第87話 神は時に残酷だ

『下したぁぁぁぁ!! 【水面剣士】、【氷剣二席】を無傷で瞬殺! 何があったのか実況席では不明でしたが、やはり元二冠は伊達ではないぃぃ!!』


 実況が沸き立つ。

 クァンに賭けていた奴らは、くっそー! とモニターの前で頭を抱えていた。


「まぁ、そうなるわな」


 クロエはクァンの行動を全て読んでいた。相変わらずタイマンにはめっぽう強い女だ。前よりも『音魔法』の質が上がってる。


「アレで『二席』か。『剣王会』も実力はピン切りみたいだな」


 スサノオがクァンの技量を見てつまらなそうに呟いた。

 クロエは初手から『音魔法』を発動し続けていた。それは聴力では捉えられない“質”の超音波であり、少しずつクァンの三半規管を刺激していたのだ。


 そして横から不自然に覆う様に波を持ち上げる水操を行い、間合いを変える事を嫌ったクァンがソレを凍らせる事も読んでいただろう。

 それによって壁が出来ると“超音波”による刺激は加速し一定の負荷を越えたクァンの平衡感覚は狂わされたのだ。


「本当に【水面剣士】は眼が見えていないのか?」


 レクス少佐の疑問は最もである。高速で襲いかかる『ゼロ・シール』をまるで見えているかの様にかわす動きを見れば誰だってそう思うだろう。


「クロエの耳はあらゆる“行動音”を鮮明する。多分、オレらよりも“見えてる”と思うぜ」


 雑踏にいてもクロエは音を的確に聞き分ける。

 骨の摩れる音、心臓の速さ、筋肉が躍動する音、足が起こす擦り音、服の摩擦音、呼吸――他にもあるそうだが、クロエからすれば人は常に“音”を鳴らしているらしい。


 それらの“行動音”から、クロエは相手の動きを先読みする。故にアイツに嘘は通じない。賭け引きも強いんだよなぁ。

 唯一の弱点……と言うよりも不便なのは文字の読み書きが出来ない事だ。何が書いてあるのか解らない為、買い物などは必ず付き添いが必要である。(服は一人で着れる。ただし、自身のボディイメージを損う為、ヒラヒラな物は好まない)


「つまり……クァンの“行動音”から武器の形状とリーチも割り出したと?」

「オレも詳しくは解らねぇが……クロエ曰く、体格と構えが解れば自ずと武器の種類と長さも解るんだと」


 この辺りは魔法ではなくクロエの培った技量だ。彼女は今現在でも“行動音”による周辺把握の鍛錬は続けている。

 【牙王】シルバー・ファングはクロエを溺愛しているが、それ故に中途半端な事は教えない。

 徹底的に鍛え上げられたクロエの『音魔法』は気が狂うほどの研鑽をし続けた結果だ。クロエは天才と揶揄される事も多いが、それ以上に泥臭い鍛練を続ける“努力”も怠らない心構えもある。


 それで成り立つアイツの“強さ”を、己の特性だけで成り上がったヤツに易々と越えられるハズはない。


「『二席』相手に手加減で圧倒するレベル……か」


 レクス少佐は気づいてるな。戦闘不能にするなら狙いにくい手首の『ライフリング』よりもクァンの首を落とす方が確実で簡単だ。


「一応は『剣王会』の【氷剣二席】だからな。気を使ったんだろ」


 この敗北に立ち直れるかは【氷剣二席】クンの資質が問われるだろう。オレなら引退するね。


「で、どうよ? レクス少佐。あんたのトコのソーナちゃんはクロエに勝算はあるか?」

「確かに【水面剣士】の実力は我々の陣営でも相手が出来るのは大佐くらいだろう。しかし、“強い”からと言って“死なぬ”ワケではない」


 レクス少佐は分割で孤島各地の状況が映るモニターを見た。


「ソーナは格上にも届き得る“牙”を持っている」

「そいつは、お手並み拝見だな」






 参ったぜ……オイ。

 俺は『バトルロワイヤル』の参加者だ。戦闘力は1500って判断されてオッズもそこそこ。中堅の冒険者なんだけどよ、新しいルールの『バトルロワイヤル』なら新たに華を咲かせられると思っていた。

 そんな中、俺のライバルが『バトルロワイヤル』に参加した。普段から何かと張り合ってくるヤツだ。

 俺達はリスクヘッジな生き方をして、可能な限り安全に稼ぎたい口の凡人さ。

 故にライバルとの決着はある意味、人生の起点。どちらが上なのかを世界の隅でささやかに決めるとするぜ!

 と、思ってヤツと戦っていたんだが、なんと横から【銀剣】が突っかかって来た。


 【銀剣】カイル・ベルウッド。

 あの【千年公】のクラン『星の探索者』に所属する『人族』の少女。何かとアホの子であると情報通の間では認識されているが、その実力は端から見ても相当なモノだ。


 うん。まぁ実際に戦えば経験のある俺の方が強いし? と、酒を呷りながら若手の冒険者の成長を肴にするのも凡人の嗜みよ。


 『星の探索者』は女の容姿レベルが総じて高い。

 【水面剣士】は当然ながら、不老ロリの【千年公】に美麗『エルフ』の【魔弾】に、新たにプラスされたのが健康少女の【銀剣】。

 『星の探索者』には密かなファンクラブは存在するものの(【千年公】は知ってるらしい)神出鬼没なクランな事もあって、その姿を撮影するのは難しい。しかし撮ったらファンクラブでは高く買い取ってくれる。良いお小遣い稼ぎに利用させてもらってる。

 俺の推しは【水面剣士】。


 特に【千年公】の写真は『エンジェル教団』でも一定層に需要があるので買い取りが安定している。最近は【水面剣士】の裸コートの写真が高額だったな。俺もあの時、場に居たんだがカメラを持ってなかった。惜しい事をしたぜ。


 話を戻そう。俺は割り込んできた【銀剣】をライバルと迎え打ったんだ。流石に腕が立つと言っても二対一。そして、俺らにはライバル故の謎連携もある。

 【銀剣】を倒して名実をワンランク上げようと思ったのだが普通に負けた。二人がかりで。しかし、『ライフリング』は無事なので退場にはなってない。


 隙を伺って離脱か奇襲をしようかと考えていたが、【銀剣】の気持ち良い程の笑顔に思わず戦意が削がれる。それに年齢のワリには立派に目立つソレを戦闘不能なフリをして眺めるのも一興だ。


 俺は【水面剣士】のファンだったが【銀剣】も中々の逸材だと解らされたぜ……帰ったらブロマイド買おっと。


 すると『ギリス』の兵士が現れた。見た目年齢的には【銀剣】と同じくらい。どうやら二人は因縁がある様なのだが……


「…………」


 神は時に残酷だ。

 何故、全ての女児に平等なモノを与えないのか。そして、何故この二人を出会わせてしまったのか。並ぶとその差は誰がどう見ても圧倒的な――


「おい、コラ。さっさと退場しないなら、その手首ごと『ライフリング』を踏み砕くわよ」

「…………」


 やれやれ貧乳は短気で困るぜ。ちょっと視線を向けただけで本気の殺気を飛ばして来やがってよ。思わず腰が抜けちまったよ。やれやれ。退場っと。

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