第86話 ファングの爺さん本気かよ……
それは“静か”だった。
寄せては引く“さざ波”と、遠くから聞こえる“戦闘音”は『海岸』でも聞こえる。端から見れば無音では無いが、クロエとクァンにとっては何も聞こえていないも同じだった。
「…………」
並みならぬ技量を持つ達人が向かい合う。
半身で“冷気の刺剣”『ゼロ・シール』を構えるクァンは、未だに剣を抜かずに立つクロエに対して慎重になっていた。
クロエ・ヴォンガルフの『剣王会』での席は【水剣】と【盲剣】の一席。そこから推測するに『水魔法』と『音魔法』の扱いに長けると解る。
ならば、こちらの『氷の魔法』と『ゼロ・シール』の相性は良いハズだ。
波打ち際で水源の確保は容易だが全てを凍らせれば逆にこちらが優位を取れる。動きながらフィールドを作り……眼の見えない彼女の周囲認識を狂わせて『ライフリング』を破壊する!
「とか、考えてんだろうな。【氷剣二席】の色男は」
モニターを見ながらオレは色男がどの様に考えているのかを、あっさり先読み出来た。
『氷結族』は『氷魔法』以外への適正が極端に少ない。それ以外を覚えても『アイスアイランド』では役に立たない事も起因だ。
『氷魔法』でのし上がったヤツが、クロエ相手に他の中途半端な魔法で隙を晒すくらいなら極めた『魔法』で相手をするのが最良だわな。
「けど、感じねぇな」
『氷魔法』しか無いって言うのなら、ソレを血反吐吐くまで極めたと言う雰囲気が。
つまる所、クァンがセオリーから外れる様子は感じられないのである。
それよりも、
「ファングの爺さん本気かよ……」
『剣王会』がオレの首を狙っているなど初めて聞いた。やべぇぞコレ……村に帰る前にクロエを連れて『ターミナル』に行って爺さんを説得しないと安寧がぶっ壊れる!
くそっ! どんどん面倒事が発覚して行きやがるぜ……
そんな事に頭を抱えているとクァンが踏み込んだ。
クァンの放つ『ゼロ・シール』は防御が出来ない。
冷気で造られた『ゼロ・シール』に貫かれた箇所は瞬時に凍りつき、そこから侵食するように“凍結”が広がる。
故にコレがクァンにとっての最適解。
半身によって相手からの攻撃力面積を減らし、切っ先を相手の目線に合わせる事で距離感を狂わせる。
回避と攻撃を同時に行う戦闘スタイルこそ、【氷剣二席】を確立させたクァンの剣術だった。
ヒュッ、と僅かに空気が動く音だけが攻撃の情報。突き出される『ゼロ・シール』をクロエは身体を傾けて避ける。
初手を緩い手にしてあえて避けさせる。そして、次からは速度を上げ俺の
――――ィィィ――
一刺、二刺、三刺、四刺――
クァンの『ゼロ・シール』は瞬きする間も無く雨のように襲いかかるも、クロエは最小限の動きで避け続ける。
……本当に盲目なのか? こちらの
―――ィィィィィイイイ
しかし、クァンにとっては避けられる事も想定内。動く事に発生する『ゼロ・シール』の凍気は周囲を少しずつ凍らせる。
眼の見えないクロエにとっては戦いの最中に内に違う環境へ変わる様子を認識する事は出来ず、いずれ隙が生まれる。
凍りついた砂は踏み心地を変え、刺突の直撃は避けつつも間近で受ける冷気は身体の機能を知らぬ内に鈍らせる。
五刺、六刺、七刺、ハ刺、九刺――
クロエは避け続ける。その都度、周囲は冷気による環境の変化が起き、クロエの身体にも霜が生まれる。
そして――
「――――」
刺突に伸びきったタイミングでさざ波が不自然に横から覆い被さる様に襲いかかってきた。
クロエの『水魔法』によって操られたのだろう。濡れれば『水刃』にてやられかねない。
だがソレはクァンにとっては想定内。同時にクロエの“詰み”を確信する。
「この程度ですか?」
――ィィィィィィィィィィ
『ゼロ・シール』から発生する冷気で波を瞬時に凍らせると、『水魔法』の操作で僅かに間が生まれたクロエへ刺突を見舞う。
完璧に捉えた――
「最後まで気づかなかったのね」
その時、クァンの視界がブレると更に平衡感覚が失われ、踏み込みと切っ先が定まらなくなった。
その最大の隙をクロエは待っていたかの如く、高速で踏み込むと抜剣。入れ違うとクァンの『ライフリング』を切り落とす。
「――今のは……なんだ?」
今の一瞬だけ、身体の動きが狂った。本当に一瞬だけだ。『闇魔法』? 馬鹿な……そんな兆候は何も無かったし、あったとしても気づかぬハズはない。
「何を……した?」
「答え合わせるを敵に求めるのなら、貴方と『一席』の間はかなり距離があるわね」
クァンは負けた事を認識し膝を着くと、『ライフリング』の剥奪による強制転移にて場から消えた。
「『剣王会』も質が落ちたモノね」
彼の実力で『二席』とは……ファング様が頭を抱えるワケね。
クロエは剣を鞘に収めると、さざ波の音と共に歩いて行く。
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