にも止めず、ハワイが突進してくる。

 すると、周囲の海壁が全て形を崩すとハワイを巻き込むように巻き上げ、整った舞台へ降ろす。


~『第一節 暴徒の制圧』~


「あれ?」

『え?』

「……こっちも巻き込みやがった……」


 オレらはいつの間にか衛士の姿で剣を持っていた。(リースに関してはちっこいサイズの衛士帽のみ)

 目の前には未だに暴走するハワイが立っている。


「うわっ!?」


 カイルは防衛本能から咄嗟に剣を構えるが、前に立つニーノがソレを制する様に手をかざす。


「待ちたまえ、勇敢なる衛士諸君。君らが剣を振るまでもない」


 ニーノが手をかざし、前に出るとその手に持つ『水剣メルキリウス』をハワイに向ける。


「『シーアーサーブレード』ォォォォ!!」

「ハッ!」


 入れ違うような一閃にハワイは、うぐぅぅ、と唸る。まだ暴走状態が解けねぇな。

 ニーノの一閃を耐え抜く耐久力はマッチョならでは。ぐるりと振り返り、血走った眼で『水剣メルキリウス』を見る。


「俺の物っ!!」


 そして『音界波動』を乗せた拳を突き出した。


「ふむ」


 ニーノは姿勢を起こしつつシルクハットの鍔を握りながら受ける。いや……受けてない。水面が揺れるように姿が消えると、別の場所に現れた。


「ハハ。こっちこっち」

「俺の物ぉぉぉ!!」


 うぇ……ハワイの奴、『音界波動』を連打で飛ばして来やがった。狙いはニーノの腰にある『水剣メルキリウスシーアーサーブレード』。無論、そんなモノは――


「そうら!」


 ニーノがシルクハットを振るうと全てが霧散して消えた。


「すげー!」

『わぁ!』

「…………」


 カイルとリースは羨望の様子でニーノを見る。ネタを知ってるオレとしては相変わらず、他人を引き立て役にするのが上手い女だと感じている。


 いつの間にかオレたちの服装は水着に戻っており乗っている海水で作られた舞台は『海底迷宮』の遥か上部へ。音楽も良い感じにノリが良いパートに入ってきた。


「【暴君】ポセイドンの霊魂よ! 後世に憑依するとはなんたる暴挙だ! この僕がソレを見過ごすと思っていたのかい!」


 捕捉するとハワイに【暴走】ポセイドンとやらが憑依してワケではない。単に夢を追いかける気持ちが暴走してるだけだ。


「グ……ググ……オ……俺ハ……」


 お、ハワイの暴走状態が少し揺らいでる。


「さぁ、内なる君。【暴君】ポセイドンと違って君は一人じゃない。大切な――」

「うおぁ!?」

「スタイリッシュッ!」

「キャッ!? ちょっと! なになに!?」

「仲間が居るだろう?」


 そう言ってニーノが拾い上げてきたのは、ウェーブと、カイルのぶっ飛ばした『海人』と『人魚』の二人だった。


「さぁ、君たち! 君たちの友が【暴君】ポセイドンの魂と戦っている! 声をかけてくれ!」


 ニーノは三人に手をかざす。ノリが良さそうなのは、スタイリッシュって口ずさんでるヤツだけだが……


「あー、ハワイ。お前、暴走すんなよ。その度に止めるの俺だぞ?」

「勝手に私たちの所から離れておいて、自分はバカやってんじゃないわよ」

「ハワイ! 今のお前はスタイリッシュじゃねぇぜ!」

 

 意外にも全員ノリが良い。なんと言うか……素直な感じである。ニーノは、うん、と頷いて再びハワイを見る。


「未来の英傑の身体を得れば僕に勝てると思ったか! そんなモノは何も意味はない! 【暴君】ポセイドンよ! 君は僕に負けた! そして、君が割り込める隙間はこの世界にはない! あるべき場所へ帰るんだ!」

「う……うぉぉぉ!! 俺は!」


 ボシュゥゥゥ!! と煙の演出が入る。どうだ? やったか!? 正気に戻ったか!? 


 少しずつ晴れていく煙の中に佇むハワイは憑き物が落ちたかの様な雰囲気だった。

 そして、スゥ……と目を開け、


「――ありがとう。皆のおかげで……戻ってこれた」

「よぉし! 公演終りっ! はい! 終了! 皆! 解散! 解散!」


 パンパン! とオレは回りの音楽にも負けない音で手を叩く。しかし、


「おやおや。不躾だよ、ローハン。カーテンコールはまだまだ先さ!!」

「くそぅ……!」


 ニーノが『水剣メルキリウス』の切っ先を天に翳すと、海中から海面へ続く大穴が空き、足場が地上へ向かってせせり上がる。


「英傑たちよ! ショーはまだ始まったばかりだ!」


 駄目だ……止めらんねぇ……

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