第85話 お前の身体目当てだよ!

「ローハン・ハインラッドを始末した者は君と婚姻をファング様が認めたそうだ」

「そう。私は初めて聞いたわ」


 バトルロワイヤル。

 孤島の『海岸』にて、さわりの良いさざ波の音が二人の間に流れる。


 【氷剣二席】クァン・タール。

 色素の落ちた雪のような髪は極寒環境に住まう一族『氷結族』である証のようなものだった。

 『氷結族』は平均気温-100℃を維持する危険な極寒地である北の孤島『アイスアイランド』に暮らす先住民族。彼らの耐寒能力はあらゆる種族で群を抜いていた。

 それに伴って会得する『氷魔法』は他の魔術師よりも桁の違う低温を瞬時に生み出す事でも知られている。

 それ故に【氷剣】部門は大半が『氷結族』の剣士が占める。

 

「君は『剣王会』を抜けてたし『星の探索者』は常に移動している。知らないのも無理はないさ」

「ファング様に連絡するわ。馬鹿な事は撤回してって」


 クロエは呆れながら額に手を当てる。

 クロウの遺体を届けに『ターミナル』へ寄った時に養父ファングへ思わず弱音を吐いてしまった自分も悪いと思っている。

 しかし『剣王会』にまでローハンが狙われたら彼の望む“安寧”が崩れる事になるだろう。


「やはり、噂は本当かい?」

「何かしら?」

「君がローハン・ハインラッドに負けたと言う話さ」


 『剣王会』に在籍していた時からクロエのガードは特に堅かった。

 ファングの過保護と当人の実力や、弟以外の異性には見向きもしない性格も相まって、せめて彼女よりは強くならなければ話しさえも出来ない、と考えた者は少なからずいた。


 そんなクロエがクロウ以外の“異性を庇う”など、心身ともに屈伏させられたとしか思えないのだ。


「別に負けてないわ。でも、彼は“生き残る”と言う一点においてはファング様を上回る能力を持っていると言えるでしょうね」


 自分だけが生き延びる能力であれば、クロエもその他大勢の一人としてローハンを見ていただろう。しかし、彼は自分の周りにいる者達全てを“生きて帰す”事を常に考えていた。


“何で助けに来たのかって? 決まってんだろ。お前の身体目当てだよ! あの骨しか見てない骸骨野郎に、そのデケー胸の価値はわからねぇからな! 帰ったら揉ませろよ。それでチャラでいいぜ!”


 【死霊王】に見初められて『死の国』へ引きずり込まれた時、真っ先に追いかけて来てくれたローハンに事情を聞くと、そんな事を言っていた。

 その後『死の国』の冒険にて、背を合わせる事による信頼を知り、ローハンの背中は【死霊王】を前にしても自分の前から決して退かない事を知った。


「ローハン・ハインラッドはファング様を越えると?」

「私の目標であり、憧れであり、敬愛する父――シルバー・ファングを越える人が目の前に現れれば少なくとも心が動かない事は無いと思うわ」

「なるほど……ファング様も粋なことを成される」


 クァンは常夏の環境下に置いても凍える様な冷気を魔力で発生させ、そのまま押し固める様に“冷気の刺剣レイピア”を生み出した。

 『造型魔法』。『氷結族』は冷気を纏い、冷気を武器にする。深い使い手であればあるほど、環境を変えるレベルにまで干渉する事も可能だ。

 無論、クァンもその域に達しているが、この場では『ライフリング』による制限と『シャドウゴースト』の縛りがある。よって“武器”を精製するだけに留めたのだ。


「どうやら、ローハン・ハインラッドを斬るだけでは貴女を我が一族に迎えるのは難しい様だ」


 ローハンの首の他に、クロエに勝たなければ彼女を妾にする事は叶わないと悟った。


「『剣王会』に居たときから私の心は何も変わっていないわ。私はファング様より弱い人は皆、“可愛く”感じるの」


 クロエは、ふふ、と微笑む。

 弱き者がどれだけ剣を向けて来ようとも自分と同じ領域に居ない者に本気など出せない。


 強く、強く、強く剣を持たなければならなかった。


 眼が見え無い事を強さに――

 女である事を強さに――

 自分の美麗を強さに――


 あらゆるモノを強さの糧とした。


「“弱点”など敗者の生み出した幻。その特徴を強く使うことを知らないだけだ。ファング様はいつも私にそう言っていたわ」


 クロエ、あらゆる要素を己の強さへと昇華せよ。求めるのは純粋な“強さ”だ。


「『剣王会』の水準は年々弱くなって行くとファング様は嘆いていた。クァン、貴方はそれに抗えるかしら?」

「“弱点”など敗者の生み出した幻……か。確かに俺は現在の席に甘んじていた様だ」


 【氷剣二席】。過去に“一席”へは何度か挑戦した事はあったが、弱点を的確に突かれて敗退し続けた。そして、次第に挑戦する事を諦めてしまっていた。

 そんな考えが『剣王会』の衰退を招いていた事を自覚し、強く恥じる。


「ありがとう、クロエ・ヴォンガルフ。君のおかげで低俗な自分を見直すキッカケになったよ」


 クァンは冷気の刺剣――『ゼロ・シール』を掴むと眼前に構えて、ヒュッ、と一度振り、半身に構える。


「ここで君を倒し、ローハン・ハインラッドを下そう。そして【氷剣一席】になった後に、改めて君からの返事を聞きに現れる」

「残念だけど、それは無理よ」


 クロエは剣を抜かずにリラックスしたままクァンの闘志を受け止める。


「あらゆる制限がかかっても尚、私から見て貴方はまだ“可愛い”もの」


 微笑むクロエ。冷えた闘志を纏うクァン。

 さざ波と二人の静かな闘志が『海岸』にてぶつかり合う。

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